15の恋と空は、なまらいいしょ
橘 貴一
第1話 神様からの病院行きチケット
神様からの病院行きチケット
中学三年九月の秋、縦長の日本。
この時期に秋と言える地域は恐らく
限られるのだろう。
俺の住む北海道の小さな港町。
この辺りは九月の中旬には
夏の名残りすらない、
そう、秋深きと言った処だ。
朝晩の冷え込みの為に暖房を
必要とする寒さが早くも訪れるのだ。
そんな十四歳の秋に俺は奇跡なのか
気まぐれなのか、はたまた冷かしなのか、
二年ぶりに彼女になる者が現れた。
隣の隣、つまりC組の辻由美香だ。
俺、橘一貴と由美香が付き合う
切っ掛けとなったのは、
いつも行動を共にしている親友、
俊弘の存在が大きかった。
三か月前、六月の事。
神様の声か、
はたまた悪魔の囁きだったのか?
教室のスピーカーからそれは聞こえて来た
帰りのホームルームが終わると同時にだ、「3年A組の橘、保健室の笹山まで来る様に」
(何だよ…)
何に対してそう思ったのか、
呼び出しの放送でクラス全員が
一斉に俺を見たためだったのか、
それとも完全に部活にスイッチが
切り替わった事に対し、
水を差された事への不快さだったのか?
(面倒でも保健室に行かない訳には
行かないか?マジ面倒くさえ)
仕方なく体育館に行く前に養護教諭、
笹山の待つ保健室に行ってみた。
「失礼します。先生、何ですか?」
「おっ来たね。橘さぁ、ちょっと
聞きたいんだけど。
この前の尿検査の前日に肉食べたか」
(俺は、こう言った面倒な質問に
受け答えが出来る程、優秀では無い、
それだから適当に答えてしまう)
「はい、確か前の晩はジンギスカン
だったと思います、それが何か…」
「それなら大丈夫だと思うんだけど、
念の為に病院にこれを持って
行っておいで」
(そう言って、一通の封筒をくれた)
「先生、何時行けばいいですか?」
「大会前で大変だろうけど、早い方が良いな。
担任には私から言っておくから、
明日にでも行っておいで。
ああそうだ、お母さんに付いて行って
貰う方が良いな」
「ですか…、分かりました、
じゃあ部活に行きます」
「はいよ、あんまり無理しない様に」
「はーい、失礼します」
(何が無理すんなだよ、無理するから上達するんだろうが)
翌日、養護教諭の
「大丈夫だと思うけど」
そんな無責任な言葉は、見事に医者による
鋭いメスの様な言葉で切り刻まれた。
「入院して検査しないと駄目だなぁ」
俺も母さんも寝耳にウォーター。
母さんは慌てて、俺の着替えを取りに
家に帰っていった。
俺はと言うと外来看護師から、
病棟内科看護師へ引き渡され
六人部屋に案内された。
そこには明らかに病気だろうと思われる、
自分の父親位の年齢やそれ以上の
大人達が談笑していた。
俺はこうして神様の気まぐれで
入院する事となった訳だ。
その時は中学最後の大会に、
まさか出場出来無くなるとは、
これっぽっちも思って無かった。
そう、この入院生活が三か月近く
に及ぶ事になろうとは。
まぁ病気と言っても外見的にも
体力的にも分からない様な、
そんなものだった。
それだから俺は神様の気まぐれだと
思っていた。
だけど、高校受験に向けての大事な時、
何よりもハイキューのエースとして、
これまでの努力を向ける場所を失った
俺は人生が狂い始めた事を感じてはいた。
入院生活は退屈以外の何者でも無かった、
しかし、当然の様に俊弘はもとより、
同級生の友達、
下級生の女子や部活動の後輩なんかも
物珍しそうに来てくれた。
そんな入院生活も平日の昼間は
誰一人と言えば大袈裟だが来ない。
偶に風邪なのか、怪我なのか外来に降りると
来ている生徒を見かけるくらいだ。
そんな時間を持て余す俺は入試に備えて
参考書を見る、何て事もせずに、
毎日、ぼんやりと病室の窓から見える
空と流れゆく雲を見つめていた。
学校でも苦手な先生の授業を抜け出して
保健室に避難している時は、
同じ様に窓の外を流れる雲を
音楽室からの音や歌を聴きながら
ぼんやりと眺めていた。
話はそれたが俊弘に限っては
毎日の様に病院に来ていた。
何を目的として来ていたのかは
分からないが、
育ち盛りの男の子だから
恐らく看護師さんを見る事を楽しみに
来ていた筈だ。
そうでなければ説明がつかない。
何故なら、もしも俊弘と俺が
逆の立場だったなら俺は頻繁に行かない。
だってそうだろう、堪らなく面倒だし、
ましてや病院は退屈な所だ。
それに独特な消毒液の匂いがするから、
わざわざ行かないと思うわ。
そもそも話のネタが無いし
小声で話さないといけないから、
話が盛り上がらないで
しらけてしまうだろう。
そんな所なのに俊弘は
頻繁に病院にやって来る。
それはやはり看護師さん目当て以外は
考えられない。
だって、椅子に座り俺と話しているのに、
何処か、うわの空で廊下の足音を
気にしている。
足音がする度に会話が途切れ、
廊下を振り返っていた。
まあ俺も男だから分からない訳ではない。
でもこの病院にいる看護師さんの中で、
俺達と年が近く可愛い看護師さんは
十九歳の瑠璃さんだけだ。
当然、入院中の俺は瑠璃さんの
勤務を知っているから、
その日以外は廊下に気を取られる事は
無い。
俊弘が誰を目当てに来ていたかは
断定出来ないが、
どちらにしても十五歳の俺達に
手の届くものではない。
入院から一か月過ぎたある日、
俊弘が病院に来た時の話し。
「そう言えば昨日、寛に用事があって
C組に行ったんだけど、
由美香が滅茶苦茶綺麗になっていたなー」
「由美香?吹奏楽部の?」
「そうそう、その辻由美香だよ。あいつあんなに綺麗だったかな?
なんか前は凄く地味な感じがしていたんだけど…」
「そうか?地味な感じではないだろう。
パーツも整っていたと思うけどな」
「その由美香なんだけど俺を見て
近づいて来たんだ、
そんで何を言って来たと思う?」
「分かる訳ないだろう、まさか告白でも
されたのか?」
「ピンポン。なわけ無いだいだろう、
由美香が言ってきたのはこうだ。
(最近一貴君見ないけど、
どうして一緒じゃ無いの?)
俺さぁ力が抜けたわ、何かと思ったら
一貴の話しだもん」
「何時も俊弘と一緒にいるのに
見ないからだろう?」
「そうなのかな?にしても綺麗だったぞ、
目の前でまじまじと見たけど。
あぁー、俺なぁ、恋に落ちそう」
「俊弘、お前何だか変態に見えるぞ」
「何だよ由美香を取るなよ、一貴。
一応、此処に一貴が入院していると
欠席の訳は言っておいたわ」
「別に言わなくても良かったんじゃ
ないの?」
「そうだけど話しかけられたからさ、
少しでも長く話したいだろう」
「ハイハイそうですか、それは良かったな」そんな話しの次の週の日曜日。
こんにちは。そう言って俺の六人部屋の病室に声を掛け、由美香が入って来た。
「来ちゃった、意外に元気そうだね一貴君」
「どうしたの?態々来てくれたの?」
「態々かどうかは分からないけどね」
「そうか俊弘に聞いて来たのか、
悪かったね受験勉強あるのに」
「まぁ俊弘君から入院していると
聞いたから来たのは確かだけど、
最近見ないなーと思って、来ちゃった」
「ふーんそうなんだ、良く分からないけど、
どうもね」
「ところでさ、どこが悪くて入院?
元気そうだけど…」
「よくぞ聞いてくれた。誰にも言わない?」
「えぇっ、そんな重い話しなら
聞きたくないな…」
「教えてあげるけど秘密だからな、
守ってくれよ」
「真面目に?どうしよう、やっぱ
遠慮しておくよ」
「実はもう治らないんだ。
医者が言うには生まれた時からだから、
奇跡が起きないと無理らしい」
すると由美香は今にも泣き出しそうな
顔になって、話す声が少し変わって
しまった。
「奇跡って何なの、治らないって
何なのよ…」
「あれ?由美香、もしかして俺の事で
へこんじゃったの?」
「何ふざけてるの、聞いた事に
答えてくれたらいいしょ」
「じゃあ言うけど、なまらびびるよ、
聞き逃すなよ。性格が悪いんだって、
なっ、生まれつきだろう」
「ばーか、ふざけすぎだわ
真剣に聞いて損した、
だいたい性格が悪くて入院した人の
話しなんて、聞いた事ないし」
「ちょっとふざけ過ぎたか?
本当は腎臓病らしい」
「最初からそう言いなよ。腎臓病…って?
それって治るの?」
「分からないけど俺は元気だから、
心配するな。
自分でもそんなに気にしていないから、
成る様になるさ」
「一貴君って?そんなにノー天気
だったの?」
「酷いなー、病人に向かって由美香が
悪魔に見えるわー」
「大丈夫だねそれだけ元気なら、
もう来ないからね。
早く退院しておいでよ、
学校で待っているから」
「分かったよありがとうね、そのうち
退院するだろうから、
その時までサヨウナラだね」
「変な一貴君、サヨナラは要らないよ、
縁起でもない本当に馬鹿だね、
頭の中もついでに見て貰いなさい」
「由美香は見舞いに来たんだか
いじめに来たんだか、マジで分からん、
あんまり怖い顔するなよ悪魔に見えるぞ」
「もうしーらないっ、
じゃあね性格も完治させておいでね」
そう言って帰って行った。
俺の入院生活は由美香の態度も
気持ちも分からないまま過ぎて行った。
学校が夏休みに入って少し過ぎた頃に
無事に退院した。
夏休み恒例の父の田舎、
いやいや田舎者の俺が東北の宮城、
それも仙台市を田舎と言うと
お𠮟りを受けるか?
まぁ事実だから仕方がない、
田舎への里帰りに出掛けた。
そこには同い年や年の近い頭の作りが
俺とはまるで正反対の勉強の出来る
優秀な従妹たちが待っている。
俺はと言うと農家のばあちゃん家が
一番のお気に入りだ、
何故かって?
女ばかりの従姉達と遊ぶより、
農家の民地で乗り回すバイクが
お気に入りだったから。
て言うか、従姉達は勉強机に釘付け
だっただけの事。
そんなバイク漬けの休みを満喫して
東北を後にして家に帰ると、
病棟内科の看護師、瑠璃さんから
俺宛にハガキが届いていた。
その内容が少し意味深で甘い毒を吐く
蝶の様に感じた。
「どうしていますか?もう体調はいいのな?
今度、ドライブにでも行きませんか?
それじゃあ、瑠璃」
(マジか、中学生に声を掛けちゃ不味いだろう…)
俺は戦った、誰にも話さずに一人で。
頭の中では瑠璃さんと真夏の海まで
ドライブ、そして俺の大事な
ファーストキッスを奪われちゃう。
ヤバいヤバい危なく戦いに
敗れるところだった、
少し勿体無い気もするが忘れる事にした。
何故?俺にも分からない。
臆病だからなのか?
そうかも知れないし
俺のファーストキッスは甘い蜜よりも、
ほんの少しだけ酸っぱいレモンを
望んでいた?
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