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ご飯を食べ終わると、イナリがとんでもないことを言い出した。
「――服、脱いで」
食べ終わった皿をシンクに置こうとしていたわたしは、思わずそれを落としてしまった。幸い、高い位置から落としたわけじゃないので、シンクの上に落ちた皿はどれも、割れたりひびが入ったりすることがないどころか、傷一つ付くことはなかった。随分と派手な音を立ててしまったが。
えっ、今なんて言った? 聞き間違い? じゃないよね? えっ、服? 脱ぐの?
混乱に混乱を重ね、なんと反応していいのか分からず、完全に固まってしまった。聞きなおすべきなのか、素直に脱ぐべきなのか、からかうべきなのか? いやからかうってなんだ、混乱にも程がある。
わたしが完全に思考停止してしまっていると、イナリが焦れたように口を開くも、「だから服を――」と、言葉を途中で途切れさせた。少し固まった後に、カーッと一気に顔を赤くさせた。色白なので、顔が赤くなるのが分かりやすい。
「ち、違う! 全部脱いで欲しいわけじゃなくて、あの、えっと……ああ、もう! これに着替えて!」
べしっと投げられたのは、わたしが初めてここに泊まったときに貸してもらったシャツワンピだ。ただ、少し手を入れたのか、微妙にデザインが変わっている。
「採寸、そう、服を作るから、採寸、したくて。でも、その服、生地が厚そうだから、その上からだと正確に図れなさそうだなってだけで、それだけだから! やましい意図はないから!」
こ、言葉が足りなかっただけか。服を脱いで、なんて一体なにがはじまるのかと身構えてしまったわ。
確かに、今日着ている服はこっちに来てから買ったものだけど、生地が厚めな上に結構オーバーサイズなデザインなので、正確に図るのは難しそうだ。
わたしが納得して服を見ていると、沈黙に耐えられなくなったのか、「早く着替えてこいよぉ……」と絞り出すような声がイナリの方から聞こえてきた。
わたしは慌てて洗面所を借りて、今着ている服を脱ぐ。
「…………」
シャツワンピに着替える前に、つい、お腹をじっと見てしまう。むに、と腹の肉をつまむ。
わたし自身、特別太っているわけじゃないけど、別に痩せているわけでもない。スタイルがいいか、と聞かれるとあまり自信はない。
イナリたちの美醜観は、人に近いほど美人で、遠く獣や魔物に近いほど醜い、というもので。多分、そこに、太っているか太っていないかは関係ない、と、思う。多分。そう思いたい。
でも、わたしは気にする。
元々運動をする方ではなかったけれど、こっちに来てから仕事をしなくなったので、余計に運動をしなくなった。
故に、全体的に、ちょっと、肉がついたような気がしてならないのだ。
「――太ってませんように……太ってませんように……」
祈るようにわたしはぶつぶつと呟きながらシャツワンピを着る。
採寸くらい、何度も経験したことはあるが、異性にされるのは初めてだ。――さて、わたしの体形はいかに。
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