第二十二話
次の日、僕はいくらか気分が楽になったので、学校に行くことにした。僕は靴を履いて玄関を出る。
「行ってきます」
「あ、桜玖!これ持って行って。お弁当よ」
母さんがこちらに向かって駆け寄ってくる。左手にはお弁当が入っているであろう包が握られていた。
「ありがとう、母さん。それじゃあ行ってきます」
「えぇ、気をつけて行ってらっしゃい」
それだけ言うと、僕は母さんに背を向けて歩き始める。
今日は朝からいつもと違うことだらけだった。食卓には僕と父さんと母さんの三人が並んでいた。いつも両親はおらず、椿と二人で食べていたのに。そして家を出る時もだ。行く時は必ず椿と二人揃って家を出ていた。学校が同じため、普通に昇降口まで一緒に行く。でも、今日は一人だ。いや、今日はじゃない。これから僕は一人で学校に登校するのだろう。そう思うと少し辛い気分になる。
「ダメだ!昨日あれだけ美桜先輩に励ましてもらったんだから、気を引き締めなきゃ。いつまでも暗い気持ちでいたらダメだ」
僕はグッと両手で握り拳をつくる。なんだか気合が入った気がする。
僕はそれからただ無言で学校に向かった。
★
昇降口に着くと、多くの生徒で溢れかえっていた。普段よりも少し多いように感じた。僕が不登校になる前はこんなにこの時間いなかった気がする。もしかしたら休んでいた期間が長すぎて、そこら辺の感覚が少しおかしいのかもしれない。
「あ、桜玖」
不意に僕の肩をトントンと叩くものが現れた。この声も大分久しぶりに聞いた気がする。
「おはよう、雫」
「ん、おはよう。もう大丈夫なの?」
僕は軽く頷く。
「まあ完璧とは言えないけど、生活するには支障ないよ」
「それならよかった。桜玖のことだから、そのまま引きこもりになるのかと思ってた」
「ひどいなぁ、僕だってやる時はやるんだよ」
雫は少し心配そうな表情をする。一体どうしたのだろうか。
「桜玖は物事を少し引きずりすぎる。小さな失敗を多く繰り返して、それを全て引きずるからいずれそれらは集まって大きな失敗と同じくらいの重さになる。普通の人ならあまり背負い込まないのに、桜玖の場合はたった一回の失敗とかを長く引きずっちゃう。今回の件は決して小さなこととは言えない。だから今までのこととかも考えると、もっと休んでいるものだと思ってた」
なるほど、用はあいりの件もあるから僕が今背負っているものは、あまりにも重すぎると言いたいらしい。
「その辺はまあなんとかなったんだ」
「その理由を聞いても?」
僕たちはとりあえず歩きながら話すことにした。歩くと言っても、話すことが長くなりそうなので、少しゆっくり目だ。あのまま昇降口で話していたら他の人の邪魔になってしまう。
僕は人差し指で頬を掻きながら話し始める。
「昨日美桜先輩に励ましてもらったんだよ」
僕は少し恥ずかしくて俯いてしまう。チラリと雫の方を見れば、何やら考え事をしているようだった。
「昨日、美桜先輩に何か変わったこととかはなかった?」
「変わったこと?」
雫は一つ頷く。
「そう、些細なことでもいい。何かなかった?」
僕は昨日の出来事を思い出す。すると、思い出されたのは僕の数々の醜態ばかりだった。それ以外は特に変わったことなどなかった。
いつも通り優しい美桜先輩だ。
「変わったことはなかったよ。むしろ僕が変わったところだらけなくらいだし」
「ん、そう」
それだけ言うとまだ僕たちの間に沈黙が生まれる。雫は考えている時は基本、人と話をしない。こちらから話しかけても深く集中しているため、反応は返ってこない。だからこうなったら雫の考えがまとまるまで待つほうがいいのだ。
「考えてみたけど、どうやら当てが外れたらしい。引き続き身の回りには警戒はしたほうがいい」
「それはもちろんだよ。でもここ最近は手紙の人の動きがないよね」
雫は首を横に振る。あれ?ここ最近何かあっただろうか?
「それは私たちが知らないだけで、水面下では必ず動いているはず。あれだけのことをやる人なら、このまま終わるはずがない。気を抜いたら確実に危ない目に遭う」
雫は鬼気迫る表情でこちらを見つめている。これは本気で心配してくれている表情だ。雫のこんな表情は今まで見たことがなかったから、少し圧倒されてしまった。
「わかったよ。もちろん警戒は怠らないよ。それと、また何かあったら相談させてよ」
「ん、わかった。相談くらいならいつでも乗る。だから一人で抱え込まないようにして」
僕は大きく頷く。すると、少し先に僕の教室が見えてきた。
「そろそろ教室だから話はここまでだね」
雫は静かに首を縦に振る。
「それじゃあまた」
「ん、また」
それだけ言うと僕たちは自分の教室に向かって歩き始めた。
僕たちがちょうど別れたとき、携帯がピロリンと音を立ててなった。ポケットから取り出し、確認をする。すると、そこには美桜先輩からのメッセージが届いていた。僕宛ではない。文芸部のグループに送られていた。
『今日の放課後、部室に来てください。話があります』
メッセージはそれで終わっていた。メッセージの横を見れば、既読が2とついていた。どうやら雫もこのメッセージに目を通したらしい。僕はポケットに携帯をしまう。
一体先輩はなんの話をするのだろうか。
僕は少し不思議に思いながらも、自分の席についたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます