第151話「果たし状」
果タシ状
宮本武蔵殿
十余年前ノ遺恨ヲ果タシ申シタク候
貴殿ガ極メシ武ニ於イテ決闘前ノ事前準備ガ必要トハ聞キ及バズ
故ニ真ニ身勝手ナガラ四日後
貴殿ノ下ヘト推参シ候
慶長十九年八月四日
吉岡憲法
その数は一つや二つではなく、二桁を優に超える数であり、往来を行き交う者がそれを見落とす事は考えられなかった。
この文面を要約すると、『四日後、お前と決闘したいが為に勝手に会いに行くから逃げるな』という内容であり、そこに自身と武蔵の名を記しつつ、武蔵の武を称賛する一文となる『貴殿ガ極メシ武ニ於イテ決闘前ノ事前準備ガ必要トハ聞キ及バズ』という文言を記することで武蔵が逃げられない状況にする目的が込められている。
そして、立札が置かれてから三日目となる八月七日の夜…
「
「うむ。だが、返事がなくとも
「…問題があるとすれば今日になって
「ジン殿の云う通りだ。前日に
「
慶一郎、
鐘銘事件の発生により徳川と豊臣の戦が現実味を帯びた事で早雪は再び
早雪は戻る際に慶一郎へこう告げていた。
『私があなたの傍で出来る事は少ない。でも父の傍でやらなくてはならない事は多くある。
この言葉に対して慶一郎は「其々のやるべき事は其々が選択するべきです」と返し、早雪の決断を受け入れた。
「何があってもやるしかねえ。そうだろ?おっさん」
「むはは!その通りじゃ!相手は凡そ百人。中にいる
「くはは。たった七人で推し通るか。それも天下の武蔵流の門下百人を相手に。
「お主もな、
七人…
これは慶一郎達の全戦力ではあるが全員ではない。
武蔵討伐の為に岡山へとやって来たのは全員で十九人いた。
その内訳は、十九人中十二人が
過半数を越える十二人が戦闘要員ではなく所謂後方支援の役割を担うのは明確な理由があった。それは全国が徳川による統治下に置かれたこの時代に於いても嘗ての様な武芸者同士による決闘や
中には武家同士による
その為、吉岡一門の者は直接関わらずに有事へ備える事となった。無論、その決定に異を唱える者はいたが、五代目憲法を襲名した義太夫が頭を下げた事で収まった。
吉岡一門を除いた残る七人は慶一郎達四人と他三人である。
その三人とは…
「ところでジン殿。五人目は昨日会ってもらった
武蔵達と対峙する七人の内の五人目は、武器を携帯せずに徒手やその場にある物を用いた戦法を得意とする拳法家の
そして、残る二人は慶一郎の知人であり、その二人は参戦を快諾したものの京を立つ際には合流出来ず、後から追って来ることになっていた。
「
「なに?…むっ!?」
「くっ!?」
「ぬうっ!?」
慶一郎の言葉の直後、兵庫助、喜助、義太夫の三人は三人共に
その気が慶一郎達四人を打ち、気を放つ者の正体を知る慶一郎を除く三人は近付いてくる者に対して警戒感を抱いた。
殺気は纏っていないものの凄まじい迄の闘気を放つその者はゆっくりと近付き、四人のいる部屋の前、襖を挟んだ数歩先という距離で歩みを止めた。
慶一郎以外の三人の
まるで違和感そのものが近寄ってくる様な、その者と会うこと自体に不吉な予感がする様な、そんな気配が四人のいる部屋の前にあった。
「………」
「………」
「………」
兵庫助、喜助、義太夫は誰一人として言葉を発せず、ただ相手の出方を待った。
沈黙が場を支配し、永遠の様に長く、刹那の如く短い
「ジン殿、入ってもよろしいか?」
それは、やや訛りのある女の声だった。
「……おいおい、勝手に言葉を発するとは何事だ?もう暫くこの
女と話すその声は如何にも快活で覇気に満ちた男の声だった。
「……ジン殿、どうやらとんでもない
「ふっ、
「無論」
「ええい!もう
業を煮やした義太夫がそう云うと男女が部屋へと入ってきた。
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