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気軽な気持ちで質問に来たのに、想像以上に闇が深そうな結論が出てしまって、何とも言えない空気になる。
人間と獣人には子供が出来る、と思っていたのに、もしかしたら出来ない可能性が浮上してきたのだ。
「ま、まあ、まだそうと決まったわけじゃないし、大丈夫かもしれないし……」
気軽に、やってみれば分かりますよ、とは言えなかった。嫌じゃないと思っていても、流石にそんな風に言うことはできない。わたしもまだどうするのか悩んでいるわけだし、向こうは向こうで本気だし。
軽はずみな言動で取り扱っていい問題じゃないように思う。
「……そうですね、今、考えても仕方がないことですし」
明らかに落ち込んだ声。わたしが受け入れるかどうか、先に決めてから考えるべきだったか? いや、でも、仮に「大丈夫、作ろう!」ってなってから、子供が出来ない、と知る方がショックなんじゃないだろうか。
わたしには分からないけど。
「もしかしたら、そういう文献がそのうち出てくるかもしれませんね」
「そのときは出来る範囲で手伝うね」
わたしは励ますようにイエリオに声をかける。
「せ、折角だし、何かまた翻訳してほしいものがあれば何かやるよ?」
イエリオならこういえば喜んでくれるかな、と思って言ってみたのだが、「いえ、今は特に……」と疲れたように笑われてしまった。それほどまでに、ショックだったのか。わたしと、子供が出来ないかもしれない、というのが。
味わったことのない感情が胸の奥で、もぞもぞとしている。こんな風に想われたことが、彼ら以外にあっただろうか。
前世も含めれば恋愛関係に発展した相手がいなかったわけじゃないけど、それに比べてしまうと、どうにも、落ち着かない。
「――そ、それを聞きたかっただけだから。今日はもう、帰るね」
彼を励ます言葉が見つからない。というか、多分、今、彼が求めるのは言葉じゃないし、わたしがそれを与えられる自信がなかった。
滞在時間はほんの少しになってしまうけど、逃げる様に、わたしはイエリオの家を後にする。
わたし自身も、それなりにショックがあった。と、いうか、出来ないかも、と気が付いて、ショックを受けていることにショックだった。同時に複数の人を愛してしまうなんて、変じゃないのかな、と。
――最初から、前世の記憶なんてないままに、この時代に生まれていれば良かったのに。そうすれば、別に悩まなかったのかな。
でも、それだったら彼らに会うこともなくて、こんなことを思うこともなくて。
加えて、わたしは今まで、シーバイズで学んできたことも否定することになる。
いろいろと諦めて中途半端な人生を送ってきたけど、それでも、それなりに楽しかったので、なかったことにしたくはない。
「……難しいなあ」
わたしの呟きは、誰もいない住宅街の中に溶けて消えてしまった。
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