第77話「大御所の計略」
駿府城とは、その名の通り駿府藩にある城であり、既に将軍職を辞して大御所と呼ばれていた家康が慶長十一年から暮らしている。
なお、駿府藩は家康が暮らし始めて実質的な領主となった際に一度廃藩となったが、その後、水戸藩より
しかし、藩主となった頼将はまだ若く、慶長十九年時点の駿府藩は未だに家康の実質的な直轄領となっている状態である。
「で?どうだ?水戸の状況は?むん!」
「んはぁ!…ん…ふう……」
「…はっ!奴が
「ほう。朕の思惑の上をいっておるな。やはり
「ん!く!…あん…ダメです
女が慌てて云い直したその瞬間、男は抱いていた女の首を無造作に
「……大馬鹿者めが。この駿府城では朕こそが帝であると昨日云ったであろう。…誰ぞ外に
女を殺した男は部屋の外にいる配下に声を掛けると女の死体を片付けさせ、それを解体して犬に与える様に指示した。
そして、二人の男は女の死体を片付けた後の血の臭いが残る室内で、まるで何もなかったかの様に会話を再開した。
「
「うむ。昨日から
水戸の現状を伝えていた男の名は半蔵、そして半蔵からそれを聞いていた男は
「
「……なんぞ起きたか?気にするな、有り体に申せ」
「それでは申し上げます。昨日報告した真田の弟の二度目の暗殺未遂の件、この失敗には恐らく医聖こと
「ぬう!?あの老い
「はっ!一度目に送った
「それとあの
「詳しいことは私にもわかりかねます。しかしながら…御医に聞いた話によると、耳の奥には人間が歩くために必要な器官があり、それを傷つけられたために歩行が困難になったとのことです。そして、これを人命を奪わずに的確に行うには相当な医術の心得と武術の
「ほう。それは確かにあの
家康は方広寺の一件を既に知り、それに対する報いとして
一度目は
「
「そうか。あの男こそ徳川の次期当主である
「御意」
竹千代とは、後に徳川第三代将軍となる
家光は、数多くの子と孫を持つ家康にとって特別な存在であった。それは、自身と同じ幼名である竹千代を名乗らせていることからも明らかである。
そして、家康と家光には歴史に遺される事のない重大な秘密があった。
それは…
「ところで
「
「む…では
「よく聞け
「それは真でございますか!?」
「くかか、恐らくと云ったであろう。だが、四年前にあの山で死んだ
「しかしその子供は…」
「うむ。数刻後には死体で見つかった。人相すら判断出来ぬ程に斬り刻まれ、焼かれた状態でな」
これは、当時その場にいた潮が徳川を欺くために行った策であった。慶一郎の逃亡を見届けた潮は刺客に紛れ込み、他者の死体を慶一郎の死体として報告していた。この潮の策に対して刺客を率いていた者はあっさりと納得した。それも仕方がない事であった。
あの日、甚五郎と慶一郎が暮らしていた山中に送られた刺客は徳川にとって秘中の秘とも云える精鋭揃いであり、その精鋭揃いの刺客を率いていたにも関わらず多くの犠牲を被った末に子供を取り逃がしたなどと報告する事は出来ず、刺客を率いていた者は死体が見つかった時に真偽を確かめることをしなかった。確かめようにも方法がなかったが、万が一にもその死体が別人であってはならないため、端から確かめることなどしなかったのである。何故なら刺客を率いていた者にとっては家康に対して出来る報告は「成功」のみであり、失敗は即ち一族郎党に渡るまでの埋没を意味していた。
こうして、ほんの少し前迄は徳川にとっては慶一郎は死んだことになっていた。
「その時の死体が別人の者であったならあるいは…」
「くかか、その通りだ。もしあの時の餓鬼が稀代の達人である
「もしも…もしも
「流石は三代目
「相変わらず
「
家康の口から語られた竹千代の秘密とは、竹千代が秀忠の子ではなく家康の子であるという事実であった。
家康は将軍を辞する遥か以前から自身の跡継ぎである秀忠が愚鈍であると知っていた。それ故に秀忠の子を徳川家の跡継ぎとして据えるのではなく、秀忠の継室である
そして、その家康の子である竹千代の護衛を慶一郎にさせようと画策していた。
それから暫くして…
「………では
「うむ。徳川の名を騙る独裁者を成敗し、水戸を救ったのは徳川であると示してこい。これでまた徳川の評判は上がるであろう」
「御意」
半蔵は水戸藩主代理となっている男を斬るために駿府城を離れて水戸へと向かった。
自身の指示で送り込んだ者により意図的に水戸を荒れさせ、折を見てそれを正して徳川が英雄であるという偶像を創る。
これこそが家康の描いていた水戸の一件の結末であり、家康による徳川の世を強固にするための計略であった。
しかし、その計略は既に慶一郎という存在によって
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