人魚と遺書
くれは
一 宝物
夏の夜空にくっきりとした月が浮かんでいた。
この辺りの雲は、昨日通り過ぎた台風が全部連れて行ってしまった。
満月が近いので潮の動きは大きい。風の強さにいろんなものが飛ばされた後で、海にはいろんなものが流れ着いた。
まだ幼い彼女は、こっそりと家を抜け出して面白いものを探しに来ていた。
夜の海で一人泳ぐのは、彼女にとってはとても刺激的な遊びだった。夏の
ああ、今ので誰かに気付かれるかもしれない。彼女はするりと水の中を進む。
彼女の頭上、海面で何かが月の光を反射した。海水を通ったときとは違う輝きを追って、彼女は浮上する。
手を伸ばしてそれを掴み、その勢いで水面を跳ねた。彼女の下半身の鱗と、周囲に飛び散った海水が、月の光を跳ね返してきらきらと輝く。
どぷんと、彼女は着水して、また海に潜ってゆく。
それは透明な瓶だった。蓋がされていて、中に何か入っている。けれど彼女は、蓋を開けることを思い付かなかった。中に何か入っていることにも、無頓着だった。
彼女はただ、水の中で光の形を変えてしまうそれをとても綺麗だと思った。
両手で、それを頭上に持ち上げてくるりと輪を描くように泳げば、月の光が揺らめいて、まるで月を手にしているようだった。
その時、音が聞こえた。兄の
彼女は諦めて、兄に応えて
彼女の兄は彼女を叱った。一人で行くな、人に見つかったらどうするのかと、彼女とさほど歳は違わないのに、まるで大人のように彼女を叱る。
彼女は見付けた宝物を隠すように、両手で自分の後ろに抱えた。そうして、大人しく俯いてごめんなさいと言う。もう、一人で勝手に行きませんから。人に見付からないように気を付けます。ごめんなさい。
うなだれる彼女の姿に、兄は呆れたように顎の下にあるエラから水を吐き出した。
それから、二人で住処に戻る。両親の待つところへ。
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