13
「オレは、どうしても、耐えられなかったんだ。共に歩んできた妹がいない世界で、たった一人で生きることに」
ヴァンカリアを別室のベッドに寝かせ、彼女にささったナイフの検分を始めたビャクダンが、ぽつりとこぼした。
お前もエルフなら分かるだろう、とキキョウに言葉を投げかけるビャクダン。何か言いたげではあったが、キキョウはその言葉を否定しなかった。
彼女もまた、彼の気持ちが少しは理解できるのかもしれない。寿命が長くないリーデルですら、一人で生き、一人で死ぬのは恐ろしいと思う。寿命がけた違いに長いエルフの一族にとって、孤独とは耐えがたいものに違いない。
事実、長命種と呼ばれる、寿命が長い亜人の死因第一位は、自殺である。本来なら何百年、何千年と生きることのできる種族が、寿命を迎えるのはまれである。親しい友人や、恋しい伴侶と共に、自ら命を絶つケースが非常に多いのだ。
しかし、彼は――ビャクダンは、自ら死ぬのではなく、妹を生き返らせる手段を選んだ。
「カスミが死んで、オレも死のうと思った。けれど、オレは無駄に魔法へと精通していて、なにより、魔法生体の研究をしていたキキョウの一族と仲が良かった。だから――今回の魔法を編み出すことを、思いついてしまったんだ」
キキョウの家に侵入し、魔法生体の研究書を盗み見て写し、つい先日まで、ずっと、寝食を削って魔法の開発だけをして生きてきたという。
「無事にカスミを生き返らせることはできた。でも、里の中では、カスミは死んだことになっている。葬儀までしたんだ。エルフの里でこれから生きていくことはできないと、里を出る準備をしていたとき――研究に使ったネズミを閉じ込めていた檻が壊されていることに気が付いた」
慌てて里から出てみれば、《動く死体》と呼ばれる、アンデットに似た魔物が出現している、という噂があちこちの町で流れ始めていたらしい。魔法の開発に協力してくれた男の元へと状況を確認しに行ったら、彼は既に死んでいたという。協力者は察したのだろう。件の《動く死体》がエルフの魔法で作られた魔法生体であることを。
人間だった協力者の男は、この先に未来がないと絶望し、首を吊ったに違いなかった。
《動く死体》という魔法生体を作り出す元となった魔法を生み出してしまったビャクダンは、責任感から《動く死体》を処理しつつ、ネズミを逃がした犯人を捜し、根本的解決に奔走していたが、いかんせん一人での行動。
次から次へと感染を起こす灰魔法になすすべもなく、世界は滅亡へと急速に向かっていった。
「……元に戻す策は、あるのか」
リーデルの問いに、ビャクダンは頷いた。
「この世を滅ぼしたのは、灰魔法系の魔法だ。《動く死体》と呼ばれているが、その実、魔法にかかっているだけで全人類が絶命したわけじゃない」
「灰、魔法……」
「そうだ。今、世界中に蔓延っているこの魔法は、オレがカスミを生き返らせる魔法を得る過程で発明した、死体を動かす魔法や、死体に意思を持たせる魔法、動く死体を作り上げる魔法だ。それが感染し、暴走している」
リーデルにはなじみのない系統の魔法だ。世界的に見てもこの魔法を扱う人間は少ない、という認識が強い。
灰魔法は、魔法の効力が感染する、という特異な性質を持っているため、灰魔法を深く勉強しようとすると、
「魔法である以上、無効化することが出来るはずなのだ」
キキョウ曰く。
《動く死体》に襲われた際に致命傷を負い、絶命したのちに魔法の効力を発揮されたものは難しいだろうが、灰魔法の効力が感染し絶命したものは、灰魔法が無効化されることで、灰魔法がかかるより前に戻ることが出来るらしい。
――つまり、今、外に蔓延っている《動く死体》の何割かは、再び人に戻れるということ。
「――だが、そのために君ができることはない」
突き放すように、ビャクダンは言う。
「人間に、エルフの魔法は破れない。そうだろう」
ビャクダンの言葉はリーデルに深く突き刺さり、彼から二の句を奪い去った。
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