111. 好きだったタイプ

「……それって、まだ決まった話じゃないんですよね?」


 長い硬直状態から抜け出し、なんとかそう口にした僕に、宰相である父は首を傾げた。


「おまえが受け入れてくれれば、丸く収まる」

「嫌ですよ!」

「政治は好き嫌いで決まるものではない」

「政治をやってるつもりはありませんよ! 僕はまだ学生です!」


 父親は冗談だ、というふうに笑ったが、その目は全然笑っていなかった。


「それでは両国間以前に、ルージュリー家とプレスコット王家に縁ができてしまう。そういうことを、嫌がる貴族もいる」


 その返事に、僕はホッとする。会談の後に紛糾したというのは、そのあたりだろう。


「その様子だと、おまえと王女殿下の間に何かあるわけではないのだな?」

「全然、まったく。本当に挨拶しかしていません」


 父親の顔色を見れば、僕の言葉を信じてくれたようだった。


「では、王国政府としては、フィリップ王子と結婚してもらうのが一番いい、という判断なのですね」


 父は頷いた。


「そうだ。まずはフィリップ王子と国王陛下を説得して、ヴィルジニー嬢との婚約解消を促すという方針だ。デジール公爵は了承しているし、王子もノーとは言わんのだろう?」

「ええ」

「では、あとは陛下だ」

「しかし、王子は婚約解消はご希望でも、クロード……クローディア王女との結婚について、了承するかは……」


 そこまで言った僕は、父が眉根に皺を寄せるのを見て、口をつぐむ。

 こういうレベルの話になれば、王子の立場では、政略結婚を拒否できないのだ。


 しかし……フィリップ王子がクロードに向けた表情を思い出すと、彼が簡単に受け入れるだろうか、と心配はしてしまう。拗れてしまうような材料が、なければいいのだが……


 いずれにせよ、僕がする仕事ではない。

 自分がしなければならないと思っていたことを、大人たちがやってくれることになったのだ。


 ホッとした気分が僕の顔に出たのだろう、父は僕を軽く睨むようにした。


「なにを安心している?」

「えっ? だって……これで王子とヴィルジニーの婚約解消は決定的だし、クローディア王女のご指名とやらも、もはや関係ないわけですよね?」


 本命はあくまでも王子で、僕の名が出たのは、代案の提示に過ぎないはず。


 両手を広げ肩をすくめた僕に、父は「残念ながら」、と言った。


「明後日の夜、訪問団の歓迎会がある。クローディア王女は、そこにおまえが出席することをお望みだ」

「歓迎会?」

「夜会だよ。訪問団の性質上、公式なものではないが」


 貴族がよくやる、立食パーティーだろう。


「なんで断ってくれなかったんです?」

「順番が逆だ。王女がそれを仰られたのは会談の最後で、こちらが方針を話し合う前だ。それに、何も決まってはいない現段階では、先方の申し出は大変名誉なことだ。我々の立場で、簡単に断れるような類の話ではない」

「では、出ないという選択肢は」

「ない」

「しかしそれでは……その場は要するに、王女と僕の、公式な顔合わせということになってしまうのでは?」


 というか、先方の狙いはまさにそれだろう。


 アレオン王国首脳陣の前で、お見合いをしようというのだ。


 案の定、父は頷いたが、


「そうならない方法はある」

「どんな?」

「パートナーを連れて行くんだ」


 なるほど。

 確かに、僕が女連れなら、衆目はその連れている女性の方こそが、僕の正式なパートナー、婚約者だとか、将来を真剣に考えている相手だとか思ってくれるだろう。そういう相手が僕にいる、と思えば、王女もきっと矛先を変えてくれるはず。


 僕は頷いた。


「いい方法ですね。ではヴィルジニーには、帰りにデジール家に寄って――」

「待て、待て、馬鹿か? 何を言っているんだ?」


 父は僕の言葉を遮った。


「ヴィルジニー嬢をパートナーに? できるわけないだろう。彼女はフィリップ王子の婚約者だ。何もかも滅茶苦茶にするつもりか?」


 ちっ。


「そう言えば、そうでしたね」


 父親は息子である僕を、妙なものでも見るような目で見た。


「他にいないのか。適当な相手は」


 と言われて最初に思いついたのが、なぜかセシルの顔で。

 いや、ありえない。彼女は使用人だし、しかし元々は貴族の娘である、という素性を思えば、僕のような立場の者が連れていれば、リアルな憶測を招く。


 それにしても、なぜよりによって、同級生の貴族令嬢などではなく、セシルの顔を思いついたのか。


 そう考えた僕は、そういえば、前世ではああいうタイプの女の子が好きだったな、と思い出す。


 じゃあ……さっき見たあの夢は――


「いるのか?」

「え? いいえ?」


 一瞬、考え事に陥っていた僕は、怪訝顔の父に慌てて首を横に振る。


 あいにく今生では、ヴィルジニー以外に、並んで歩きたいと思った女性などいない。


「どうですかね、王女様に対抗するなら、それなりに身分が高いほうがいいでしょう? それで、外国人なら納得しそうで、しかし、こちら側からすれば、この二人は“ないな”って思える。その上で、こちらの事情を理解して協力してくれる、となると……」


 僕の言葉を聞いて、父は頷いた。


「そういうことなら、おあつらえ向きの人物がいるじゃないか」

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