08

 フィオディーナ修理店は、ギルドの施設内の空き部屋を借りることになった。受付のすぐ隣で、もともとは従業員の更衣室に使われていたのだが、人数が増えて広い部屋を更衣室にしてから、使わなくなったらしい。

 受付開始はやや遅めで、昼過ぎから。朝から昼にかけては、掃除の時間だ。部屋をもらってから、一日つぶして掃除をしたのだが、いかんせん長い間使われてなかった部屋だからか、綺麗にしても綺麗にしても、どことなく埃っぽく感じるのだ。


 ちなみに、始める前は「公爵令嬢が掃除……?」と思うこともあったのだが、始めてみるとと意外と抵抗がなかったというか、楽しくなってきたというか。もう一つの記憶のわたしは、きっと綺麗好きだったのかもしれない。

 そして、昼ご飯の少し前に、倉庫からいくつか術具を持ってくる。

 修理店を開く前に、一日かけて『すぐ終わりそうなもの』『割と大変そうなもの』『一日じゃ終わらないもの』『全く直せないもの』の四つに分けていた、魔力補充待ちの術具の中から、『すぐ終わりそうなもの』を二つ、『一日じゃ終わらないもの』を一つ部屋に置く。

 『一日じゃ終わらないもの』を少しずつ進めながら、『すぐ終わりそうなもの』から数を減らしていく、という作戦だ。


 部屋に物を置いて、お昼ご飯を食べ、そして修理店は開かれる。

 たまに来る依頼を引き受けながら、地道に、倉庫にある術具の魔力補充を消化する。

 それがここ最近の、わたしの毎日だ。


「フィー!」


 声を掛けられ、古びたナイフに魔力を込めていたわたしの集中力が切れる。ううん、もう少しで終わるところだったのに……。

 いつの間にか右耳にカフスを付けていたアルベルトがいた。

 カフスは受付代わりに置かれた机の上に、共用語で『御用の際はお使いください』と書かれた紙と共に常時置きっぱなし(ちなみにその言葉はマルシが書いてくれた)で、誰でもつけられるようにしてあるのだが、アルベルトが一番使っているように思う。

 特に用事がなくても、彼が遊びにやってくる。これもまた、ここ最近の、わたしの日常だった。

 おかげで愛称で呼ばれても違和感がないくらい、すっかり仲良くなってしまった。

 外の人からしたら、エンティパイアの人間、というだけでどうやら物珍しいようなのだが、それにしたって入り浸りすぎじゃなかろうか。


「アルベルト、ごきげんよう」


 まあ、心許せる友人のようなものがほとんどいないわたしにとって、こうして気にかけてくれるというのは、なかなか嬉しかったりするのだけれど。


「今日も遊びに来たんですか?」


 いつものように聞いてみるが、アルベルトは首を横に振った。


「いや、今日は修理の依頼。相棒が欠けちまって」


「あら、まあ」


 わたしはナイフを作業台に置き、アルベルトの元へ。

 アルベルトの相棒――もとい、術具の剣を預かる。

 ずしりと重いその剣は、一見、どこにでもある片手剣。よく見ると、術石でいろいろと加工はされているものだ。

 長年冒険者を続け、それなりに高ランクだというアルベルトなら、もっといい剣を扱えるだろうに、それでも彼が相棒と呼ぶのは、駆け出し冒険者が使うような安っぽい剣なのだ。

 実際、初めて手に取った剣もこれで、ずっと一緒に戦ってきたのだとか。

 それだけ愛着をもって使われていたら、さぞ剣も幸せなことだろう。


「直せるか?」


「ううん……直せなくはないですけれど、素材が……」


 欠けている、と言っていたから、てっきり刃先が欠けたのかと思いきや、つばの部分に埋められた術石の一つが砕けていた。

 新しい術石をはめ込めばいいのだろうが、術石の予備もなければ、作るための材料もない。

 術石は、魔力を貯めて置ける石だ。天然ものはより多くの魔力を貯めておけるが、属性ごとに用意しないといけないのが難点だ。人工ものは天然ものより圧倒的に貯蓄量が劣るが、代わりに魔術の術式そのものを入れることができ、簡単な術具となるのが最大のメリットだ。

 見たところ、砕けた術石は天然のフォイネシュタイン。宝石としても人気の、真っ赤な術石だ。

 天然の術石は、人工のものと違って最初から魔力があるわけではない。魔力を込めない限りは宝石として扱われる。

 よって、どれもこれもそれなりの値段がするわけで……。

 そもそも、わたしが素材を集めてこれないので、もし素材が必要になれば持参してもらわないとならない。ちなみにその場合、修理費は安くなる。


「あー、そっか。フォイネシュタインだけで足りるか?」


「そう……ですわね。ええ、他に不備は見当たらないようですし、術石さえあれば直せますわ」


 わたしは剣を確認しながら、答える。術石をはめ込むだけならわたしにも何とかなるだろう。おおよそ公爵令嬢のする仕事ではないが……トゥーリカに負けたくない一心で付けた無駄な技術が役に立っているようでなによりである。

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