第九夜 「迷宮劇場」
第九夜
「迷宮劇場」
堀川士朗
稽古最終日に、いつも僕に意地悪してきたノムラについに僕はキレた。
演技をダメ出しした上に靴下を投げつけてきたのだ。
僕はキレた。
「てめえいい加減にしろっ!!」
明日から小屋入りだ。ノムラと一緒の楽屋、嫌だなぁ。
翌日、劇場入り口に到着した。
でも楽屋入り口が明記されておらずどこから楽屋に入ればいいのか分からない。
仕方なく僕は客席から回り込んでスタッフルームに入った。
照明係のドエさんが明かりチェックをしていた。
「ドエさん、ホリカワです。小屋入り遅くなりました」
「ああホリカワくん」
「すいません楽屋ってどこから入ればいいんですかね?」
「ああ。この劇場はまるで巨大な巻き貝みたいな構造になっているんだ。劇場外側から壁沿いに時計回りにぐるりと歩いてくれば、いずれ劇場内部の楽屋入り口にたどり着くよ」
「ありがとうございます」
さて僕は歩いた。
昨日ノムラに靴下を投げつけられた悔しさもあったが、何にせよ今は楽屋入りが優先だ。
遅刻だけは嫌だ。
壁沿いに時計回りに歩いてみたが、何か竹林になったり草原が広がっていたりと不思議な劇場だった。
途中、白くて薄い衣装を着た今回の舞台の女性キャストがひょっこりと現れた。
「昨日大変だったネ。ホリカワくんは何も悪くないからネ。悪いのはノムラの方ヨ」
「ありがとう」
その子と一緒にまたしばらく歩いていたら、同じ衣装を着た女性キャストが立て続けに5人ひょっこりと現れて次々と僕にねぎらいの言葉をかけた。
「昨日大変だったネ。ホリカワくんは何も悪くないからネ。悪いのはノムラの方ヨ」
「ありがとう」
みんなオレンジピンクの髪でショートカットで、顔は白塗りでかわいかった。
だが、いずれもティナではない。ティナはどこに行ったんだ。
女性キャストは全員がみんな僕の味方だ。
僕はフェミニストなのでモテる。
この子たちはお弁当を買いにいったん外に出たので、一緒に楽屋入り口を目指して歩く事にした。
海の上に狭い幅の遊歩道があり、その遊歩道の手前で耳の聞こえない小さな女の人が困っていた。
僕は独学の少しインチキな手話でその人に話しかけた。
以下、手話の会話。
「困っているようでしたら一緒に行きましょう」
「ありがとう」
「遊歩道を歩きましょう。狭いけど海に落ちる事はないはずです」
耳の聞こえない小さな女の人は僕の手を離さなかった。
太陽は出てるんだか出てないんだかよく分からなかった。
いつの間にか夜になっていた。
どこからかミルクセーキの匂いも漂ってきた。
やがて遊歩道が終わり、地下鉄の地下街で僕は耳の聞こえない小さな女の人と別れようと思った。
この人は歩くのがとても遅いのだ。
「私たちは先に行きます。劇場の楽屋に行かなければいけないので。さようなら」
「何で?何で?ともに行きましょうと言ったじゃない!ひどい!」
「分かって下さい。私たちは舞台人。遅刻だけはご法度なのです」
「うう、分かりました。いつかあなたたちの舞台、観に行きますからね」
「分かってくれてありがとう。さようなら」
みんな泣いた。
地下街でその別れを見ていた見物人もみんな泣いた。
感動の涙を流し、しばらくしたらみんなシラケた。
僕と女性キャストたちはさらにまた歩いた。
やばいもう遅刻だ。
畑が広がっている。
そこに小さなドアがあったので入ってみた。
やった!どうやら楽屋入り口っぽい。
長い階段を降りて進むと引き戸があった。
一枚引く。
またドアがある。
もう一枚引く。
またドアがある。
もう一枚引く。
またドアがある。
もう一枚引く。
またドアがある。
楽屋に入れない。
遅刻だ。
ドアの奥からノムラの声が聞こえた。
なんか言ってる。
第十夜に続く
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