第6話 武器がないならこぶしで語ればいいじゃない
そう言っていると、向こうから、小さく手を振る人物が現れた。
黒髪猫耳の猫人だ。
彼は周囲の女の子たちを、おそるおそる見ながらこちらに歩み寄る。
「姉さん、なんなの、これ…」
(あ、常識人だ、このヒト)
「おつ! 彼女らはパーティーメンバーのファン! お触り厳禁だから気にしなくていいよ」
「いや、気にするでしょ、普通」
(そうだそうだ、と思わず同意~)
しかし、麻耶さんの弟さんか。ご姉弟揃って美形だな~。てかすごい似てる。麻耶さんモデル体型でスレンダーだし、身長高めで弟さんとほぼ同じ。
なんだか、髪色やヘアスタイルが違うだけの双子ドールみたい。
「わ~、弟くん、久しぶり!」
「こんにちは、えーっとソラさん」
お姉ちゃんとも面識ありか~。
「フェザントちゃん、紹介するね。弟のえーと…」
「クロ」
「クロ…、って、あんたクロの名前自キャラにつけたの!? どんだけ猫好きなの!」
「クロさん?」
思わず呟く。
「うちの猫。黒猫で可愛い」
ボソっと彼は呟く。ちょっと口の端はあがっているので、きっと、ほんとうに猫が好きなのねぇ。
「はいフレンド登録」
そう言って、麻耶さんとお姉ちゃん、そしてなぜか私も交換させてもらった。
「ちょちょ、オレらはダメでなんで弟君OKなの!」
いやあ、ペケポンさんたちは周りのファンの人が怖いので。
気にしましょうよ。
「じゃあ、俺はギルド行くんで」
そう言って、麻耶さんの弟、クロくんはスタスタ歩いて行った。
「ごめんね、めちゃマイペースで」
「いえいえ。あの、私も行きますね」
「フェザントはどこ行くの?」
「弓矢が切れちゃったんだ。武器屋さんに行ってみようかなと。ついでに町の様子も見たいし」
さすがにこのメンバーと一緒にゾロゾロ歩くのは勇気いる。
「わかった。困ったことあったらすぐ連絡してよ。気をつけてね~」
「お姉ちゃんも~」
お姉ちゃんに手を振って、私は噴水広場を後にして、まずは弓矢の補充に駆け出した。
広場の先の煉瓦道に路面店があり、ここは生活雑貨や食料品の店が並んでいた。
店を示す看板は愛らしい飾りが多く、その飾りの意匠で何屋さんか判断できるようになっていた。
噴水広場はプレーヤーが多かったけれど、ここはNPCが中心だ。
店頭に並ぶ果実を吟味する中欧の民族衣装風の奥さんや、立ち話をする住人が大勢いて、異世界に来たよ~、という高揚した気分になる。
カラカランというベルを鳴らして、武器屋へ入る。
中にはプレーヤーが多く、品物を見定めている。
私も、と弓矢を見るが。
「石鏃の矢、30本セットが120ゼニーから…」
手持ちが足りない。
うっわ、最安は木の矢だと思っていた。もしかして、木の矢は売っていない?
これは計算外。
ガックリ肩を落とした私に声をかける人がいた。武器屋の店主のおじさんだ。
「お嬢ちゃん、手持ちが足りないのかい?」
「はい~…」
「職業は…、狩人さんか。じゃあよ、少し頼まれてくれるか? そしたらバイト代だすからよ」
「バイト?」
(VRゲームでアルバイト?)
小首をかしげながら、私は店主のおじさんに手招きされて、店の裏に歩いていった。
そうしたら、裏庭には小学生くらいの女の子がいて、お父さん、と店主のおじさんに声をかけた。
「こいつは娘だ。じつはな、この子と一緒に庭に罠を仕掛けて欲しいのよ。ほら、お嬢ちゃん狩人だろ。最近庭にツノネズミが出てな。花壇を荒らすんで困ってたのよ」
「ツノネズミ?」
「知らない? こーんな大きな角があるネズミだよ、お姉ちゃん」
おじさんにくっついていた女の子が両手で直径50cmくらいの輪を作る。
「うわ、大きいね」
「そうなの、これが、花の芽を食べるし、土は掘り返すし困っているの」
ぷうとふくらむほっぺがかわゆい。
(あざとし! でも許す!)
「狩人なら罠のスキルがあるだろ? それでツノネズミを捕まえて欲しいのよ」
頼むわ、とおじさんもかわいこぶって私を拝む。
(…微妙。でも、いい人!)
さて、武器屋のおじさんは店があるから、と言ってまた戻っていった。
残された私は娘さんに向き直り、花壇のどこに罠を仕掛けるべきかうろうろし出す。
「あのね、こことここに仕掛けて欲しいの」
(おお、的確な指示…。もしかして、これもある種チュートリアル?)
【罠】は1MP消費で設置でき、戦闘中は敵が嵌るまでは消えない。通常フィールド設置の場合はゲーム内時間で24時間で消滅する。この時間は【罠】のレベルが上がると伸びるらしい。
獲物があったらお知らせが入り、拘束中はMPポイントがわずかだが消耗されるので放置は出来ない仕様になっている。この拘束中のMP消耗は戦闘中も同様だ。私の【罠】レベルは1なので、効果はあくまで拘束。レベルによって、獲物を弱体化できるらしい。
(レベル低いうちは、微妙に使い勝手が悪いかな?)
言われた場所に罠を設置。
それから、裏口の中に武器屋の娘さん改め、リオンちゃんと隠れてドア越しに罠を見張る。
「おなかすいちゃった」
リオンちゃんのお腹の虫がなったので、初心者セットの中のカロリーフレンドを提供。何気に私も初食事。満腹度が結構やばかったです。
カロリーフレンドは現実の製品と同じ味付けだったので、結構美味しかった。このゲームは現実の商品と同じものが時々売っているんだよね。スポンサーなのかな。
リオンちゃんはカロリーフレンドを珍しそうに頬張っていた。
ツノネズミ待ちしている間、庭をドアの隙間から拝見。イングリッシュガーデンか、綺麗な庭だ。
草花を観察していると、インフォが。
『【鵜の目鷹の目】が発生しました』
あら。仔細を見ると"観察眼、弱点を見抜く"とあり。
そんなつもりはなかったのだけども。
(天国門攻防でスキルポイントは全部武器に振ったので今は取得できないけれど、こういう風にスキルが出てくるんだ。う~ん、楽しい)
ピコーンというライトがつきそうな電子音のあと、インフォが入る。
『罠に獲物がかかりました』
「きたきた。あ、攻撃手段どうしよ。矢は2本しか残っていないんだよね」
風魔法は知性が低いのでただの涼風だし。
私の呟きにリオンちゃんが 大丈夫、お姉ちゃんと返す。
「捕まえたらたおすだけだからリオンは慣れているんだよ。お姉ちゃんにも伝授したげる!」
おお…、頼もしい、とほんわかできたのはその時だけでした。
「あついビート!」
「あついビート…」
「ふるえるハート!!」
「ふるえるハート…」
「オーエスオーエス!!!!」
「おーえすおーえs~」
「お姉ちゃん、声が小さい! そんなんじゃ、ツノネズミを仕留められないよ!」
いや、お姉ちゃん、色々動揺しちゃって。
見た目小学一年生のリオンちゃんが、罠にかかったツノネズミに向けて蹴りをまず入れたことに動揺し、それが一撃でツノネズミを沈めたことにもさらに動揺。
そして、今なぜか、お姉ちゃん、「リオンちゃん格闘技特別講座」を受けています。
え~と…。私、近接職じゃないんですが…。
「お姉ちゃん、武器を買うお金がないんでしょ? そういう冒険者はこぶしひとつでモンスターに立ち向かわなきゃね」
しごく真っ当なご意見です。
そのため、罠にかかったツノネズミ相手に投げたり、蹴ったり、かかと落としたり。
リオンちゃんの掛け声かけると、威力が増すのが切ない。リオンちゃん提供の飴をなめるとMP回復するので、罠をかけつつ、いったい何匹のツノネズミを屠ったか。
ドロップ品の"ツノネズミの皮"がインベントリに着々と増えていく。
ツノネズミはゴワゴワしていて、近づくとシャーと歯向いて威嚇して怖いんですけど~。
くすん。
いつのまにか、【ムエタイ】【柔道】が生えているし。
ちなみに、ツノネズミの皮は防具屋さんで高値で引き取って貰えるというので、リオンちゃんがウハウハです。
ウハウハ幼女に需要はあるのか?
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