第78話「護衛」

「が……」


「ぐ……」


 慶一郎けいいちろうと擦れ違うその瞬間、二人の男が一瞬にして死屍しかばねとなった。それから更に三人目、四人目、五人目と続き、慶一郎の歩みを阻もうとした十一人はことごとく死屍となった。

 僅か十秒未満の出来事であった。


間合まあいに入れば斬る。死にたい者は入ってこい」


「う…あ…バ…バケモノ……バケモノだああああ!!!!!」


 悲鳴にも似たその声をきっかけにしてその場にいた殆どの者達が逃げた。しかし、三人だけがそこにとどまった。

 一人は左右の手に一本ずつ槍を持つ身の丈五尺未満の小柄な者。一人は柄尻つかじりに鎖が繋がれている二本の刀を背にした身の丈六尺程の大柄な者。そして、最後の一人は慶一郎けいいちろうとほぼ同じ身の丈で武器を手にしていない空手からての者。

 この者達は三者三様それぞれに女物の着物を纏い、そのかおには化粧を施し、頭にはかんざしいた。髪の毛に挿すのではなく、直接頭部に簪を刺しているその姿は異様だった。

 この異様な三人だけは十秒足らずで十一人を死屍に変えた慶一郎を畏怖することなく、慶一郎の十数歩先から一歩足りとも退しりぞこうとせずに真っ向から向き合っていた。


「…お前らは逃げないのか?」


「キャハハ!逃げる?あたい達が逃げる?それってまさかあんたからってこと?なにそれつまんなぁい!」


「野太い声でわめくな。逃げぬのならすぐに殺してやる」


(こいつ…顔や身形みなりは女の様に思えるがこの声ならば男か。あの簪は頭に刺さっているの様だが、一体なんの真似だ?)


 慶一郎は目の前にいる三人に普通ではない気配を感じ取っていた。それは、三人が異様な姿をしているからではなく、三人の纏う気配に異質さを感じ取ったが故であった。


「ああッ!?テメエ今なんつった!?誰の声が野太いってえ!?」


「だからその声でしょ。ウフフ、ごめんなさいね、。この子、耳が聴こえないのに自分の声が嫌いなのよ」


「オメエも聴こえてねえだろうが!」


「二人共…静粛…コノ強者キョウシャ…油断大敵…」


「あたいに命令すんな!こんな男みてえな格好した女にあたいが負けるか!そもそもオメエも聴こえてねえくせに静かにもクソもねえだろうが!あとちゃんと喋れ!」


 三人は慶一郎と向き合った状態ままで三様の反応を示して言葉を放った。その声は三人共に低く、三人が男である事を証明していた。

 そして、三人の男は三人共に慶一郎のことをお嬢さん或いは女と云い、慶一郎が真実ほんとうは男ではないことを悟っていた様な口振りだった。


(女と見抜かれているのか?…いや、そんな事よりも、三人共に聾唖ろうあ者か。 この暗さと距離でくちを読んでいるとすればその眼は脅威だ。…だが、この三人から感じる異質な気配の正体は聾唖それだけとは思えない……)


「あらん?お嬢さん、あなたはあたし達に疑念を抱かないのね。普通、あたし達が聾唖だと聞いたら疑念を抱いてくるものよ?」


「…生憎だが、私はお前らの思う普通とやらに合わせるつもりはない。普通など人によって異なるものだ」


「普通…常識…偏見…油断大敵……」


「だああ!ごちゃごちゃうっせえ!あたいからいくぞ!…………えっ!?」


 小柄な男は両手に持った槍を構えて慶一郎に突進し、その次の瞬間には自身でも信じ難い事態が男に訪れた。


「…いい槍捌きだ。かつ死合しあった宝蔵院とやらの僧に匹敵するだろう」


「…アレ?なんだこれ…あたいの肉体からだが縮んだ?アレ?脚が……あ、そうか。あたい…斬られたのか……」


 慶一郎の間合に入った瞬間、男の上半身のみが慶一郎の背後にすり抜けた。それは、慶一郎が男を横一文字に斬った瞬間に放たれた男の突きの鋭さを物語っていた。

 斬られた瞬間に男が放った突きの勢いにより男の上半身のみが槍と共に突進を続けたのである。


「このあたいが一瞬で………アンタ達、あとは任せたわ……油断大敵…よ……ぎい!!」


(死を受け入れて自ら舌を噛み切ったか…身形は異様だが心魂こころは一介の強者もののふか……)


 男は自害した。

 上半身のみで生き長らえることなど出来ぬことを悟った故の潔い死様しにざまであった。


「…次はどっちだ?無論、二人掛ふたりがかりでも構わぬが?」


「……御前オマエ…殺ス!!!」


「待ちなさい!」


 その声は遅かった…

 制止する声が放たれた瞬間には既に男は仲間を殺された怒りに身を任せて慶一郎に突進していた。

 そして…


「女…天晴アッパレ……御前…強者…我…弱者……我………死ヌ……!!」


「お前も天晴れだ。その鎖に強度があれば私を殺せていただろう」


 男は慶一郎に対して右手に持った刀で突きを放ち、そのままその刀を手放して左手で持つ刀を操って鎖による薙ぎ払いへと繋げた。しかし、慶一郎はその鎖を諸共もろともに男を斬った。

 そして、斬られた男はほんの数秒前に死んだ男と同様に舌を噛み切り自害した。


(こいつも迷わず死を選ぶか…どうやら特殊なのは身形だけではない様だな……)


「…お前は感情で動かないのか?」


「あらん?あたしにも怒りに任せて我を失って欲しかったかしら?でも残念ね。あたしはその子達と違って生来からの聾唖なの」


「…それがどうした?感情の制御と聾唖は関係ないだろう」


「ウフフ、それが関係あるのよ。理由わけを聞きたいかしら?それとも早くあたしを斬りたいかしら?」


「そうだな。私にはやる事がある。お前と無駄話をしている時間はない。…答えるとは思えぬが一応は訊いておこう。藩主代理の男はどこにいる?」


「ウフフ、それがあなたの目的なのね。答えが知りたければ少しだけあたしの話に付き合いなさい。付き合ってくれたら教えてあげてもいいわ。尤も、話の後であなたは私が殺しちゃうけどね」


「………いいだろう。話の真偽は定かではないが闇雲に探し回るよりは幾分かはましだ」


「あらん?意外に素直なのね。安易に他人を信用してはダメよ」


「確かにな。だが、お前は私を殺すと云った。殺す相手に偽りを語る必要ない。ならば真実を語る可能性は十分にある。それに、恐らくお前ら三人は他の連中とは違って水戸出身ではなく藩外からここへ来たのだろう。それならば藩主代理の男の居場所を知っていてもおかしくはない。お前らの任務は藩主代理の男の護衛か?」


「ご明察。あたし達は他所よそから来た藩主代理あのお方の護衛よ。のね。それじゃ、あたしの話を聞いてもらうわよ」


 そう云いながら男が慶一郎の眼を視ると二人はそのまま視線を逸らさずに語り始めた。

 城内に吹く生ぬるい風が常備灯として灯されている松明の炎を動かし、対峙する二人の影がゆっくりと揺らめいていた。

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