08

 キキョウに案内され、たどり着いたビャクダンの家は、やはり周りと同じように半壊していた。ほとんど機能していない取れかけの扉を開けると、中はかなり埃っぽい。


 平屋の家は、どの部屋も生活感がないというか、物が少ない内装になっていた。ただ、一部屋だけ、妙に女の子らしく、ぬいぐるみが溢れている部屋があった。おそらくはそれがビャクダンという男の、妹の部屋なのだろう。

 ただ、それにしては、妹の部屋は他の部屋よりもさらに埃っぽい。何年も物が動かされていないのか、荒らされた中、どれが動かされたものなのか、すぐに分かる。くっきりと、埃の跡が付いているのだ。


「何もない、な」


 めぼしいものは何もない。それどころか、小動物を飼っていた、というのが疑わしいほど、飼育道具が見つからなかった。

 結局、何も見つけられないまま、リーデルとキキョウは最初に調べたリビングへと戻っていた。


「おかしいな……。わたし、ビャクダンさんの家に何度か遊びに来たことがあるけど、リビングに小動物用のケージが置かれた棚があったはずなんだけど」


 リーデルのつぶやきにキキョウが反応する。


「リビングの一角が小動物コーナーになってて……。あっ」


 何かを思い出したようにキキョウが声を上げる。そして、その表情は沈んでいった。


「……ビャクダンさんの妹、カスミちゃんっていうんだけど、少し前に亡くなってるの。ビャクダンさんがっていうより、カスミちゃんが小動物大好きだったから……。新しく飼わなくなって、処分したのかな」


 寂しそうに、リビングの一角を眺めるキキョウ。

 そこへ、別行動していたヴァンカリアが戻ってくる。


「ここにいた! リーデル君、キキョウちゃん、こっち!」


 ヴァンカリアに連れられ、彼女についていくと、廊下の突き当りに扉があった。先ほどまでは、背の高い本棚がそこにあったはずだ。本棚で扉が隠されていたらしい。

 扉を隠していた本棚は、ヴァンカリアが乱雑に扱ったのか、壊れてしまっている。本も適当に廊下の端へと除けられていた。彼女の中で、物を大切に扱うという概念はないのだろうか。

 扉を開くと、その先には下へと下る階段があった。


「地下室、なのか?」


 リーデルはキキョウに聞いてみるが、彼女もその存在を知らなかったようだ。階段を見て随分と驚いている。

 もうここしか調べる場所は残っていない。

 階段の先に警戒を払いながら、リーデルたちは階段を下った。

 階段の先には、あまり広くない地下室が、扉を隔てずそこにあった。物置として作られたのか、あまり内装にこだわりは見られない。


「今回の騒動は、ここの家の住人で間違いないんじゃないの」


 ヴァンカリアが辺りを見回しながら怪訝そうに言う。地下室には、ネズミたちが閉じ込められた檻が所せましと積み上げられ、置かれていた。一匹ずつ入れられた小さな檻の中には、ネズミ以外何も入れられていない。生物が生きる上で必要な、餌も、水も、全く与えられていなかった。

 乱雑に積み上げられた檻は、下の方にいるネズミほど活発で、凶暴そうだ。対して、上の方のネズミはなんとなく檻の中をさまよっているだけ。その緩慢な動きは、《動く死体》に似ている。


 ネズミの檻は、いくつかこじ開けられているものがあり、その中にネズミはいなかった。この中のネズミは脱走したのだろう。そのうちの一匹が、先ほどキキョウを襲ったネズミに違いない。

 その壊された檻の周辺以外には足跡がなく、うっすらと埃が積もっていた。あまり人の出入りはないようだ。

 それでも檻の中のネズミが全て生きているということは、このネズミには《動く死体》と同じような魔法がかけられている可能性が高かった。


「キキョウ、これ……」


 檻に隠れて見えにくかったが、奥に机のようなものが見える。下手に檻を動かしてネズミに噛まれたくはないので、檻越しに見るしかなかった。机の上には本が開かれたまま置かれている。そのページには魔法陣が描かれていた。

 その魔法陣を見て、キキョウの顔色がサッと変わる。どうやら、これが魔法生体の魔法陣とみてよさそうだ。


「どうにか……とれないか?」


 手を伸ばせばギリギリ届きそうではあるが、リーデルは手を伸ばすのをためらってしまう。万が一足を滑らせて、謎の生物と化したネズミの入った檻に体を突っ込むような真似はしたくない。

 少し迷っていると、ヴァンカリアがためらいなく檻をどかし、本を取った。


「これ?」


「そう、だけど……怖くないのか?」


「何が? ああ、ネズミ? あは、たかがエルフの魔法がおねーさんに敵うわけないじゃん」


 たかがエルフときた。吸血鬼は本当にスケールが違うらしい。

 もはや突っ込むのも面倒で、本を受け取ったリーデルはぱらぱらと別のページも見てみる。

 魔法について書かれた魔導書ではなく、日記や実験記録が入り混じる手記のようだった。


「……ビャクダンさんの字だ」


 リーデルの横からその手記を覗き込んだキキョウがぽつりと呟く。


「やっぱり、ビャクダンさんが魔法生体を……」


 キキョウがみるみる落ち込んでいく。仲のいい知り合いが、エルフの掟を破るという禁忌を犯したのだ。ことさら、エルフの掟を守るキキョウにとって、それは相当ショックなことなのだろう。

 パラパラとページをめくる。


 そこには、魔法生体の研究書をキキョウ一家の家に侵入して盗み見たこと、その魔法生体の研究書をもとに、独自の魔法を作り上げるべく、何度も実験を繰り返していることが書かれている。

 ビャクダンの実験はすべて、以前より飼っていたネズミで行っているようだ。

 元の魔法生体を生成する魔法では、凶暴で、他者を襲うものばかりで、さらには、一定の条件を満たすと魔法の効力が感染する特性を持つ灰魔法で構成されているため、なんとか別の属性で再現できないか、と試行錯誤したようだ。


「……」


 リーデルは手記を読み進める手を止め、キキョウを伺う。キキョウは、顔を真っ青にして、カタカタと震えている。


「大丈夫か?」


 力なく、「だい、じょぶ」というキキョウは、到底大丈夫には見えない。ずっと秘匿しておきたかったことを、リーデルやヴァンカリアに見られている。それだけではなく、情報が漏れたせいで世界が滅んだ、という事実をつきつけられて、精神が参っているのだろう。


「……リーデル君、貸して」


 キキョウとは反対側から手記を覗き見ていたヴァンカリアが、リーデルの手から手記を奪い、ぱらぱらと本をめくる。何をしているのか、とリーデルは不振がったが、ヴァンカリアの瞳がせわしなく動いていることに気が付いた。


 と、彼女の手が止まる。


「――王都・シュロスシュタットへ、協力者に会いに行く」


 ヴァンカリアは、手記の一文を読み上げたようだ。


「シュロスシュタット……?」


 王都は、ここ、ハイマーの森からやや遠い。リーデルたちの貸し部屋のある町からハイマーの森への道のりも長かったが、ここから王都への道はさらに長いだろう。


「有力そうな情報はそれだけ。あとは実験結果とか、そんなんばかりだよ」


 ヴァンカリアは手記を閉じ、それを元あった机の上へと放り投げる。


「ビャクダンっていう男本人から聞いた方が早いんじゃないかな。少し遠いけど……王都まで行こう」


 もう、ここは用済みだよ。そう言ったヴァンカリアは、さっさと地上へと上がっていく。


「キキョウ……行けるか?」


「うん……」


 リーデルが手を差し出すと、キキョウはそっとその手を取る。随分と冷たくなっている彼女の手を、少しでも温められないかと、リーデルはその手を握り締めた。

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