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無事に食パンを購入することが出来たものの、なんとなくもやもやした気持ちでフィジャの家に帰る。わたしはフィジャに恋愛感情を抱いているのかは分からないけれど、少なくとも友人としての情はある。
それなのに、面と向かってあんな風に言われたら腹が立って仕方がない。フィジャの良いところ、一杯あるのに。
むーっとしながらも、フィジャの家に来た初日に貰った合鍵で扉を開けて――さっきまでの苛立ちが、吹っ飛んでしまった。
目の前の光景に、思考が停止したともいう。
「――――ひええ」
絞り出たのは、情けない声だった。なんでこんな声が出たんだろう。駄目だ、考えが追い付かない。
扉を開けて、すぐ飛び込んできたのは、シャワーを浴びた直後であろうフィジャが立っている光景だった。
なぜシャワーを浴びた直後と分かるのか。簡単な話である。
フィジャがパンツ一丁で、髪を拭いていたからである。
フィジャもフィジャで固まってしまっているようで、わたしと目を合わせた後から動いていない。
「――っ!」
先に動いたのはフィジャだった。べちん、と勢いよく、太ももの、前から内側にかけての辺りを隠した。
「か、隠すのはそこでいいの!?」
よくわからない状況に、よくわからない質問をしてしまった。いやでも、もっと他に隠すところあるんじゃない? 何処と具体的に言われても困るけど。最低限パンツは履いているし。
「だ、だって、うろこが……」
「違うわ! 鱗云々じゃないわ! そうよ、服、服着て!」
ようやくまともな思考が戻ってきた。鱗を隠すより体を隠せ。
「そもそもどうしてパンツ一枚なの……」
わたしが帰って来るの分かっているだろうに。……まあ、確かに、ちょっと――かなり、いや、だいぶ迷ったので時間はかかったかもしれないけど。意外と近所だったので、すぐ帰って来ることは分かっていただろうに。
「思ったより時間かかってるみたいだから、迷子になったのかなって……。それに、昨日からシャワー浴びてないから、今のうちに浴びて、それでも帰ってこなかったら探しに行こうかと思ったんだけど……」
服、部屋に忘れちゃって、とフィジャはじりじりと後ろに下がりながら行った。なんだその動き。振返って歩けばいいのに。わたしは猛獣か? そんな動き、後ろに隠したいものがあるときか、猛獣と遭遇したときくらいしかしないでしょ。
と、のんきにそんなことを考えていたのだが。
「――っ、フィジャ、危ない!」
「えっ……?」
わたしは慌ててフィジャに駆け寄る。後ろを見ず、こちらを見て後ずさりながら歩いていたフィジャは、テーブルにぶつかってしりもちを付きそうになっていた。
わたしはフィジャを抱き寄せるように無理やり引っ張る。
テーブルの上には、後で夕食のものと一緒に片付ければいいか、と適当においていた皿が載っているのだ。
フィジャがテーブルにぶつかったはずみで、がしゃんと音をたてて、床に落ちて割れる。もう少しで、割れた皿の上にフィジャが手をつくなり、倒れ込むなりするところだった。
「だいじょう――おわあ!」
大丈夫? と声を掛けようとして、予想以上にフィジャの顔が近いことにびっくりする。勢いで離れようとして、それが無理な体勢だったと気が付いたのは、もつれあうようにして二人そろって倒れ込んだ後のことだった。
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