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「貰っていただければ、わたしも嬉しいです」


「だってよ」


 お姉さんには悪いが、折角わたしも持ってきたのだ。突き返されても……ねえ。迷惑、とか、困る、ということはないのだが、貰ってくれたほうのが、そりゃあ嬉しい。


「それじゃあごゆっくり、当館をご利用ください」


 あんまり心からそう思っていない様子で、でも、言葉遣いだけは綺麗に、ロロンさんは菓子折りの箱を持って奥へと消えていった。


「すみません……根は悪くないんですが、どうにも不真面目な男で……」


 お姉さんが眉尻を下げながら言った。


「全然大丈夫ですよ」


 元よりわたしは店員の態度をあまり気にしない性格である。まあ、仕事はきっちりしてほしいけど、お客様は神様、的な対応をしてほしいわけではない。

 申し訳なさそうな顔をするお姉さんにもう一度お礼を言ってわたしは外にでる。図書館をぶらぶら

と見てもよかったにはよかったのだが、ほぼ字が読めないわたしが歩き回ったところで、何にも楽しくない。

 館内はファンタジーっぽいというか、おしゃれな内装ではあるから、少し見て回るくらいなら楽しいかもしれないが、すぐに飽きてしまうだろう。

 それにそろそろお昼の時間だ。少し早いけれど、がっつり忙しい時間に行くよりか、時間をずらして店に入った方が待たなくて済むだろう。


 どこに行こうかな、なんて考えていると、「あ! ……のっ」と、なんとなく聞き覚えのある呼び声が、背後から聞こえてくる。振返ると、見覚えのある羊獣人の女の子が立っていた。

 フィジャと他の利用者が揉めている、とわたしに教えてくれた女の子だ。


「あっ、あの時の! あの時は本当にありがとう! 貴女がいなかったらどうなっていたことやら」


 わたしは彼女の元へ駆け寄る。彼女が教えてくれなかったら、今頃どうなっていたことやら。わたしの肋骨一本より悲惨な状況になっていたかもしれない。


「い! ……いえ……あの、お怪我、とか、は……。その、えっと、結構な騒ぎ? 事件? になってたみたい、ですし、あの、もう、大丈夫なんですか?」


「ええ、もうすっかり治ったわ! 貴女にもお礼がしたいって思ってたんだけど……」


 ただ、彼女は利用者の様だったし、司書と違ってもう一度会うのは難しいだろう、とお礼の品を持ってこなかったのだが……。


「そうだ。お昼はもう食べた? よかったらお礼にランチを奢らせてくれない? こんなんでお礼になるか分からないけど」


「えっ! でも、あの、ルーネ……じゃなかった、えっと、私、たいしたこと、してないし、お礼なんて、そんな……」


 女の子はもじもじと胸の前で何度も指を組み換えている。


「無理に、とは言わないけど……でも、たいしたことなんかないなんて言わないで。本当に助かったんだから」


 そう言うと、女の子は落としていた視線をちら、ちら、と何度かこちらに向け、そして意を決したように、「じ! ……じゃあ、あの、行きます……」と言ってくれたのだった。

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