第2話 メイティ

 エレノア号は独自に“空間消滅領域SDA”の観測を続けていた。


 旧世紀“SDA”は宇宙の深淵部に“空白の染み”として発見された。

 地球政府は事実を世界には公表せず何年も分析調査してきたが、なにも解明されなかった。その“染み”は瞬く間に広がり地球のあった太陽系もすでに消滅していた。

 

 それでも私たちはこの“謎の現象”を最後まで観測することにした。

 エレノア号とは別ルートで航行していた二隻せきの探査艇もすでに消滅し、私のふねが最後の一隻になった。

 もうどこに進路を向けても無駄であり、他にこれといった選択肢はなかった。

 

 この不測の事態が起こらなければ、エレノア号は本来三つの基本ミッションをになっていた。

 一つ目のミッションのは、人類が居住できそうな地球型惑星に生命の種をくことだった。

 そのため艇内には、過酷な環境に耐える植物の種や、永久保存された細菌や微生物の遺伝子を積んでいた。しかし、私のふねに積まれた希望の種たちは、どこにも根を下ろすこともなく終わりを迎えることになる。

 いまメイティの知覚センサーである全波長域帯望遠鏡フルスペクトラムスコープは“SDA”のある方角に向けて観測を続けていた。


「その後の様子はどうだい?メイティ」

 

「いまのところなにも ―― これまでの観測と変わりないわ」 

 

「そうか …… 」

 

 私がいま会話しているメイティは、量子カオス型人工頭脳で、この船が製造された当時の人類最高のと叡智えいちとされていて今も成長を続けている。

 メイティは地球で唯一、自発思考型の人工知能として高く評価され、深宇宙探査計画には初期から主要アドバイザーとしても参加していた。

 メイティの疑似生命アルゴリズムは成長するにつれて“女性型”インターフェイスに調整されていき、その基本人格プログラムは穏やかで常に冷静に思考する。


 彼女はその優れた頭脳でエレノア号の航行のすべてを制御コントロールしていた。

 

「相変わらずなにも手掛かりはなしか …… 」

 

「そうね 、 物質が消滅してること以外はなにもわからないわね。あんなに明るいけどワタシたちが知ってる物理的な光ではないし、原子レベルの解析をしてもあの領域に物質自体まったく感じられない ―― なにもかもが“無”になっていくようね、解析不能のうえ理解不能ってとこね」

 

 メイティの頭脳でも明確な答えは出せないようだ。

 

「組成も謎だが、膨張速度が光速を桁違いに越えていることはどう説明する?」

 

「 ―― そうね 、光は約秒速30万キロメートルで進むけれど、これはあくまでも真空の宇宙空間を進む距離であって、この“消滅領域”は真空の中を膨張しているわけではないと考えたら、これは物理的世界の外で起こっている現象かもしれない。それに旧世紀の理論では宇宙誕生から10の-44乗秒後に高エネルギーの相転移が起こりその膨張速度は、観測可能な宇宙より外の領域が光速を越えているというデータとも一致してるわ。宇宙の膨張といっても時空そのものが膨張していて単に銀河どうしが遠ざかっているとはの違うというわけね」

 

 メイティは長い説明のあと、私の理解する時間を待っている。

 

「光速も時間のように相対的に変わることは、私も知っているが …… 」

 

「そうね、それについては物理世界の解釈の問題もあるわね。膨張速度が光速を超えてしまう遠方の信号は受け取れないから、観測は不可能だけど ―― 実際に深宇宙を知るには、観測限界領域まで行ってみるしかないようね」

 

 これは人類が今まで積み重ねてきた科学知識や経験が役に立たない事態だった。

 時間や速さが相対的に変わる時空の振る舞いや、原子レベルで探知できない解析不能な現象に対処する方法はなにもないのだろう。

 しかしこの先になにが待っているとしても、私はこの現象を最後まで観測するつもりだった。

 

 そしてエレノア号の“SDA”との接触は地球時間換算で約120時間後になった。

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