22

「いらっしゃ、あああ!? ……いませ」


 店に入ると、店員さんがにこやかに挨拶をしようとして――失敗していた。驚きの声をあげ、なんとか挨拶の体裁を保とうとしてはいたが。


「あれ、トゥージャ?」


 きょどきょどしている店員へ親し気に声をかけるのはフィジャだ。フィジャとトゥージャ……名前似てるし、兄弟かな……? 確かに、そう考えると似てるかもしれない。トゥージャさんは一重でやや目が細いが、それでも十二分にモテる顔だ。あ、でもこっちだと、わたし基準の顔面偏差値はモテに関係ないんだっけ。


「えー、トゥージャ、ここで働いてたの? 久しぶりだね、三年ぶりくらい?」


 けらけらと笑うフィジャに、一瞬疑問が浮かぶ。兄弟で五年も会わないのって普通なのかな。遠方に引っ越したとかならまだ分かるけど同じ街の中。仲が悪いのかな? とも思ったが、二人の様子を見ていると、とてもそうは思えない。トゥージャさんはちょっと怒りぎみだけど、それも身内が職場に来て親しげに話すことに対しての照れくささのようなものから来ているように見えるし、フィジャの笑顔もごく自然なものだ。


 謎な関係だな……とこっそりイエリオさんに聞いてみると、どうやら獣人は独り立ちすると、親だけでなく兄弟と会うこともあまりないらしい。手紙のやり取りをする者は珍しくないらしいが、あまり頻繁に会っていると自立できていないとみなされるのだとか。

 一度自立して巣立つと、五年に一度ある祝集祭という祭りの際か、それこそ葬式のときにしか家族が集まることはないという。


 国が違うと文化も違うし、世界と時間が違えばこうも変わるもんなんだ……。わたしは前世で盆暮れ正月には帰省してたし、シーバイズ時代は職についても実家暮らしだったから、変な習慣だなあという気持ちしかない。否定するつもりはないけどね、変わってるよね。


「で、今日はどんな用事……、でしょうか?」


 身内との会話だからか、彼の口調は砕けたものになっている。取り繕うとはしてるみたいだけど。


「あ、うん。家建てようと思って! 結婚するんだー」


「へー、結婚、めでた…………は?」


 たっぷりと間を開け、もう一度。


「……は?」


「だから、結婚するの。一妻多夫だけど、ほら、この子、ボクのお嫁さんね」


 ぐい、と急に引っ張られて思わずバランスを崩す。ぽす、とそのままフィジャに寄りかかるような体制になってしまった。フィジャの身長はわたしと大差ないので、非常に顔が近い。ひえ……。


「おま、けっ、えええええええ――っ、いってえ!」


 あごが外れるのでは? と思うほど大げさに驚いていた彼は、ごつり、と拳骨を落とされていた。拳骨を落としたのは、先輩か、店長か。

 とても大柄で、身長はウィルフさんに勝るとも劣らない。二メートル近いんじゃない、これ? 目つきが悪いのも相まって、威圧感がすごい。

 ちょっと怖い、と見上げていると、その顔はにかっと恵比寿顔になった。


「いらっしゃいませ、グリオン工務店へようこそ!」


 いや、それはそれで怖いわ。

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