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 結果から言えば、フィジャは風邪を引いたようだった。ただの風邪でよかった……。

 びちょびちょに濡れた服で寝たのが原因だと思う、絶対。普通に考えたら、いくらブランケットを掛けたところで服が濡れていたら意味がない。

 魔法でパーッと乾燥させてしまえばよかったかな……。今更気が付くなんて。酔っ払っていたとはいえ、もう少し頭が働いて欲しかった。


 医者に「風邪です」と言われて、症状を自覚したからか、それとも病院に行って帰ってきたことで疲れたのか、家を出る時よりも随分しんどそうで、ぐったりしている。

 家に帰って来るころには丁度ヴィルフさんが起きていて、入れ替わる様にフィジャは寝室に入っていった。


「大丈夫か?」


「たぶん……」


 ヴィルフさんの問いに答えるフィジャの声はとてつもなく、へろへろだった。

 ばたん、と扉が閉まってしばらくすると、こちらもへろへろのイナリさんが「僕、帰るよ……」と言ってきた。


「フィジャが心配なわけじゃないけど、今の僕に出来ることは何もないから……。退散するのが一番の看病だと思う」


 否定出来なかった。仮にイナリさんが看病に参加したところで、共倒れというか、余計な手間が増えてしまう未来しか見えない。


「それなら俺はイエリオを送って帰るわ。こいつもこいつで歩けねえだろ」


 ひょい、と軽々イエリオさんを担ぎ上げるヴィルフさん。イエリオさんは「ウッ」と小さくうめき声を上げただけで、微塵も抵抗しなかった。話を聞いていたのか、それすらも分からない。というか、今意識があるのだろうか……。


「本当は俺が面倒みてやれたらよかったんだが……。お前もいい歳なんだから、病人の看病くらい、出来るよな?」


 小馬鹿にしたような言い方。昨日、にこにこしていたのはお酒が入っていたからで、やっぱりまだヴィルフさんの態度は刺々しい。

 まあ、それにへこむような性格をしているわたしではないのだが。


「そのくらい、余裕ですから。フィジャの面倒は任せてください」


 にっこり、と笑って見せれば、少しだけヴィルフさんがたじろいだ……ような気がする。


 彼らを見送り、わたしは洗面所の戸棚を漁る。確か、この辺に氷枕がある……はず。

 わたしが入院生活を終えた後、もし熱が出たら、という話が出た時に、洗面所の戸棚に氷枕があるというのを聞いていたのだ。


「――あった」


 フィジャは結構乱雑に棚へ物を突っ込むタイプの様で、探すのに少し苦労したが、無事目的の物を見つけることが出来た。

 とりあえず、熱が出たなら氷枕だろう、とわたしはそれを準備し、タオルと一緒にフィジャの元へと持っていく。


「フィジャ、氷枕持ってきたよ。よかったら使って」


「……ありがと」


 のそのそとフィジャはベッドから起き上がり、氷枕を受け取る。

 その動作は、今までのフィジャからは想像が付かないくらい弱弱しくて、本当にただの風邪なのか心配になってきた。いやまあ、医者が風邪って言っているんだから風邪なんだろうけども。


「ご飯は食べれそう? 薬を飲むなら何か胃に物を入れた方がいいと思うんだけど……」


「ちょっとだけ、食べる」


 全く食欲がないわけではなさそうだけど……リンゴをすり下ろしたり、お粥とか消化のいい物だったりした方が良さそうだなあ……。リンゴとお米があるのかは分からないけど……。まあ、台所になかったら買いに行けばいいし。


「じゃあ、作って来るから、待っててね」


「うん――ごめんね」


 そう言うと、フィジャは再び布団へと潜っていった。

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