彼女の遺書は俺の遺書

独白世人

彼女の遺書は俺の遺書

「しかし俺の人生もこれで終わりか」

 そうつぶやきながら、俺は屋上のドアを開けた。ドアを開けてすぐに目に入ってきたのは、真っ赤な夕日を目の前に今まさに飛び降り自殺をしようとしている女の後ろ姿だった。

「チっっ、先客かよ」

 俺がそうつぶやいた時、女はゆっくりと振り返った。白いワンピースを着たその女は線の細いとてもキレイな女だった。

「とめないで!」

 女はそう叫んだ。俺は意に反したその言葉にどう答えていいかわからなかった。早く飛べばいいのに。そうすれば次は俺の番だ。形式的に心中って事になるが、アイツらが驚く顔を想像しながら死んでいくのも悪くない。こんなキレイな人と心中したとなると、俺をバカにした様々な連中もさぞかしびっくりするだろう。そんなことを思いながら女に近づく。

「近寄らないで!」

 女がさっきより大きな声で叫ぶ。しかし俺は歩くのをやめない。心の中で早く飛び降りろと言いながら、どんどん女に近づいていく。

「それ以上近寄らないで!」

 女がまた叫んだ。まったく世話の焼ける奴だ。なんなら俺が突き落としてやろうか。そんな事を思いながら少し楽しくなってきた。

「なぜ死にたいんだい?」

 俺は止める気など全くないくせに、そう言ってみた。ただ女が自殺する前に、女の死ぬ理由が知りたかっただけなのだ。

「私にはもう何もないの」

 女はそう言う。ふざけんな。そんなにキレイな顔して。俺なんかこの醜い顔のせいでまともな人生送れなかったんだ。女のその言葉に頭にきた俺は、いよいよ女のすぐそばまで近づいた。

「来ないで。来ないでよ!」

 女がそう叫んだその時、彼女が驚く顔を横目に一メートルばかりの柵を乗り越え、女のすぐ横に並んだ。一歩先はあの世だ。綺麗な夕日が障害物なしに目の前に広がる。俺は高揚してくる自分の気持ちを抑えていた。

「誰もとめないよ。実は俺も死のうと思ってココに来たんだ。なんなら一緒に飛ぼうよ。心中ってやつ」

 上目遣いで僕の顔を見つめる女の顔は驚いた顔から困った顔になっていた。なんてキレイな人なんだ。こんな人が俺の彼女だったら、どんな辛い事でも乗り越えられただろうに。

「こ、困ります」

 小さな声で女はそう言った。えっっ、何?

俺と心中は嫌って事か。早く飛べよ。そうしたらそこに置いてある遺書をビリビリに破いてすぐに俺も飛んでやるからよ。

「やっぱり困ります。心中なんて。スイマセン」

 女はそう言うと柵を越えてドアの方へ走っていった。俺は女の後ろ姿を見送ると、舌打ちを一つして夕日に向かって飛んだ。

 そして彼女が残していった遺書が俺の遺書になった。

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彼女の遺書は俺の遺書 独白世人 @dokuhaku_sejin

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