第16話「鐘銘」
「
この日、
寺の名は方広寺。五年前から豊臣家が再建に関わっている寺であった。
「
「
(一体何があるんだ?まさかここに
慶一郎は長年の流浪生活で人目を避けるために廃寺に寝泊まりすることは多かったが、本音を云えば寺は好きではなかった。それは慶一郎の父である
(
徳川が幕府を置いた江戸からは離れているとはいえ、人が多い京都にある寺で反徳川を掲げるのは近過ぎると慶一郎は感じていた。
「
「
早雪は慶一郎にまだ吊る前の真新しい梵鐘を見ろと云ったが、慶一郎は何のことかわからなかった。早雪の言葉の真意がわからない慶一郎に対して早雪は再び口を開いた。
「
慶一郎は云われるが
そして…
「なっ…!?」
「わかりましたか?この寺が徳川打倒の最初の一歩となる理由が」
「
慶一郎は銘文に書かれた二つの文言に目を奪われた。
慶一郎が目を奪われた二つの文言は、国家安康と君臣豊楽の二つだった。
「はい。お察しの通り、それは真田が手回しをして銘じたものです。そしてその文言の意味は
感じた通り、たったそれだけの言葉で慶一郎には早雪の伝えたかったこと、真田の意志の全てが伝わった。
(国家安康、君臣豊楽…これを真田が…それが真実ならば…これは単なる銘ではない…これは、徳川への宣戦布告だ…!!)
慶一郎はこの銘文が徳川への宣戦布告であると感じ取った。
本来、寺社というものは権力者からの圧力や政治への荷担を避けるため、治世者の名前などの取り扱いは非常に厳しく管理し、それを取り扱う際には注意に注意を重ねているものである。しかし、
そして、その異質な銘文は真田が手回しをして銘じたものであった。
「
「はい。それは再建に関わる者を通じて銘じさせたものです。その文言は私の父の考えたものであり、意味は…
早雪は鐘に銘じられた文言を説明している途中で慶一郎の様子に異変を感じ、それを止めて慶一郎に呼び掛けた。
「…震えているのですか?」
慶一郎は震えていた。早雪は慶一郎が震えている理由がわからず困惑した。
早雪は困惑し、慶一郎の身を案じて慶一郎の傍に寄った。
「
慶一郎は震え、高熱を帯びていた。まるで悪寒に身体を支配された様に震えながら人の体温とは思えぬ程の高熱を帯びていた。
「
「…大丈夫です……」
小さな声だった。
慶一郎に寄り添う様にしていた早雪に聴こえるか聴こえないかという程の微かな声量で慶一郎が云った。
それからほんの少し間を置いた後に慶一郎は再び口を開き、今度は確かに聴こえる声量で云った。
「大丈夫です、
慶一郎は銘文を読み、魂を熱くし、心を震わされていた。
八日前、慶一郎は色町で早雪と出逢った。
その翌日、早雪自身の口から早雪が真田の者であると明かされ、慶一郎は自身の宿命を受け入れて運命と共に生きる覚悟をして真田の意志を聞いた。
あの日、確かに覚悟を決めた筈だった…
しかし、慶一郎はどこかで覚悟を決め切れていなかった。
そしてこの日、慶一郎は圧倒的に不利な立場で私欲ではなく真義で徳川打倒を掲げる真田の意志が込められた銘文を読み、
「
「
慶一郎は早雪に
それは、慶長十九年五月三日のことであった。
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