02
ここまで分かればいいか、とわたしは魔法を解除する。脳内で飛行体が弾けた感覚を得て、目の前が暗くなる。ただ目をつむっただけの状態になる。
「あ、えーと……。語彙増加〈イースリメス〉」
外国なら言葉が分からないと困る。文字まで全て理解できる、言語理解〈インスティーング〉は使えないけれど、まあ、会話が成立つのであれば問題ないだろう。
あとはここからおさらばするだけ。
また転移魔法を使って失敗しても嫌だし、地道に帰るとしよう。
ここの住民とはち合わせるのも嫌だし、とわたしは窓に手をかける。先ほどの探索〈サーチ〉で、ここが二階で、かつ、この当たりの人通りが少ないことは知っている。二階くらいなら飛び降りるときに風の魔法で衝撃を柔げれば問題ないだろう。
木窓を開け、身を乗り出そうとしたとき――。
「誰……っ、わ、わ、は、早まらないで!」
鋭い怒鳴り声は、一瞬にして、焦り声に変わる。
「あ、怪しい者で……は……」
泥棒ではない、と身の潔白を訴えるべく、片足を窓枠にかけたまま振り返り、わたしはそこにいた男に釘付けになった。
男に、というか、男の耳に。
つんと頭の上部に立つ獣耳。犬――いや、狐か?
わたしが驚いて固まって、狐耳の彼はおろおろと。二人の間に妙な空気が流れる。それを打開したのは、別の男の声だった。
「イナリ、どうした?」
「ふ、ふぉ、すげ、犬ー!」
わたしは思わず、自分の立場も忘れて叫んでいた。もっふもふの、二足歩行の犬! しかも喋ってる!
成体の熊みたいに大きな彼は、雪のように白い毛をしていた。人間で言う襟足に当たるであろう毛の部分が少しだけ長く、一つに縛られている。
完全に犬、というわけではなく、骨格というか立ち姿はどことなく人間味がある。
こちらの世界にファンタジーな人種……エルフやドワーフ、獣人なんかはいないと教えられてきたのに。
「っ、あ……」
二足歩行な犬の彼は、びくりとしたように肩を震わせ、何処かへと逃げていった。
その様子にハッとなり、わたしは足をおろして両手をあげ、武器を持ってないアピールをしながら、弁解を再開した。
「本当に怪しいものではなく! あの、転移魔法に失敗しちゃって……ここ、どこですか? すぐに出ていきますんで、警兵にだけは何卒、何卒……」
警兵とは、前の世界でいう警察みたいなものだ。ちょっとした失敗で前科持ちにはなりたくない。
「魔法……? 警兵……?」
しかし、イナリと呼ばれた彼は首を傾げた。全く心当たりがない、と言いたげな表情だ。
……まさか、異世界転生の後は異世界転移で、また別の世界とか言わないよね?
嫌な予感がわたしの冷や汗をさそう。
「あ、あの、ここ、何て国ですか? シーバイズでないのは分かるんですが」
「フィンネル国ですよ」
答えてくれたのは目の前の男ではなく、新たに出てきた男性だった。男にしては珍しい、腰まである淡い茶色の長い髪とメガネが特徴的だ。
長い髪で非常に分かりにくいが、うさぎのような垂れ耳がついている。
そんな彼は、何故だか恍惚とした表情を浮かべていた。
「魔法、シーバイズ……! ああ、貴女も前文明に興味がおありで?」
「前、文明……って」
なにを言ってるんだろう。前文明なわけあるか、現にわたしが生きているんだから。
けれども彼は、混乱するわたしに構わず続けた。
「かの超大災害で滅んだ前文明……もうほとんど資料がありませんが。約千年前以上も前にどんな文明があったのか……考えるだけでわくわくしませんか!」
え、なんて?
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