第十四話 ★
数分間走り続けると、ようやく目的の場所に到着した。見上げれば十階程ある廃ビル。明らかに危険な匂いがする。それでも、私は足を止めることはできない。危険でも行かなきゃいけない。だって、私は桜玖のことが...。
★
エレベーターを押してみても、動くことはなかった。それがどれだけこの建物を放置していたかを物語っていた。
ピロリン♪
またしても通知。今度はメッセージだった。私は階段を登りながらメッセージを見る。
『屋上で待ってる』
ただ一言、そう書いてあった。
『桜玖は、無事なの!?』
私は気がつけばそう返していた。しかし、相手からの反応はない。もしかしたら嘲笑っているのかもしれない。それでもいい、桜玖が無事なら。
★
私は少し息を切らしながら、屋上に続く扉を開ける。ギギギッという錆びついた音を奏でながら、ゆっくりと開く。
学校の屋上に何度か行ったことがある。だが、それとは雰囲気がまるで違った。学校が陽の光に照らされた野原なら、ここはその真逆。消えることのない業火で焼かれた野原。黒く焦げた野原。そんな感じだ。
私は慎重に足を一歩踏み出して、周囲を警戒する。屋上には何もなかった。いや、私の遙か先にカバンがある。そう、写真と同じカバンが。周りは無骨な柵に囲まれており、閉鎖感を覚える。勇気を振り絞り、私はカバンに近づいて行く。一歩一歩近づくたびに、心臓の鼓動がドクンッ、ドクンッと早くなっているのがわかる。
『やっときた。どれだけ私を待たせれば気が済むの?』
あと一歩でそれにたどり着く、というところで背後から一人の少女が出てきた。
「まさか、この写真を送ったのはあなただったの?」
私は冷静を装って、その少女に問いかける。目の前にいるその少女は、私もよく知る人だった。だから、動揺を隠し切れない。それでも、冷静さを欠いたらダメだということはわかる。
『そう、私があいりに送ったんだ。どう?その中身は見てくれた?』
いつもと話し方が違う。雰囲気もまるで別人だ。何から何まで違う。人の皮を被った化け物と言われても正直信じてしまいそうなくらいだ。
「まだ、見てないよ。この中身は本当に写真の通りなの?」
『その目で見てみればわかるよ。もっとも、それを見たあいりは悲しみに耐えられるのかは知らないけど』
私はその少女から目を外し、カバンに近づく。写真と違う点で言えば、チャックが閉められていて、中が見えなくなっているというところだろう。私は屈んで、チャックをゆっくりと開ける。まだ中身は見えない。それでも中に何が入ってるのか察することのできるほど、鉄の匂いがする。少しずつ、少しずつ赤黒い色が見える。目を細めながらゆっくりと開けていき、全部が開かれる。そこには首以外の人の遺体が詰め込まれていた。そして、その上には私が桜玖にあげたはずの勾玉のストラップまであった。
私は耐え切れなくなり、その場で吐いてしまう。
『そんな物をみてしまえば無理もないね。だって、普通の人が遺体を、それも切り刻まれた遺体を見る機会なんてあるはずがないのだから。それが当然の反応』
私は口を拭って、振り返る。その少女は何が面白いのか、クスクスと笑っている。
「桜玖をどうした」
気がつけば、私の頭の中が真っ赤に染まっていた。怒りで満たされて、いつも以上に過剰な言葉遣いになってしまう。
「ねぇ、桜玖はどうした!答えて!」
『桜玖は、私が殺した。そこにいるでしょ?あなたは何を見ていたの?』
「そんな証拠、どこにある。そもそも首がない。それじゃあなんの証明にもならない」
少女はまた嗤う。それは悪魔のような笑いだった。大きく口を開け、天に向かって吠えるかのように。
『ねぇ、私は桜玖が好きなんだよ?それなら、一緒にいたいと思うでしょ?そう言えばわかる?』
私はじっとそいつを見る。もう、こんなやつ友達なんかじゃない。敵だ。紛れもなく相手は敵だ。一切の隙を見せてはいけない。
『その感じだと、わからないんだ。じゃあ教えてあげる。桜玖の首は私の家にある。ずっと一緒にいるために、ね。ふっふふ、あいりは桜玖のことが好きなんだよね?でも、愛が足りない。その程度じゃ桜玖は振り向いてはくれない。私の愛の方があいりより、強いの!』
狂っている。そう思ってしまった。いつもの優しげな雰囲気なんかない。目の前にいるのは悪魔だ。
「おまえが、お前が桜玖を殺したのかぁ!!」
気がつけば、私はそいつの元へと走っていた。こいつを殺さなきゃ、他のみんなも危ない。それだけじゃない、桜玖を殺したやつを野放しなんかにできない!
力一杯踏み込んで、相手を殴りにかかる。それを相手は一歩ずれることによって回避する。
「!?まさか、武道経験者?」
『ふふ、私に勝てるかな』
今度は相手の鋭い回し蹴りが放たれる。私はそれを回避しようと、無理矢理一歩後ろに下がる。しかし腕を振り抜いた後のため、前傾姿勢でうまく後ろに下がることができない。そのまま相手の回し蹴りが腹側に直撃してしまう。
「がはっ」
私は地面を転がりながら、大きく後ろに飛ばされる。素早く立ち上がろうとする。しかし、相手が許してくれるはずもない。倒れる私をひたすら蹴りつける。痛い、痛い。それでも、負けるわけには行かない。
私は意地で相手の足を掴みにかかる。
『そんなことしても無駄。大丈夫、安心して。私たちは友達だから、あなたを一人にはさせない。だって、両親にもすぐに会わせて上げるんだもん♪』
「貴様ぁぁぁ!許さない、絶対に殺してやる!お前を、殺す!」
蹴られる、蹴られる。私は痛みに耐えながら、力一杯相手の軸足を引く。しかし、びくともしない。私は運動神経はいい方だが、こんな殴り合いをしたのは初めてだ。素人が武道経験者に勝てるはずもない。
「ぐぁっっ!」
掴んでいた手を思い切り踏みつけられる。何本か骨が折れた気がした。もう無事では済まないだろう。
「お前を、意地でも離さない!離さない、絶対に離すものかぁ!」
『威勢だけはいいね。けどもう終わりにしようか。あなたを嬲るのも飽きてきたことだし。それじゃあ死んで』
少女は前蹴りを放つ。それをもろに食らってしまい、また大きく後ろに飛ばされる。
『ほら、ほら、どうしたの?立ってみなよ!』
次々と前蹴りが飛んでくるが、どれも避けることはできない。どんどん追い詰められて行く。気がつけば、背後に柵が見えた。
『ここって古くから建てられているらしいよ』
「それが、なに?」
私は息を切らしながら少女を睨みつける。動くことは許されない。動けば蹴られることが目に見えているからだ。だから、私は黙ってそれを聞く。
『もし、あなたが蹴られた拍子にその柵にぶつかったら、どうなるのかな?試してみようか』
ゾワっと背筋が凍るような嫌な予感がした。咄嗟にその場から離れようと手をついて立ち上がろうとする。しかし、少女に踏まれた手が、うまく地面につくことができない。立つことができない。
「あっ」
気がつけば、私はまた蹴られていた。柵にぶつかる。と思った。しかし、その柵は脆く、私を受け止めることはできない。唐突に私に襲いかかる浮遊感。空は暗く、澱んでいた。少女は嬉しそうに笑みを浮かべている。
そうか、私は負けたんだ。
私はビルから落ちる。頭を下向きにして落ちる。もう私は助からない。
プルルルル
電話が鳴った。ポケットからスマホがこぼれ落ちる。チラッと見えたそれには、『桜玖』と書かれていた。
「なんだ、生きてたんだ。よかった」
落ち続ける中、桜玖との思い出が蘇る。これが走馬灯なのかと、呑気に思ってしまった。
★
あれは中学一年生に上がったばかりの頃。実は私と桜玖は高校に入る前から知り合っていた。いや、友達だったのだ。入学したてで、私は友達もいなかった。今みたいに明るくもなかった。そこで私に話しかけてきてくれたのが、桜玖だった。私が授業の間の休みに、一人でただ俯いていると、声をかけてくれた。
『なんでそんなに辛そうな顔してるの?』
って。
私は最初、こいつに何がわかるんだろうか?と不覚にも思ってしまった。
『話しかけないで、一人でいる方が楽なんだから』
気がつくと、私は彼に対して拒絶するような言葉を発してしまった。発してからしまった!と思ったが、もう遅い。せっかく友達を作るチャンスだというのに、それを棒に振るってしまった。しかし、彼からの返答は意外なものだった。
『やっぱり一緒にいようよ、なんだか泣きそうな顔してるよ。僕が友達になってあげるよ!』
彼はとても優しげな表情で笑みを浮かべたまま、手を差し伸べる。私は嬉しかった。こんなにも酷いことを言ってしまった私を、見捨てないでいてくれた。少し躊躇ったが、その手を取る。
『よし、これで僕たちは今日から友達だね』
コクリと私は小さく頷く。それが私と桜玖の出会いだった。それから私は、桜玖に振り向いてもらえるように、身だしなみは整えて、性格も明るくなるように振る舞った。いつから桜玖のことが好きだったのかはわからない。出会ったときなのか、それとも過ごして行く中で好きになったのか。理由なんてどうだっていい。好きに理由はいらないのだから。今考えてみると、心残りがあった。
「あぁ、最後に告白しとけばよかったな」
目から涙が溢れる。もう桜玖には会えない。苦しい。胸が痛い。意識は元に戻り、再び浮遊感に包まれる。
体感では浮いている時間は長かった。しかしそれももう終わる。
パァン!
私は弾けた。文字通り地面を真っ赤に染めて弾けた。辺りをこれでもかと真っ赤に染め上げる。これが、私の最後...。来世では、必ず桜玖に告白しよう。そう決意した...。
そんな様子を冷めた目で見つめる少女。
『さて、邪魔者は一人退場してくれたことだし、約束通り家族に合わせてあげなきゃね』
少女は電話をする。その死体を回収するように、と。
電話が終わり、一息つく。
『次は誰を殺そうか』
狂った少女は歩みを止めることはない。それと同時に狂った歯車はまた動き始めたのだった。
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ここからはダラダラすることなく、○○編を完結まで向かわせます。最後までお付き合いください。
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