第13話 ミームからの招待
アリエルの差し出した電話をおずおずと受け取る。考えて見れば、ミームと実際に話をするのは初めてだ。あの、最初の夢の時を除いては。
「あの、もしもし」
『初めまして、夏目さん。いえ、お久しぶりかしら』
電話の向こうから、少し変わったイントネーションの日本語が聞こえてきた。
「あ、あの。お久しぶりです」
『そんなに緊張しなくても大丈夫よ。アリエルから、交通事故に巻き込まれたって聞いて、ちょっと心配だったから』
「あの、ごめんなさい。アリエルを危ない目に合わせちゃって」
やっぱりと思いつつ、電話を抱えたまま頭を下げる。
『心配なのはアリエルではなくてあなたよ、夏目さん。ブレーキの壊れたトラックの前に飛び出すなんて。大事が無くて良かったけど』
「わたしなら、大丈夫です。アリエルに助けてもらったし」
『みたいね。アリエルから聞いたわ。他にも色々と。意外と凝り性で、インスタントが食べられないとか。夏目さんの頬はとても触り心地がいいとか』
楽しげな電話口の声を聞いて、頬が熱くなる。まさか、海を越えて狸顔の真実が知られてしまうとは。
『思った以上にアリエルとうまくやっているようで、安心したわ。やっぱり、ちょっと不安だったのは事実だし』
「生活習慣とか、人間関係ですか?」
夏帆は思いついたことをそのまま言ってみた。言葉に問題は無いのだから、それぐらいしか思いつく不安要素は無い。
『そうね。人間関係。そう呼ぶことが出来るだけの関係を、夏目さんはアリエルと結べているかしら?』
からかうような口調にムっと来る。
「アリエルとは仲良くしてます。うまくやってるって、そう言ったのミームさんじゃないですか」
『ええ。今のアリエルとは、とても良い関係を結べていると思うわ。だけど、あなたが知らないアリエルとはどうかしら?』
言っている意味がよくわからない。
『彼女はヒトではない。そう言わなかったかしら?』
「……アリエルが不思議なことを出来るのは知ってます」
静香と美紀の視線が気になって、自然と声が小さくなる。
『そうね。それもアリエルの姿の一つ』
精霊意識体。一度だけ聞いた言葉が脳裏に浮かぶ。この人は、何かとても大切なことを言おうとしている。
『もう一度、言うわね。アリエルはヒトではない。あなたはアリエルと、どんな関係を築くことが出来るのかしら?』
「はっきり言って下さい」
『ごまかされるのは嫌い、だったわね。それじゃあ、単刀直入に。夏目さん、海外旅行の経験は?』
「ありません」
ちっとも自慢にならないけど、パスポートさえも見たことがない。それどころか、飛行機だって一回しか乗ったことがない。
『そう。なら、パスポートの申請をしておいた方がいいわね』
「え?」
『ぜひ、一度こちらへ来て欲しいの。どうかしら?』
思いがけない提案に、頭の中が真っ白になる。
『夏目夏帆さん。あなたをご招待したいの。期間はそうね――一週間ほど。たしか、中間考査の後は一週間ほど試験休みよね、夏目さんの高校。必要ならば、正式な短期留学という形で学校側に申し入れてもいいわ』
「理由を聞いても、いいですか?」
『最初に言った通りよ。アリエルと夏目さんが、どんな関係を作っていくのか。それを知りたい。アリエルのこと、もっと知りたくない?』
知りたくないわけがない。アリエルと一緒に生活を初めて、もうすぐ半月になる。もう半月も経ってしまった。なのに、まだアリエルのことはほとんど知らない。
チャンスの妖精は前髪しか無いというのは何の映画だっけ。少しだけ考えて、念のために聞いてみる。
「あの、アリエルは?」
『もちろん、一緒よ。それじゃあ、夏目さん――アリエルに替わってもらえるかしら』
ミームとの話を終えた夏帆は、言われるままにアリエルに携帯電話を手渡した。
アリエルは電話を受け取ると、また部屋の外へと出て行ってしまった。
途切れ途切れの会話は英語ではない夏帆の知らない言葉。
「夏帆、今のって?」
「あ、うん。アリエルの――なんていうのかな。保護者みたいな人みたい」
「ふぅん。留学生の担任みたいなもんかな」
「留学コーディネーターじゃないかしら。カウンセリングの資格を持ってる人も多いし、在留中のアクシデントなんかにも積極的に対応する場合もあるみたい」
「さっすが、海外経験者は言うことが違う」
そんな話をしているうちに、アリエルが部屋に戻ってきた。
携帯を折りたたんで持っているところをみると、話は終わったらしい。
「お待たせ」
いつもよりも口数は少なめだが、どこかそわそわしている気がする。
ミームに何か言われたのだろうか。
そんなことを夏帆が気にしていると、おもむろに
「え? もう8時?」
驚いたようにテレビを見ると、ニュースのアナウンサーがにこやかに今日の出来事を話し始めている。
「そういや、晩メシまだだっけ」
思い出したように美紀がお腹を押さえる。色々なことがありすぎて、晩ご飯の準備なんて綺麗さっぱり忘れていた。お風呂にお湯だって張っていない。
「今からだと、何も作れないね」
「米だけは炊いてあったんだっけ? けど、スーパーなんてもう閉まってるよなあ。この辺って、ファミレスなんかあったっけ?」
なまじご飯があるだけに、コンビニ弁当という手が使えない。さてどうしたものかと考えていると、アリエルが嬉しそうに夏帆の肩を突っついて来た。
「夏帆、カレーにしよう」
「カレー?」
「レトルトの。それなら、コンビニエンス・ストアにも売ってるし」
「結局、インスタントかあ」
傍目にもウキウキしているアリエルとは反対に、美紀ががっくりと肩を落とす。
「私たちのお料理は、次の機会に持ち越しだね」
「しかたないか。せっかく、夏帆に料理の腕を見せてやろうと思ってたのに」
そうと決まれば、後はすぐ近くのコンビニまで買い出しに行くだけだ。
メインはアリエルのリクエストのレトルトカレー。
それだけでは寂しいのでパックのサラダを買い込んで彩りを付ける。
色々と手をかければ、コンビニで揃えたご飯でもそれなりに豪華な感じになった。
「いっただきまーす」「いただきます」「うん、美味しい」「アリエル、早いって」
四人の女の子の声が重なって、一気に食卓が賑やかになる。ご飯の後片付けを済ま
せると、おっかなびっくりのお風呂タイム。
最後のサプライズは、寝る前のアリエルの一言。
「夏帆、一緒に旅行に行こうよ。ミーム先生が良いって言ってくれたし」
電話のあとのそわそわの理由は、コレだったらしい。
どうやら、ミームもアリエルに頼まれていたようだ。その割には意味深だった気もするけれど。
けど、アリエルから夏帆を誘ってくれたことが素直に嬉しい。となると、問題は学校とパスポート。幸いなことに出席日数には余裕がある。こちらは大丈夫。
「パスポート、か。静ちゃんに教えてもらえば何とかなるかな」
そんなことを考えているうちに、アリエルと一緒の初めてのお泊まり会の夜は更けていった。
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