12

 クルクスが消え、四人が残された部屋は、悲惨なものだった。

 窓に使われていた害虫除けの緑魔法の結晶がくだけ、床に散乱し、その床も、ヴァンカリアの血で汚れるか、ビャクダンの魔法によって剥がれたり穴が開いたりとボロボロになっていた。一見しただけで、元の、部屋として使うには相当修理費用が掛かることは瞭然だった。


「ヴァンカリア、しっかりしろって、なあ!」


 激しく揺さぶると、出血がひどくなりそうで。リーデルは軽く肩を揺らすだけにとどめたが、ヴァンカリアは両の目を閉じたまま、返事をしない。呼吸は浅く、今にも死にそう、というわけではないものの、重傷を負っているというのは一目で分かる。

 

「キキョウ、治療を……!」


「無駄だ」


 リーデルの言葉を否定したのは、ビャクダンだった。


「吸血鬼の回復能力を知らないのか? この程度の怪我、本来ならもうとっくに治っているはずだ」


 しかし、ビャクダンが言うのとは反対に、ヴァンカリアの傷は一向に回復する様子を見せない。ナイフが刺さっているからか、血の流れるスピードは早くないものの、明らかに癒えているようには見えない。


「吸血鬼が自然治癒しないのであれば、やみくもに白魔法をかけたところで意味がない」


 何かナイフに仕掛けがあり、それが吸血鬼の回復を妨げているのだろう、と。

 確かに、あのナイフはリーデルを貫通した。それは紛れもない事実で、そうなると、ただのナイフではないことを証明できる。


「とりあえず、彼女を寝かせられる場所へ移動させよう。ナイフの解析はそれからだ」


 ビャクダンはそう言い、扉へと向かう。ドアノブに手を伸ばし――彼がそれに触れる前に、ぎい、と扉が開いた。


「――お兄ちゃん……?」


 貸し部屋と外を繋ぐ扉とはまた別の扉から、一人の少女が現れる。

 ビャクダンと同じ髪色、瞳の色を持つ、小さな少女。耳を見る限りエルフのようで、実年齢は分からないが、人間的な見た目年齢は十歳前後、といったところだろうか。暗い緑のワンピースを着た少女は、どことなく、違和感がある。生きている人間と比べて。

 その少女を見るなり、キキョウの顔は真っ青になった。


「ビャクダン……! 貴方ね!」


 反射的に、と言わんばかりにキキョウがビャクダンに向かって平手打ちをかました。キキョウの手のひらがビャクダンの頬にぶち当たり、パアン、と派手な音を立てた。

 その光景を見たのであろう少女が、トタントタンとおぼつかない足取りで、キキョウに向かって走る。


「お兄ちゃんをぶたないで!」


 小さな少女は、キキョウの脚へと縋りつく。


「カ、スミちゃん……」


 キキョウはたじろぐように、少女の名前をこぼした。

 カスミ。

 その名前に、リーデルは聞き覚えがあった。その名前は、死んだはずの少女のものではなかったのか。


「オレは、間違いを犯した。それは分かってる……分かってるんだ」


 ビャクダンはしゃがみ、軽く両手を広げた。そこに飛び込んだ少女――カスミを受け止めると、ぎゅっと抱き締めた。


「ただ、カスミが蘇ればよかったんだ。世界がこんな風になるなんて、望んでない」


 ビャクダンはカスミを抱き締めたまま、キキョウを見上げた。


「都合がいいことは分かってる。だが――俺にも、世界を取り戻す手伝いをさせてくれ」

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