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走って、わたしはまだ騒ぎが届いていない場所にまでたどり着く。なるべく近い方がいいのは分かっているけれど、あんまり近くでも駄目だと思ったのだ。
わたしはこの辺りに医者がどこにいるのか知らない。電話が広く普及しているわけじゃないから、簡単に救急車を呼ぶことはできない。というかそもそも救急車に該当するものがあるのかすら知らない。
誰かに聞くにしたって、ある程度落ち着いている人じゃないと。あの辺りにいる人間は、パニックになって逃げようとしているか、逆に野次馬根性で様子を見に来ている人ばかりだ。
状況が状況なので、仕方ないけれど、自分のことしか頭にないので、頼ったところで望む答えがすぐにくるとは限らない。
「あのっ、すみません、どこかに病院とか、お医者さんとか、ない――いない、ですか。怪我人がいて……!」
わたしは近くの花屋に声をかける。かなり息が上がっている状態で、無理に声を出したから、ちょっと気持ち悪い。そんなこと気にしている場合じゃないけど。
わたしのただならぬ様子が伝わったらしく、よほどの怪我人なのかと、花屋も少し慌てていた。
「え、医者か……。一番近いのは歯医者しかないんだよな。しかも今日休みだし……。あっ、ティカー! ちょうどいいところに!」
花屋が声を上げる。振返ると、ティカー、と呼ばれた男が、足を止めていた。――この人、どこかで見たことある……?
「あいつ、俺の幼馴染なんだけど、外科医なんだ。実家がこの辺だから、丁度帰ってきてたんだろ。……ティカー! 急患だって!」
ティカー、と呼ばれた男性が、こちらに駆けてきてくれる。
「急患!? どこに――……って、貴女……」
緊迫した様子の男性――ティカーさんだったが、わたしの顔を見た途端に少し呆れた色がちらついた。
「もしかして、またあの蛇種の患者が無茶したのか?」
蛇種の患者、という言葉に、わたしはようやく思い出す。――この人、フィジャの主治医だった人だ。丸い耳に、傷跡なのか、少しかけているのが特徴の人。
なんてタイミングで再会するんだ、と思ったけれど、でも、すごくありがたいことでもあると思う。あれだけの出血があったフィジャを助けられた医者だ。今回も、きっと助けてくれるはず。
「今回はフィジャじゃなくて……とにかく、大変なので来てください!」
わたしが懇願するように言うと、ティカーさんはすぐに医者の顔に戻る。
早くイナリの元へ行かなきゃ。わたしはティカーさんを案内しながら、再び走り出した。
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