第134話「刹那の差」
先手…せんて、さきて。
物事に
先手を取る事、即ち先取する事は、動作、意識、戦略、情報など、如何なる事柄であろうと有利になる場合が殆どである。
刹那に修羅を宿す羅刹の剣士
儀間は自らと慶一郎との
この踏み出した足こそが
慶一郎と儀間が互いに繰り出す業は当たれば必勝、外せば
恐れ、怯え、惑い、一切の
この決死の踏み出しによって慶一郎は儀間に先手を取られた。
同じ動作の業を放つ以上、間合が長い慶一郎は先に業を繰り出さなくては先手を取ることが不可能だったが、儀間の踏み出しによって二人の業の起こりが同時となったのである。
同時に放たれた二人の業は互いに至高の武を体現し合っていた。業の質は正しく互角だった。速さ、重さ、正確さ、全てが同等であり、
この異合の結末に直結するその差、それは…
死。
死を現実として感じた事があるか否か。それが二人の
慶一郎と儀間、二人の異合は刹那の中に決着した。
互いに業を放ったその刹那、空気が震え、木が
次の瞬間、儀間は地に座し、慶一郎は儀間の前に立っていた。
「今の音はなんだ!?」
「なぜ座っているんだ!?」
「も、もう終わりなのか!?」
状況を把握出来ていない見物人達が
見物人達は何が起きたのかを眼で視ることすら出来ず、気がついた時には状況が変化していた。それ程に二人が業を放つ動作は疾く、見物人達とは圧倒的な実力差を持つ
その場にいた誰一人として二人の優劣を見極められていなかった。
本人達を除いて…
「………」
「………」
慶一郎も儀間も何も云わなかった。
慶一郎はただ立ち、儀間はただ座していた。
二人はただひたすらに互いに放った業と業による異合の結末を受け入れ、無言の
この瞬間、風が、空が、地が、全てが二人と共に無となっていた。
そして、先に口を開いたのは先手を取った儀間であった。
「ジン、今のは狙ってやったのか?いや、愚問だな。偶然ではあり得ん」
「半分は偶然だ。貴様の比類なき武が偶然を生み、その偶然が俺にそれをさせた」
「それ、か。…まるで他人事だな。どちらにせよ、お前の為した
負けを認めた儀間の右の
「
「そう、これが結果だ。俺達がやった
(負けを誇れる、か……)
勝ちを認めぬ
儀間は生涯初の負けに対する矜持を忘れなかった。
敗者の矜持。
それは、負けた事実を濁さないこと。
勝敗に対して一定の条件は決めていたものの、それよりも深い条件での決着を儀間は望んだ。
負けを認める事、それこそが生涯初の敗北を感じた儀間の矜持であった。
「……わかった。この勝負、俺の勝ちだ」
「そうだ。それでいい…」
二人の異合は慶一郎が勝った。
その
先手を取った儀間の抜剣術は的確に慶一郎の身に迫った。踏み出した足と共に全身が加速し、
それに対して慶一郎もまた刀身一体を為して抜刀術を放った。しかし、その刹那の瞬間に放たれた慶一郎の抜刀術は業としてのかたちを変えていた。
その
斬られる……
慶一郎は抜刀術を放つ刹那にそう感じた。
その刹那、慶一郎はこれ迄に一度も放った事のないかたちの抜刀術を放った。
自らの身に最短最速で迫る儀間の剣に対し、慶一郎は儀間の身を狙わなかった。
右足を踏み出した儀間に対して慶一郎は右足を退き、左足を前にしたその状態で儀間の右手に握られている木剣の柄尻を狙って柄による抜刀術を放った。
次の刹那、二人が互いに手にした武器の柄と柄が衝突し、儀間の木剣の柄が砕け散ると共にその
木が爆ぜる様な音は儀間の木剣の柄が砕け散る音であり、互いの柄による衝突に慶一郎が打ち勝った証だった。
儀間の抜剣術は刀身で慶一郎を斬る事を目的として加速中であったが、慶一郎の抜刀術は刀身で儀間の身を斬る為に加速させるのではなく、柄で柄を打つという一点にのみ全てを注いでいたが故に衝突時に明確な破壊力の差が生じた。
抜刀術対抜剣術。
右対右。
同等の
だが、互いに同じ業を同じ様に放とうとしたその刹那に慶一郎は自身の負けを悟り、その負けを勝ちに変える為に業を変えた。
刀身で相手を斬る抜刀術ではなく、柄尻を用いる抜刀術を放った結果、慶一郎は勝ち、儀間に生涯初の負けを認めさせた。
「
この異合、先手を取ったのは儀間だった。
だが、先手を制したのは慶一郎だった。
儀間の抜剣術と慶一郎の抜刀術、そのどちらかにほんの僅かでも差違があったならば慶一郎の柄による抜刀術は未遂に終わっていた。
二人の業が共に極めて正確であり、極めて
この結果は、ほんの僅かな偶然と経験の差が
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