第11話 番外編

現代は、昔に比べ文化がかなり違っておる。

昔は、風情を愛で酒や遊戯をした。

だが現代は、高さのある建物に囲まれ生活し室内での生活や買い物を楽しむのが主流になっている。


そして今年も、重大なイベントが近づいてきたのじゃ。

そう! バレンタインじゃ。


バレンタインというものは、好意や親しみを抱いている異性や同性に菓子を送るというものじゃ。

わしゃが、隆に何かを与えてやるというのは複雑な気分じゃ。

しかし、毎年もらえていない隆は親しい人間が居らんのだろう。

じゃから、今年はそんな可哀そうな隆に菓子を作る。


「だが、この姿では何もできぬ…… どうしたものか」

根本にして、最大の問題じゃ。

隆には、サプライズで渡したいのじゃが……


「何か良い方法を無いかのう~」

町中を散策していると、美味しそうな菓子の匂いが漂ってくる。

誘惑が多くて、困るわい。


「あれ、貴方は隆君のところの!」

裏の路地を歩き始めた時、誰かが声を掛けてきた。

見覚えはあるが、名前が出て来んな……


「えっと……」


「ほら、私だよ。鞍馬に一緒に行った相楽 菫だよ!」


「あ~  あの時、隆を駅で待っていた女か」


「その言い方、凄く恥ずかしいのだけど」


「すまぬ すまぬ!」


「こんなところで、何をしているの?」


「わしゃは、良いことを思いついたぞ!」


「え?」

相楽 菫にわしゃの代わりに作ってもらうのが良い。

急に眼を輝かせた、わしゃに驚いて目を丸くしている。

まぁ、当然の反応か。


「ん? おぬしはバレンタイン誰かに渡すのか?」


「う~ん そうだな~ 渡したい相手は、居るかな」


「ほう! 好いとる者か?」


「う~ん そうだね!」



「若いのう~  わしゃと、菓子を作らんか?」

そうこれじゃ! 自然な流れ。完璧じゃ!!


「なるほど。 その姿じゃ、作れないもんね」


「そうなのじゃ~」


「私でよければね!」


「かたじけない!」


「それじゃあ! 明日、私の家でどうかな?」


「承知した! して、おぬしの家はどこじゃ?」


「ちょっとついてきて! どうせ暇でしょ~」


「う~ん……  なんとも、言い返せぬ……」


「こっちよ!」

そういうと、わしゃを抱き上げ軽やかに走り出した。

この女子、見た目より体力があるな。

それにしても、菓子を渡す相手が居るのは意外じゃったな。

人を駅で出待ちする、変人?ストーカー?にも。


「ついたわよ!」


「ほう! こんな場所なのか。 このあたりは、風情があって好きなのじゃ!」

琵琶湖疎水沿いの橋の正面。わしゃ達の散歩道沿いじゃ。


「そう言ってもらえると、住んでる者として嬉しいわ!」


「よし、覚えたぞ! いつ行けばよい?」


「そうじゃな~ 夕方でどう?」


「承知した!」


「じゃあね! 明日は、よろしく!」


「うむ! こちらこそ、頼んだぞ!」

こうして、この日は解散した。

なんという出来高。

とても良い感じじゃ!


そして、次の日。

相楽 菫の家をわしゃは、訪ねた。

すると、白いスーパーの袋を抱えて相楽 菫は現れる。


「結構、待った?」


「そうじゃのう~ 眠くなる程度じゃな!」


「そこは、今来たところ。とか、言うところなんだけどな~」


「わしゃは、しょうもない嘘などつかんよ!」

しかし、そうは言ったが楽しみにし過ぎて昼過ぎから待っていたことは内緒じゃ!

まるで、遠足前日の幼子の様じゃからな。


「それじゃ、入って!」


「邪魔するぞ~」


「ようこそ! ボロ屋敷に!」


「そんなこと、ないではないか!」

庭の手入れが、少し間に合っていないようには感じたが。

それ以外は、埃の一つも無い。

よく手入れが行き届いている。

そして家具や家電も、ピカピカじゃ。

よっぽど、家の誰かが潔癖なんじゃろう。


「さあ、さっそく作り始めましょうか!」


「そうじゃな! よろしく頼む!」


「一応確認なんだけど。 作るのは、チョコレートでいい?」


「大丈夫じゃ!」


「それじゃ!  この袋を足につけて!」

相楽 菫が何やら透明な袋と輪ゴムを手にしておる。


「わしゃは、自分でつけれぬ。 すまぬが、頼む!」

こういう時、人間の姿だったらどれだけ楽だったことか。


「はい、これでいいかな!」


「すまぬな!」


「それじゃ、このボウルに板チョコを入れていくから踏んで割って!」

相楽 菫ががさこそと板チョコの封を開けてボウルに入れていく。

たちまち、甘い香りが鼻に届く。

猫にチョコレートは、死に至る事がある。わしゃは食べても大丈夫じゃろうか?

謎じゃな。

揚げ物や酒を嗜むわしゃなら、大丈夫な気もするが……


「こ こうか?」


「そうそう! いい感じ!」

ボウルの中に入って、チョコレートを踏んでいるわしゃを見て可愛い顔で微笑んだ。

隆は、変わっていて一人でいることが多いと言っていたが。

全く、そんなことないではないか。

学校での生活は、わしゃは知らんが。

器量も良いし、優しさに溢れている。

まぁ、隆も見えるというだけで遠ざけられる。

似たような、もんじゃろう。


「そろそろ、いいかな?」


「そうじゃな! かなり、細かくなったな! この踏む感覚、ハマってしまいそうじゃ!」


「楽しそうで良かったわ! それじゃ、これを湯煎して溶かしていくね!」


「湯煎?」


「湯煎っていうのは、50℃くらいのお湯を張る。それで、間接的にボウルを温めて中のチョコを溶かすの!」


「成程。 そのようにするのか~」


「温度が高いと、風味が飛ぶから気を付けてね!」


「これは、わしゃにできることは無さそうじゃな!」


「そうね! 任せて!」


「おぬしは、誰に渡すのじゃ? まぁ、聞いてもわしゃには分からんが!」


「クラスの男の子かな~」


「ほう、そうか~」


「渡す人、二人いるんだけど……

一人は、小島君って言うんだけど去年誰からも貰えなかったらしくて。クラスの皆の前で、頼み込んでたから」


「妖怪チョコよこせじゃな!」

この一言に、この部屋が笑い声に包まれる。


「そうかも! もう一人は、隆君!」


「おぉ、あやつか!」


「そうよ! 前に助けてもらったからっていうのもあるけど、春から気になっていたの! 本人に言っちゃ駄目だからね!」


「分かっておる〜」

それにしても、不思議な気分じゃ。

ずっとそばに、居る人間が気にされている。

あやつの隣に居るのが、わしゃではなく相楽 菫に。

取られるような気分じゃ。

ん? わしゃは、嫉妬しておるのか?


「湯煎終わりそうだから、生クリームとってくれる?」


「承知した!!  どこじゃ??」


「その袋の中に入ってるわ!」


「おお!  これか〜」


「これを中に入れて、ゆっくりかき混ぜるっと」


「なんか、お菓子作りって不思議な感じじゃな〜」


「そうなのよね! 普通に料理するのと全く違う」


「この後、どうするんじゃ?」


「型に流し込んで、冷やすかな!」


「成程!  型は、これか?」

相楽 菫が置いた作ろの中から型を探し出す。

色んな型があるんじゃな。

わしゃだと、この猫のが良いのか?


「そうそう!  有難う!! どの型がいい?」


「この猫のと、四角の大きいやつがよい!」


「了解! 私は、この四角のやつだけでいいかな〜」


「では、決まりじゃな!」


「それじゃあ、流し込むね!」


「なんか、ワクワクするのう!」

わしゃの嫉妬心なんて、相楽 菫には関係ない。

わしゃが勝手に嫉妬しても、それはただの嫌な奴じゃ。

そう感情を吹っ切るように気持ちを上げた。


「それじゃ、これを冷やしてっと」


「この後は、どうするのじゃ?」


「バレンタインは、明後日だから明日仕上げにココアパウダーをかけて完成かな?」


「そうか~」


「明日都合悪いなら、今日中にやってもいいけれど?」


「大丈夫じゃ! 明日も、同じ時間でよいか?」


「うん!  大丈夫!」


「それじゃ、そろそろお暇させて頂こうかなのう~」


「うん! それじゃあ!また明日ね」

玄関までわしゃを見送り、相楽 菫は戻っていった。

もうかなり暗い。

何か、面倒に巻き込まれぬように気を付けなければ。




「帰ったぞ~」

何事もなく、辿り着けた。

やはり、黄昏時の方が荒れているな。


「こんな時間まで、どこほっつき歩いてんだよ!」


「うるさいのう~ 猫じゃから、気まぐれにゃんじゃよ~」

全く、誰の為にこんな時間まで出かけていたと思っておるんじゃ。

隆が、わしゃを二階の部屋の窓を開け招き入れた。


「全く  はい、今日の晩御飯!」


「お~  やはり、おぬしは最高じゃ!」


「食事を出してくれたら誰でもいいのか~」


「そうじゃな! 食事は命の源じゃ!」

そんなわけあるか。

流石のわしゃも、そこまで落ちとらん。

せいぜい、拾い食いをする程度じゃ……

十分、落ちとるな。

以後、辞めよう……


「それを言われると、何とも言えないな~」

いや、言えよ!

どうせ、平安で飢饉があったのかもしれないとか色々考えたんじゃろうが、わしゃは安倍晴明じゃぞ?

あの時代において、陰陽師はそこまで困ることなかったんじゃぞ!


「まぁ、よい! 隆、明日も少し出る。ここまでは、遅くならんとは思うが」


「分かった! 気を付けて出かけて来いよ~」


「分かっておる」

こうして一日が過ぎていった。

菓子作り。

誰かと何かをするのは、やはり楽しいものじゃ。

そんなことを考えておったが、急速に近づいてきた眠気にわしゃは身体を預けた。


「ふわぁ~ よく寝た~」

今、何時じゃろう。

時計が、正午を指しておる。

時間の流れとは、どの時代でも自然で美しい。

充実しておる時間は、短く感じる。

その代償として、起床するまでの時間を奪っていく。

これに抗うと、人間は体調を崩す。

わしゃの、起床時間の遅かった言い訳はこんなもんでよかろう。


「さて、時間まで寝るかのう~」

二度寝は、いつだって最高じゃ。

気が付くと、時間まで三十分前。

完璧すぎる。

一つ間違っていたら、完全にアウトじゃった。


昨日と同じように、塀で待っておると相楽 菫がわしゃを呼んだ。


「さて、早速作りますか!」


「そうじゃな! 今日もよろしく頼む!」


「昨日のを容器から取り出すね!」


「承知した!」


「優しくね~」


「優しく、優しく……」


「よし、私は出せたけど出せた?」


「勿論、悪戦苦闘しておるぞ!」


「手伝ってあげるね!」


「すまぬ!」


「ほら出てきた!」


「これに、茶こしでココアパウダー…… できた!」


「お~ 綺麗じゃ! 茶色の粉雪を纏っておるようじゃ!」


「そうでしょう! simple is the best! よ」


「そうじゃな! ここにわしゃの足跡を付けたいんじゃが……」

見かけが崩れないか心配になったのじゃ。


「う~ん それは、辞めたほうがいいかも」


「やはりか……」


「あっ! 渡す袋に、足跡つけてみたらどう?」


「それは、良い案じゃ!」


「このメッセージカードに一言書いて、その横にって感じがいいかな?」


「そうじゃな!」

 

「じゃあ、なんて書く? 文字だけ私が書くね!」


「忝い! 日頃の感謝じゃ! これからも、よろしく頼む。で頼む!」


「はい! それじゃ、この墨汁に足を入れて!」


「ひんやりして気持ち良いのう」


「ここにぺたって!  そうそう!」


「もう良いか?」


「そうね! ゆっくり足を上げてね!」


「お~ 我ながら、これは見事じゃ!」


「そうね! 乾くまで少し待っててね!」


「承知した!」


「私も、メッセージ書いてしまうね!

私の事をたくさん助けてくれてありがとう! これからも、仲良くしてね!

こんなものかな」


「どれどれ! うむ 問題ないな……」


「ん? 何か言った?」


「えっと、この足跡いい感じじゃと思ってな!」

危なかった。

少し無理があったか?


「そっか! 満足できる出来で良かった!」


「そうじゃな! ほっとしたわい!」

いろんな意味でじゃが。


「ねえ、一つ聞いていい?」


「うむ? なんじゃ?」


「これどうやって持って帰るの?」


「……」


「……」


「完全に忘れておった! どうすれば……」


「どっかに呼び出して、サプライズで一緒に渡す?」


「そうじゃな…… その手しか無さそうじゃ」


「明日の十四時頃、この家の前でどう?」


「そうじゃな~ 散歩に誘って連れてくる感じでどうじゃ!」


「よし、それで決定だね!」


「必ず、連れてくる!」

この日は、これで解散になった。

それにしても、すっかり忘れて負ったのじゃ。

わしゃとしたことが。

猫の姿でどうやって持って帰ろうとしていたものか……



そして、次の日を迎えた。

「起きるのじゃ隆! もう十二時じゃぞ!」


「休みの日ぐらい、ゆっくり寝させてくれ!」


「にゃに、そんなジジくさいことを言っておるのじゃ!」


「だって、今年のバレンタインは休日だぜ? 学校なら、少しぐらいチャンスあったけどさ~  今年は、最初から終わってるんだから」


「とりあえず、飯食え! さっきから、鈴子が呼んでおるぞ!」


「分かったよ~  ちょっと、飯食ってくる」


「いい感じじゃ! 今年も貰えぬと思っておる!」


「ご馳走様!」


「隆! この後、大根と人参買ってきてくれない?」


「了解! 夕方まででいい?」


「早いに越したことはないかな!」


「分かった! この後、行ってくるよ」


「頼んだわよ~」


「そういう事だし、晴明ついてくるか?」


「うむ! 少し、散歩したかったかのう~」


「それじゃ、十三時三十分に出るか」


「承知した!」

予想以上じゃ!

なんの抵抗もなく自然な流れで連れて行けるではないか!


「よし、行くか!」


「そうじゃな! 先に買い物済ませてゆっくり歩こうではないか~」


「え~ 重いじゃん! まぁ、いいけど~」


「すまぬな~」


「なんか、今日テンション高いな。 何かあったのか?」

ギクッ


「いや、平穏を生きられる幸せを感じておるんじゃよ」


「なんか、壮大だな~  まぁ、襲われたりってこともあるから分かるけれど」


「そうじゃろう~」


「買い物済ませてくるから、少し待ってて!」


「うむ」


「お待たせ!」

買い物を済ませた隆が、大根と人参の入った袋を持って出てきた。


「大丈夫じゃ! それじゃ、行こうかのう」


「今日は、どこ歩くんだ?」


「こっちじゃ! 疎水沿い!」


「こっちか〜  いいね!!」


「今日は、寒いのう〜  この毛皮が無かったらどうなっていたか」


「あれ、菫じゃない?」


「本当じゃのう〜」


「よう!  こんなところで会うなんて奇遇だな~」


「それが、奇遇じゃないんだな~」


「どういうことだ?」


「これ、プレゼント!これからも、よろしくね!」


「わしゃからもじゃ!」

相楽 菫が二つ容器を持っているのを確認して発した。


「え! ありあがとう!」


「驚き過ぎて、下が回っておらんではないか!」


「これ、一昨日から晴明ちゃんと一緒に作っていたの!」


「それじゃ、この間遅かったのって…… これの為だったのか!」


「そうじゃ! 感謝せい!」


「早速、食べてもいいか?」

隆が、わしゃと相楽 菫の作ったチョコを眺め一つずつ口に入れる。


「どうかな?」


「どうじゃ?」


「めっちゃ、美味いよ!まさか、俺が貰えるなんて!ありがとう……」

隆の笑顔に、わしゃと相楽 菫は目を合わせ微笑んだのじゃった。





チリリリン~  チリリ~ン

軽快な音楽に、瞼をゆっくりと開ける。

雀達が声を上げ、俺と朝を祝福してくれた。

横で、晴明が寝息を立てている。

やっぱり、こんなうまい夢は無いか。

そう甘く美味しい夢。

これが、現実になることを俺は心から望んだ。









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