第二十一話
僕は静かな自室に篭っていた。カチッカチッと時計の音以外は聞こえてこない。
あの日、椿は首を吊って死んだ。それ以来僕は何もする気力が起きなくて、自室に篭りっきりになっていた。結局あれから警察や救急車やらがたくさん来た。捜査も行ったし、椿の心肺蘇生だって試みた。でも、捜査は結局椿の自殺ということで終わった。心肺蘇生も成功することはなかった。息を引き取ってから時間が経ち過ぎていると言われた。あの時僕がすぐに救急車を呼んでいれば何か変わっていたのだろうか?それじゃあ椿は僕のせいで死んだのだろうか?そんなことがずっと僕の頭の中でぐるぐると回り続けている。今も尚、そのことに頭を悩まされる。
トントンと、不意に僕の部屋の扉がノックされた。
「桜玖、ご飯できたからここに置いておくわね」
僕の扉の前で、女性の声がする。そう、僕の母親の声だ。今は父も母も海外から帰ってきており、家にいる。仕事は長期の休暇をもらったと言っていた。実際に顔を合わせるのは、僕がトイレかお風呂に行くときにたまにすれ違う時くらいだ。
「ありがとう。そこに置いといて、後で食べるよ」
僕は務めて明るい声で反応する。でも、自分でもうまく言えなかったなと思った。
「桜玖、部屋から出られるようになったら出てきてちょうだい。今は無理に出ろとは言わないわ。お父さんもお母さんも今はとても混乱しているの。それは桜玖も同じだと思う。それでも、やっぱり一度家族で話し合いたい。だから少しでも落ち着いたら出てきてね」
それだけ言うと、母は去っていった。足音がだんだん遠くなる。
僕はまた声を押し殺して、静かに泣いた。
★
それから数日が経った。学校にはまだ行っていない。行く気にもなれない。行ったところでいいことなんて何もない。僕は今日も部屋に篭っている。
僕が部屋の中でぼーっとしていると、トントンと部屋のドアがノックされた。
「桜玖、あなたにお客さんが来ているわ」
それだけ言うと、母は去っていった。けれど、部屋の前には誰かいる気配がする。
「桜玖さん、お見舞いに来ましたわ。できたら顔を見せてくださいまし」
ドアの向こうから声が聞こえる。これは、先輩の声だ。声音から僕を心配しているだろうと予想がつく。それから僕は時計を見る。時刻は十六時半を回っていた。
あぁ、もうこんな時間だったのか。そりゃ学校も終わるよね。
僕はドアの前に行こうとするが、腰が上がらない。まるで腰にだけ重りがついているような感じがする。
「桜玖さん、そのままで聞いてください。私も、その、聞きました。何がとは言いません。それを言うのは酷というものですから。今は私しかいませんが、雫さんもとても悲しまれていましたわ。椿さんのことはとても残念に思っています。でも、それでも桜玖さんには顔をあげてほしい!前を見て欲しい!あなたの周りにはあなたを心配している人が何人もいますわ。それこそ数え切れないくらい。あなたは一人じゃない。その狭い籠の中で閉じこもっていれば、ずっと一人ですわ。でも、顔を上げて前を向いて、また前に歩き始めれば、きっとあなたの力になる人が必ず現れますわ。それと、これだけは言わせてください。私はまた、あの時のような笑顔の桜玖さんが見たいですわ。だから、辛い時は一人じゃなくて、誰かと一緒に苦しみを分かち合いましょう。その相手が誰でもいい。桜玖さんに笑顔が戻るなら」
それから静寂が僕と先輩の間を支配する。先輩の顔は見えないけど、今ので僕をどれだけ心配しているかはよくわかった。気がつけば、僕は扉の前に来ていた。まるで夢遊病患者のようにふらふらと。
僕は静かに扉を開く。するとそこには目に一杯の涙を溜めた先輩がいた。
「僕は「桜玖さん!」」
ガバッと僕に抱きついてくる。一瞬何が何だか分からなかった。突然のことすぎて反応すらできなかった。
「辛かったですよね。大丈夫です。あなたは一人じゃない。苦しい時は私が一緒に苦しみます。嬉しい時は私もその気持ちを共有します。悲しい時は必ず私がそばにいます。だから大丈夫ですよ。何も不安なことはありませんよ」
僕の頭を優しく美桜先輩が撫でてくれる。
あぁ、心地よい。冷え切った僕の心が温かな気持ちで包まれていく。凍りついた僕の心が溶かされていく。
気がつけば僕はわんわんと子供のように泣いていた。人前でこんなに泣いたのは初めてだった。美桜先輩は、そんな僕を優しく黙って撫で続けてくれた。どれだけそうしていたかは分からない。
僕は気がつけば落ち着いていた。今は僕の部屋のベッドに二人して腰をかけていた。
「僕は、その、これから普通に生きていけるのでしょうか?生きてもいいんでしょうか?椿は自殺をしてしまった。もしかしたらあの時もっと早く帰ってきていれば間に合ったかもしれない。止められたかもしれない。僕のせいで椿は死んでしまった」
「そんなことありません!誰かが言ったんですか?桜玖さんのせいで椿さんが死んだって」
「いえ、言ってません...」
そう言うと、不意に僕の体が優しく先輩の方へと横に倒される。ぽんっと頭が先輩の太ももの上に乗る。所謂膝枕というやつだ。
美桜先輩はまた優しく頭を撫でる。
「前に私に言ってくれたじゃないですか。私のやっていることは間違いじゃないって。それを聞いて私はものすごく救われました。桜玖さんにとったら何気ない一言だったのかもしれません。でも、私にとってはどんな言葉よりも励ましになったし、背中も強く押してくれました。だから、今度は私の番です」
先輩はそこで一呼吸置いく。今度はさっきよりも大きな声で話し始めた。それは弱り切った僕の心を鼓舞するかのように。
先輩はスゥッと息を吸ってから再び話を再開する。
「強く生きなさい、菊咲 桜玖!あなたはここで終わっていい存在じゃない。自由に生きなさい!やりたいことや行きたい場所に行って、まだ見たことのない景色を見て、自分は生きてていいんだって、どんなに時間がかかってもいいから実感しなさい。そして、あなたの自分自身の選択に自信を持ちなさい!過去に戻ることはできない。でも、未来は変えることはできる。それならば、常に自分が最善だと思う選択肢を掴み取る。それで後悔したらその選択が間違えていることになる。ならば、後悔しない選択肢を掴み取って、その道を力強く進むまでです。どんなに周りの人から非難を浴びようと、自分の信じた道を突き進む。俺は間違えていない、間違えているのはお前たちだ!と言うくらいに力強く生きなさい」
また僕の目から涙が溢れてくる。
「僕は、生きてていいんですね」
「ええ、もちろんですわ」
「僕は、自由にしてもいいんですね」
「ええ、そうですわ。好きなようにやりなさい」
「僕は、また日の当たる日常に戻ってもいいんですか?」
そこで一端話が途切れる。不思議に思って僕は横に向いていた頭を先輩の方へと見上げる形で移動する。すると、そこには太陽よりも明るい微笑みを浮かべる先輩がいた。
「おかえりなさい、桜玖さん」
僕はまた大きな声で泣きじゃくった。今度はただ泣くだけじゃない。泣くのと同時に、今まで溜まっていた不安や心配も一緒になって吐き出す。
気がつけば僕はうとうとしていた。それはここ最近では得られなかった自然と眠りに引き込まれるような感覚。
僕は先輩の膝を枕にして、気持ちのいい眠りへと落ちていくのだった。
〜後書き〜
file1完結間近です!あと何話かすれば終わります。そこで、作者から一つ明かそうと思います。
実は
一応下に
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