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「もしかしてフィジャ、熱ある? ……ちょっとごめんね」


 ぱたぱたとフィジャに近寄って額に触れてみる。

 でも、思ったより熱っぽくはなかった。普通に人肌の温度である。絶対熱があると思ったのに。


「大丈夫だよぉ、ちょっと二日酔いで元気ないだけ」


 そう言ってフィジャはするりとわたしの横をすり抜けて、リビングの方へ行った。片付けの続きをするらしい。


「……蛇種は、平均体温低いよ」


 ぼそり、とイナリさんが呟く。


「え、どのくらいですか?」


「三十度前半。三十二とか、高くても三十四くらいが普通じゃない?」


 ……。わたしの平均体温、高めなんだけども。三十六後半くらいで、下手すると三十七度ちょっとくらいは平熱で、微熱ですらない。

 そんなわたしと同じくらいに感じてしまうってそれ……。


「いや、駄目じゃないですか!? ちょっとフィジャ、体温計って体温!」


「体温計ないから計れないよ。全然大丈夫だって」


 皿を片付ける手がおぼつかない……ということはないものの、心配になってきた。

 何かいい方法は……そうだ!


「えっと……検温〈サーメント.〉で見れるか、な……うわ!」


 検温〈サーメント〉は気温を計る魔法である。師匠ご自慢の温室の温度チェックなんかにたびたび使った魔法。

 たしか表面温度を計るのもいけたはず……と使ってみれば、三十六.・二度と表示された。フィジャの平熱が何度かは知らないけれど、これアウトじゃない? 駄目じゃない?


「アウト―! 駄目、駄目よフィジャ! わたしが片付けするから寝てなさい! いや、もう、病院連れて行くから! 片付けはイナリさんに丸投げして」


 急に話を振られたイナリさんは、「えっ」という声を小さく上げたが、特段、反論はしなかった。フィジャの口に、酒瓶の注ぎ口を突っ込んだのを、思い出して負い目があるのかもしれない。


「ほら、財布持って!」


 わたしはリビングに戻り、フィジャの手から皿を取り上げる。この世界に保険証はなかったはず……。わたしが入院したときは、全額フィジャを突き落とした三人に払って貰ったので、そのあたりの手続きは詳しくないが、そういう話は出なかったし……。


 わたしの圧に押されたのか、それともわたしが折れないことを察したのか、「分かったよぉ……」とフィジャが財布を取りに行った。その後姿は、やはりおぼつかなかったりよろよろしていたり、そういうわけではなかったけれど、どことなく、元気がない。

 確か、わたしが入院していた、ここからそう遠くない病院に、内科もあったはず、と思い出していると、ふと、わたしの格好が起きたてで昨日の夜から着替えてないし、なんなら顔を洗ってすらいないことに気が付いた。


「わたしもすぐ準備してくるから! 座って待っててよ」


 ぱたぱたと自室に戻る。急いで準備をしなくちゃ。

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