【更新再開】羅刹の剣 ~修羅となる刹那~【不定期】

貴音真

第1話「無頼人」

 カチン………


 その者は、ゆったりとした動きで刀を鞘に納めた。

 その者の周囲には十数体の死屍しかばねが転がっていた。死屍のすべてが武芸者であり、死屍となった武芸者達は其々それぞれに武器を手にしていた。

 あるいは刀を、あるいは槍を、あるいは鎖鎌くさりがまを手にした武芸者達は、たった一人の者に死合しあいを挑み、ことごとく殺された。ある者は胴体を真っ二つにされ、ある者は首をねられ、ある者は心臓を突かれて絶命していた。

 武芸者達の死様しにざまはこの場で凄絶な死合が行われたのであろうことが一目でわかるものであった。

 しかし、その場に居ながら唯一、生を保っていたその者は、死屍の中で立花りっかの如く立ち尽くすその者は、死合の勝者であるその者は、その肢体からだから血の一滴たりとも流していなかった。それどころかその者は、その身体からだに一滴の血飛沫ちしぶきすら浴びていなかった。

 十余人の武芸者達と多勢に無勢な死合を行い、きず一つとして負うことの無かったこの者の名は立花たちばな慶一郎けいいちろうよわい数年かぞえどしとおろく

 刀を所持しているが慶一郎は武芸者でもなければ武士の身分を持つ士族でもなかった。武芸者でも武士でもない慶一郎が、腕に覚えのあるはずの武芸者を、それも十人以上の武芸者達を相手取り創一つ負わなかったのである。


(私はまた…人を殺めてしまった……)


 慶一郎が人を殺したのはこれが初めてではなかった。武士でもないのにも関わらず刀を持ち歩く慶一郎は、武士の立場からすれば目障りな存在であり、捨て置くことは出来ない存在であった。

 それ故に慶一郎は度々武士に襲われた。それらは正々堂々と果たし合いを申し込んでくる者達ばかりではなかった。ある時は食事中に突然襲われた。ある時は果たし合いと云われて出向いた場で十数人に囲まれた。慶一郎はそれらの場から悉く生き残ってきた。即ち慶一郎は自らに死合を挑んできた武士達を全て殺してきた。

 無頼人ぶらいにんである慶一郎が、刀と共に生死の狭間で生きている武士もののふを相手にして連戦連勝を重ねる日々が何年も続き、立花慶一郎の噂は人から人へと伝わった。


『武士でもないのに堂々と刀を持ち歩き、武士を斬っている者がいる』


 今や立花慶一郎の存在を知らぬ武士はいないという程に知れ渡っていた。そして更に、立花慶一郎の存在が知れ渡っていたのは武士のみに限ったものではなかった。

 卑怯な手を用いて多勢に無勢な死合を仕掛けて勝ち続けているならいざ知らず、真っ当な戦い方で、尚且つ自ら戦いを仕掛けることは一切せず、挑まれた場合にのみ死合を行う慶一郎の潔さと強さは世の武芸者達を魅了し、同時に嫉妬させた。

 やがて、身分を理由に目の敵の様にして慶一郎に襲い掛かる武士達だけでなく、腕自慢の武芸者までもが慶一郎を探し、慶一郎を討ち果たして名を上げんがために慶一郎に死合を挑んでくる様になった。

 そして、それらの者達は悉く死んだ。慶一郎はそれらの者達を悉く殺した。


(この様な日々がいつまで続くのだろう…修羅の様に戦い続け、悪鬼羅刹の様に人を殺めていく…私はいつまで人を殺め続けるのだろうか…私の生きるべき道はどこにあるのだろうか……)


 慶一郎は死屍が転がる只中ただなかで自らに問い掛けていた。

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