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それから数日間はみっちり……と言うほどでもないけど、フィジャにあれこれ教えてもらった。
といっても、たった数日のことなので、皆で集まる日に出す料理だけにしぼって練習していたので、全体的に上達……というほどでもない。というか数日で上達するなら元からこんなに料理下手じゃない。
なんとかクッキーと、簡単な料理二品を、フィジャからお世辞ではない「おいしい」を出すレベルまで持ってこれた。
なんとなく、異国の料理って難しい……という先入観があったが、この数日で練習していた二品に関しては、その苦手意識も克服できたように思う。
――そんなわけで、皆が集まる週末。普段はヴィルフの家に集まるらしいのだが(四人の中で、普段から一番部屋が片付いているという理由で選ばれるそうだ)、今日はわたしがいるのでフィジャの家で集まることになったようだ。
わたしがいるから、って何でだろう。もう怪我は完治したんだけどね。くしゃみをしても大笑いをしても痛くない。それとも夜の治安が悪いとか、そういう……?
まあ、確かに図書館で揉めて人を突き落とすような人がいる街が『治安がいい』とはあんまり言えないかもしれないが、あの人たちが異常なだけであれがスタンダードだとは思いたくない。
「こんばんは、怪我の具合はどうですか?」
やってくるなり、イエリオさんが開口一番尋ねてきた。
「はい、もう大丈夫です! 元気一杯ですよ」
イエリオさんの後ろにいるイナリさんをヴィルフさんにも届くように大声で言った。療養中、二人にはあまり会わなかったが、全くお見舞いに来てくれなかったというわけでもないので。
興味ない、という表情をしている二人だったが、耳だけはしっかりとこっちを向いているので、声は届いたはず。
「それはなによりです。――おや、この花は?」
各々荷物を置いたり上着を脱いだりしている中、イエリオさんが棚の上に置いてある花に気が付いた。
「あ、創世記念祭、でしたっけ。それのお花、皆さんに買ったんです。わたしとフィジャで」
どうぞ、と言うとイエリオさんは花を受け取ってくれた。花が三本だけの、こぢんまりした花束ではあるが。
「おや、これはこれは。私も何か用意すればよかったですかねえ」
「来年、期待しておきます」
そう言うと、イエリオさんは「それでは期待しておいてください」と笑った。
ちなみにイナリさんからは「わざわざどうも。別にくれなくてよかったのに」というつんけんした言葉をいただき、ヴィルフさんに至っては無言だった。
でも二人とも受け取ってくれたし、乱暴にポイッとすることはなかったので、ちゃんと持って帰ってくれるのだろう。
「……ところで、この花って、千年前も咲いていた花ですか? 言い伝えだと、千年前の魔法使いが好んだ花だそうですが」
「え、どうだろう……。植物に詳しくないのでなんとも」
イエリオさんの質問に、わたしは首を傾げた。どうだったかなあ。
「おや、残念。でもまあ、たとえ似た花があったとしても、これの祖先、という感じでしょうか。そっくりそのまま残っている、ということもないでしょうね」
師匠の家の庭に咲いていた花に似ている気がしなくもない。いや、でも花は似ているけど葉っぱが全然違うから別の種類の花か。
師匠の家の庭は師匠と一番弟子である兄弟子の管理下に置かれていて、わたしや弟妹弟子などは、どちらかの同伴がないと立ち入ることすら出来ず、じっと観察したことがないのでそもそも花すら記憶違いの可能性が高い。
どんなだったかなあ、と思い出していると、キッチンの方から「マレーゼー、ちょっと手伝ってー」とフィジャの呼び声がする。
「はぁい!」
わたしはキッチンに向かい、料理を運ぶ。豪華な食事を運びながら、わたしはわくわくとした気持ちでいた。
わかりやすいパーティー料理は見ただけでおいしそうだし、わたしが頑張って作った料理の評価も気になる。
料理に気をとられて、わたしはすっかり忘れてしまっていたのである。
――わたしが初めて来た時、あの部屋の惨状を。
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