27. 不本意な同行者

「意外ですね、ヴィルジニー様」


 リオネルの言葉に、僕は思索から現実に引き戻される。



 王子のもとへと向かうヴィルジニーを送り出した後、学生ホールを出た僕は、セリーズの実家住所を入手すべく、学生課がある管理棟へと向かっていた。


 リオネルは、連れてきたわけではない。勝手に、ついてきたのだ。

 追い払う口実もなかったので、ついてくるのに任せるしかなかった。



「意外、とは?」


 僕が聞き返すと、リオネルは慌てたように首を横に振る。


「いえ……ステファン殿の言葉を信じていなかったわけではないのですが――ヴィルジニー様といえば、しかめっ面か冷笑しか見たことがなかったもので……本当は、あのように表情豊かなお方なのだな、と」


 表情豊か、か。


 僕はヴィルジニーの、しかめっ面、もしくは冷笑以外の顔を思い出す。

 笑顔、恥じらい、切なさ――彼女が見せてくれた表情を思い出すが、彼女がそういう顔をする時は、いつもフィリップ王子が関係していたときだ、ということも思い出してしまう。


 やはりヴィルジニーは、フィリップ王子のことが、好きなのだ。


 確かに婚約者決定以前、幼き日のヴィルジニーは、その座を射止めたいと王子にアピールする多くの令嬢方の、先頭にいた。

 しかしそれは他の多くの貴族令嬢と同じで、彼女の公爵令嬢としての野望やプライドがそうさせているに過ぎず、王子個人に好意を抱いているというふうには、見えなかった。


 婚約して以降も、二人が特別に関係を深めようとした様子はない。公的な行事以外で、個人的に接触したところなど見たことはもちろん、噂で聞いたことすらなかった。


 実際、二人の婚約は、政治的なものが多分に影響しているだろうし、王族との婚約は、貴族令嬢としてこれ以上のない名誉。望んで選ばれたヴィルジニーにはもちろん、断る理由も、そうする選択肢もなかっただろう。


 そういう経緯もあって、二人の間には恋愛感情はない、と思っていたのだ。


 だが――フィリップ王子の本心は未だ不明だが、ヴィルジニーの方は、王子と心までも通わせたいと、思っているのだ、きっと。


 これまでは他人にまったく見せることのなかった、彼女がする豊かな表情が、それを物語っている。


 でも、彼女の恋は――僕はそこで、ふと思いつく。

 悪役令嬢ヴィルジニーの恋は、ゲーム的には成就しない。しない、はず。

 しかし、もしもセリーズがフィリップ王子以外の攻略対象とくっついたら?

 僕が、フィリップ王子とヴィルジニーを引き離すような真似をしなかったら?


 二人は幸せに結ばれるのだろうか?

 そういう未来が、ありえるのか?


 僕はフィリップ王子の顔を思い出す。

 彼はなぜ、いまよりもっと幼き日の、評判がひたすら悪かった我儘令嬢ヴィルジニーを婚約者に選んだのか。

 彼には本当に、ヴィルジニーと結婚するつもりがあったのか?


 これは、早い段階で確かめておかなければ、と心中にメモする。



 セリーズ・サンチュロンの自宅住所は、学生課ですぐに教えてもらえた。

 前世の世界なら、個人情報保護なんちゃらで絶対に教えてもらえなかっただろう。


 住所から判断すると、場所は王都西方の外れ。やはり一般市民が多く住む地域のようだが、あいにく行ったことがないためよくわからない。ついでに地図を借りて場所を確かめようかと考えていると、メモを覗き込んできたリオネルが口を開いた。


「ふむ、この住所だと、チェバル通りのあたりですな」


 僕は驚いて、偉丈夫の顔を見上げる。


「リオネル殿は、ここがどのようなところかご存知なのですか?」

「ええ。行ったこともあります。スラムほどではありませんが、あまり治安がいいとは言えない場所ですね」


 僕は思わず顔をしかめてしまう。


 王都は全体としては相当治安がいい街ではあるが、前世の世界現代日本ほどではない。

 “治安が良いとは言えない場所”という言い方は、チンピラに絡まれるぐらいのことは覚悟しておけ、という意味だ。


 自慢ではないが、腕っ節には自信がない。

 自分一人なら逃げるとか、金を渡して許してもらう、などという選択肢があるが、意中の女性を連れていて、それではあまりにもかっこ悪すぎる。


 そうすると、貴族として取れる選択肢は護衛を付けること――屈強なボディガードを連れていれば、半端者チンピラ相手であればそれだけでけられる。醜態を晒さずに済むだろう。


 しかし――ヴィルジニーと二人でお出かけ、ちょっとデートみたいじゃね? とか思っていたのに。護衛なんか連れていたら台無しではないか。

 いくら何でも第三者の前で、王子の婚約者とイチャイチャするわけにはいかない。


 いや、たとえ二人っきりであっても、彼女はイチャイチャなんかさせてくれないだろうけど。


「ご安心下さいステファン殿!」


 突然、リオネルが言った。


それがしが、護衛としてご一緒しましょう!」


「えっ? ……リオネル殿が?」


 驚いて聞き返すと、彼は頷いた。


「事の性質上、あまり大事おおごとにされたくないというのはわかります。護衛など連れていては、貴族ですよと喧伝しているのと同じ。その点、それがしであれば、一緒にいても怪しまれますまい」


 僕が治安が悪いと聞いて顔をしかめたのを見て、彼はそのように思ったのだろう。

 まさか、そもそも第三者の存在自体が邪魔だ、と考えているとは、思いつきもしまい。


 こいつがいたら余計に邪魔じゃないか! と思いつつも。

 僕の中の冷静な部分が、リオネルの言う通りだと囁いてくる。


 護衛など連れて庶民の町に行けば、貴族というのはモロバレだ。

 もちろん庶民っぽい格好をしていくつもりではあるが、若い男女がいかにも屈強な男を連れていては、変装など無意味だ。

 その点、リオネルは、鍛えた体つきは頼もしいが、なにより若い。

 同年代の若者同士であれば、町に違和感なく溶け込むことができるだろう。


 それに、事情、我々の目的を知る者を、少ないままにできる。

 護衛の調達など、伯爵家の息子である僕には簡単なことではあるが、家には秘密にしたままで、というのはさすがに難しい。

 僕が特待生の実家を調べている、などということが、宰相である父に知られるのは、まだ避けたい。


 かといって、僕の素性を隠して護衛を雇った場合、調達できる護衛の信頼性が担保できない。


 他にも、護衛など連れてセリーズの自宅を訪問するというのも、いらぬ警戒をさせてしまうだろう、などというのもある。その点、リオネルなら本当に同級生なのだから、余計な心配はさせないだろう。


 おまけにリオネルは、現地の事情にも詳しい様子。

 今回のケースにおいては、まったく理想的な護衛だ。


 一方、問題がないわけでは、ない。

 リオネルは攻略対象の一人。主人公セリーズとの接近は、可能な限り避けたかった。万一、セリーズがリオネルとくっついてしまえば、フィリップ王子とくっつけてヴィルジニーとの婚約を解消させる僕の作戦が台無しだからだ。


 しかしここへ来て、リオネルとセリーズが関係を深めている様子は、ない。

 リオネルには度々探りを入れているが、特段、二人が親密になるようなイベントは発生していないようなのだ。

 おそらく、ゲームの初期にこなさなければならない出会いイベントを、はからずも僕が邪魔してしまったことが、思った以上に功を奏していたのだ。


 セリーズがリオネルとくっつく可能性は、かなり小さくなっている、と考えて良いはずだ。

 多少の接触があったとしても、ここから恋人同士になるというのは、かなりハードルが高いはずだし、万一事態が進行するようなことがあっても、監視していれば事前に察知し対応できるだろう。


 総合的に判断すれば、やはりここは、彼の申し出を受け入れるべきだ。デート気分は諦めよう。


 どうせ今の状況では、色っぽい展開になどなるはずはないのだし。


「ありがたいお申し出ですが……しかし、よろしいのですか? ご予定などあったのでは?」


 返事までの沈黙をごまかす意味でも、一応は遠慮してみる。


 リオネルは笑顔で首を横に振った。


「ご心配には及びません。きっとお力になれます。是非とも協力させてください」


「そこまでおっしゃっていただけるなら。こちらこそ、是非ともよろしくお願いします」

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