07

「はあ、それにしても、これだけの数の術具に魔力を込め直すには相当時間がかかりそうですわね。一週間程度では終わりませんわよ。わたし、それほど魔力があるほうではないので」


 ざっと見ただけで、五十近くの術具がある。ものにもよるが、一日二つか三つ、使えるようにできればいいほうだろう。もし品質のいい術具があればもっと時間がかかるだろう。品質がいいほど必要とする基礎魔力は多く、一つにつき、二~三日はかかるはずだ。


「早くても一か月、遅くて三か月かしら」


 すべての術具を確認してみたわけではないが、そのくらいは少なくとも見積もっておいたほうがいい。


「わたし、先に宿が欲しいですわ。職は……まあ、これでいいとして。いやでも、どこかに店みたいのを開けたら一番いいのけすけれど……」


「うーん、それじゃあ先にギルド長に話を通してみる? もしかしたら、ここをそのまま解放していいって言ってくれるかもしれないし」


「お願いできます?」


 わたしが聞くと、まかせてよ、とマルシはうなずいた。表情は明るいもので、自分がやらないのならそれでいい、と思っているのが丸わかりな表情だ。いい人ではあれど、結構な面倒くさがりみたいだ。


「ああ、でもわたし、言葉が通じないんでしたわ。ううん、何かいい術具でもないかしら」


 ほとんど武器としての術具ばかりだが、ちらほらと日常使いのものも見える。翻訳系の術具はないだろうか、と探す。

 がさごそと手探りで探していると、ピッと手を切ってしまった。


「――っつ」


 魔力のこもっていない術具とはいえ、武器は武器。雑に触れば手を切るのは当たり前。けれど武器の扱いなんかさっぱりわからないわたしは、剣で指先を切ってしまった。むき出しにおいてあるなんて、危ない……。

 軽く斬っただけなので、そこまで出血量はないのだが、生まれてこの方手を切るなんてほとんどなかったし、血を見ることもない。そういう環境で生活してきたのだ。

 突然のことに、わたしは固まってしまった。

 そんなわたしに変わって、マルシが慌てだす。


「えっ、ちょっと、大丈夫!?」


 彼はわたしの手を取る。大した怪我じゃない、と言いたいところだが、手当の一つもわからない。知識としては頭に詰め込んでいたはずなのに、血を見たらすべて抜け落ちてしまって、頭は真っ白だ。

 トゥーリカなら、すぐに対処できたのだろうか、と頭に彼女の顔がちらついて、泣きたくなった。

 うるんだ瞳を、痛みをこらえていると勘違いしたのか、余計に慌てだす。


「ま、待ってて、今薬出すから!」


 彼がポケットから取り出したのは、軟膏だった。それを塗られると、一瞬、ぴり、としみるような痛みを感じたが、そのあとはすぐに痛みが消えていく。


 ありがとう、と礼を言おうと傷から目を離し、マルシの顔を見上げ――ふと、既視感を覚えた。


 前にもこんなことが、あったような……ああ、もしかしたらもう一つの記憶で、似たようなことがあったのか――いや、違う? マルシの顔自体に、どこか見覚えがあるような気がした。


 少しずれた丸眼鏡の奥。その瞳は、丸眼鏡のレンズ越しとは色が違って見えた。その、赤い瞳は、確か――。


 そう思考を巡らせていたとき、ばち、と彼と目があった。なんだか気まずくて、何か言われる前に慌てて目をそらす。


 ――と。


「まあ!」


 わたしは先ほどまでの痛みも、疑問も、すべて彼方へと放って、一つの術具に駆け寄った。


「これはいいものですわ!」


 一見、その辺にありそうな、対のカフス。彫刻は凝っているが、小さな石がはめられている以外、目立つところはなく、シンプルなデザインのそれ。

 実はとても便利な術具だった。


「マルシ、これ、お借りしてもよろしいかしら?」


「……。えっと、それはどんな術具なの?」


 一瞬、表情が陰ったような気がしたが、気のせいだろう。マルシは不思議そうな表情で、小首をかしげていた。


「この術具は、耳につけると、周りの言葉を使用している本人が一番使い慣れた言語に翻訳してくれるものですわ。片耳でも効果があるので、片方を私に、片方を依頼者につければちょうどいいかと思いまして」


「なるほど、それはいいね。うん、わかったよ、そのことも含めて、ギルド長に確認してみる」


 任せておけ、と言わんばかりに、にんまりとマルシは笑った。

 それから三日後。ランスベルヒギルドにて、フィオディーナ修理店が開かれることになったのである。

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