section 03 護衛任務
第1話 次の冒険に備えて
※初めに。近況ノートでお知らせした通り、今章から本編になりますので1話辺りの文字数が大幅に増えます。更新頻度も文字数の関係で少し落ちますのでご了承下さい…。
任務達成から数日が経過した。
あれからめぼしい依頼が見つからず、ラフィンは宿でバイトを、他のメンツは観光したり図書館で学んだりと各々自由な時間を過ごしていた。とは言えある種の暇を持て余している状態が続いている彼らは何かやる事がないか毎日の様に訪ねては肩を落としてるみたいで、ディノとかは割と気にかけているらしい。
「…そう言えば。あれからマーレーさんやレジス達は技能や魔術習得したのですか?」
お昼を全員で食べていた時の事だ。キリがパスタを必死にフォークに絡めようと回しながら(一つも絡んでないが)三人に向けて疑問を投げる。
「あー。そういや俺達はLvが上がったから習得可能なんだっけ。覚えなきゃな。」
「だねぇ。マーレーさんも交易語をだいぶ流暢に話せる様になったし午後は皆でギルド向かってみる?」
「構いませんよ。私もこの後近所の方々とお茶する程度だったので。」
三者三様で頷き何を学ぶか話し始める。ある程度の才能と経験が有れば新規職業を増やす事ができる上、新たな練技や魔術、奇跡を学べる場所がエルリア規模の街ならば一つは存在する。それがギルドと呼ばれる組合とは別の組織であり、第一線は退きつつも冒険者として一様に名を馳せたベテラン組が引退後にも教育をしつつ、もしもの時は冒険者達と共に街を守る組織として組合が用意した物だ。
と言っても、同じ場所に全ての職業を収容する事はできない為、各種職業に分けてギルド自体は設立されている。一通り紹介すると
・前衛専用ギルド
"フロントマンズジム"
・斥候ギルド
"盗賊達の隠れ家"
・シューターギルド
"S.A.D結社"
・魔術師ギルド
"七曜の導き"
・錬金術ギルド
"アルケミーワーカー"
・神官ギルド
"◯◯(信仰神の名称。キリが通うならホラリス神の名前が入る。)神殿"
・知識探求ギルド
"国立図書館"
等がある。
それぞれのギルド長は冒険者Lvも大凡10Lv位はあり、技量としてもとても優秀な人ばかりが集まっている。(ちなみに王国の騎士団員で6Lv。騎士団長が8Lvで、国王直属にあたる精鋭近衛騎士の冒険者Lvで8Lv。近衛騎士団長が10Lvに値し、戦争となれば一騎当千を誇る実力と見られている。)
ギルドへの所属方法は割と様々だが、一律して決まっているのが"入会費銀貨5枚、指導費用一回につき銀貨1枚"は決まっている。無論彼らクラスの元冒険者なら無償で行っていても遊んで暮らせる程の財を築いてきた冒険者ではあるが、冒険者たる者求めるなら対価をの精神を後輩に忘れさせない為に徴収しているらしい。
「折角だしマーレーさんもジム行くかい?」
「あはは…いえ、今回は魔術の方へ。賦術は習得可能なものが今はありませんので…。」
「レジスみたいな脳筋じゃないんだからマーレーさんを筋肉の祭典に招かないでよ。」
「なんだとぉ〜っ!!」
ラフィンが鼻で笑いながらレジスを挑発し、掴みかかるようにレジスが立ち上がり、身軽にかわすラフィン。いつもの戯れ合いが始まる中未だに巻き付かないパスタに痺れを切らした様子で、必死に皿ごと持ち上げて豪快にかき込んでいるキリを横目にマーレーは苦笑する。その後、リスの様に両頬を膨らませながら死んだ目でパスタを咀嚼しているキリと、戯れ合う二人が落ち着くまで紅茶を嗜みながら待ち、会計を済ませた後それぞれの目的ギルドへ向かう事にした。
※※※
「やぁレジス。今日はいい筋肉日和だね。」
「え、ええ。今日もよろしくお願いします!!」
扉を開けた瞬間目の前に広がる大胸筋にドン引きしながらレジスが来たのはフロントマンズジム。前衛職しか取る気のない彼にとって一箇所で全てが解決する魅力的なギルドだった。ただ、彼が若干乗り気ではない理由があった。
大抵のイメージにある様に前衛職にとって最も必要なのは筋肉。筋力値が高ければ高い程攻撃力が伸び、それだけ重い装備をしていても扱う余裕が出る。その為、このギルドに入るとどこを見ても筋肉、筋肉!筋肉!!!上半身裸で筋トレを行うマッスルな男…いや、漢達。しなやかながら妥協を許さない漢女達の上腕二頭筋。そして鍛錬により溢れ出た上質な汗の匂いと清潔感を忘れない備え付けの浴場から溢れるフローラルな匂い、そして何の為かは分からないが筋肉をテッカテカに光らせるオイルの匂いが混じっている。彼らに比べ入門して日が浅いレジスにとっては中々振り切るまでに克服し難い環境だった。
「大丈夫。レジス。君は生まれつき質のいい筋肉を生み出せる体だ。恐らく両親が農業を営み質のいい食事と質のいい運動を常にこなして居たからだろう。直ぐに俺達の様な筋肉になれる。」
「え、あ、はい。」
日に焼けて黒光りしたナイスマッスルの白い歯が光る。無論マッスルになりたい訳ではなく冒険者になりたいレジスは思わず一歩引いてしまうが目の前の筋肉圧からは逃げられない。逃げられないのだ!
余談だがこのギルドは知識探求ギルドと神官ギルドと同じく一般解放されており、冒険者以外の人々も利用する事ができる。現に目の前の筋肉圧の背後では今にも倒れそうな御歳95歳を迎える人間のお爺ちゃんが拙い足取りで自身の体重の何倍もありそうなバーベルに向かっている。そしてふらふらとした足取りで足元のバーベルに手をかけると
『ふぉ…ぉ…ォォォォォォォォォアッッッ!!』
一気に体が膨れ上がり爆発する様な勢いで筋骨隆々に。そして見事なフォームでデッドリフトを行って居た。これにはレジスも唖然としている。
「ハッハッハッ…アルゼさん、まだまだ現役ですな。」
「ォォォォォォォォォ…ぉ、ぉ…婆さんや、ご飯かの?」
「ハッハッハッ…俺は婆さんじゃないですぜ?」
「そうかのう…なら、今日はおでんがいいのぉ…。」
アルゼ老人につきそう筋肉男性が快活そうに笑いながら彼に付き添いその場を離れる。会話が成り立って居ない様に見えるのは気のせいだろう。彼らは筋肉で響き合っているのだから(?)
「…はっ?!違う違う。今日は新たな練技を学びに来たんです。筋肉を学びに来たんじゃありません。」
呆気に取られて居たレジスだったが、漸く本題を思い出し目の前の筋肉に伝える。すると一通りレジスを見回した後幾らか悩み、やがて頷いた。
「うむ。確かに新たな技が覚えれそうだと三角筋が訴えている。ならば教えよう。一筋当千の技の初歩。"旋風刃"を。」
微妙に聞き慣れない言葉を使われつつスルーをかましたレジスは、新たな練技習得に向けジムの中に入った。
※※※
レジスが筋肉に埋もれている頃、ラフィンはシューターギルドS.A.D結社に来ていた。前回の依頼である課題を見つけた彼女はギルド長に相談する事にしていた。
「隊列良し!!射撃…始め!!」
筋肉溢れるフロントマンズジムに比べ、凛とした女性の声が響くシューターギルド。ギルド長改めて教官として働く彼女の名前はディービー=シュルト。31歳。昨年まで冒険者をしていたが、強力な魔物との戦闘で左目を失い引退。それまで父が運営していたシューターギルドを受け継いで今年から運営をしている。
「こんにちわ。お久しぶりです。」
「撃ち方やめい!!…この声はラフィンか。久しいな。今日はどうした?」
訓練を一時中断した彼女はラフィンの方へと近づく。先程までの険しい顔付きから朗らかな笑顔になったディービー教官は、後ろに待機する訓練生に休息を指示してラフィンを教官室へと呼んだ。
「あ、お茶ありがとうございます、ディービー教官。それで今日ですが…。」
「ふむ…。複数の相手に撃てる練技が欲しい。と?」
「はい。ご指導頂けますか?」
「…。」
お茶を啜りながら熟考するディービー教官。閉じられた目の奥からでも感じる冒険者としての圧はとても強く、昨年まで"緋眼の狙撃手"という二つ名を付けられ王都を拠点に活動していた元Lv11の冒険者らしい風格で考える彼女にラフィンは思わず息を呑む。
静まり返る室内。永遠にも感じられる時間にラフィンの頬を冷や汗が伝う。
…やがてゆっくりとお茶を机に置いたディービー教官は目を開き、一つ息を吐いた。
「成る程…。承知した。しかし私から幾つか言わせて頂きたい。」
「は…はい…。」
「いいか?
…ラフィンちゃんはキュートなお耳とにゃんこちゃんの尻尾とにゃんこちゃん族特有のキュートさがあるの。わかる?そんなラフィンちゃんに戦場に立って欲しくないし私が守るからお願い危険な事しないで欲しいの。冒険者?辞めなさい貴女は私のお家で一緒にごろごろした方がいいの!一生養うから!!もうその為なら魔王とかも倒しちゃうしおねがぁい…。ラフィンちゃんのキュートな身体に傷ついたらそれだけで私死んじゃいそうになるから…ね?教えても良いんだけど本当ならラフィンちゃんは戦闘しないで癒し役でいて欲しいな。うん。職業にゃんこを習得しよう。そしたら考える。うん。最高じゃない?職業にゃんこ。にゃんにゃーんて。どう?どうかしら??」
「…ディービー教官、相変わらず猫大好きなんですね…。」
ディービー=シュルト。31歳。全ての猫を愛してやまない女。ちなみに左目を失明した時に戦闘していたのは大山猫の様な魔物。彼女は攻撃する事が出来ず味方の攻撃を大山猫の代わりに受け失明した。味方も敵もドン引きしたその事件は皆の記憶に新しい。
ちなみに前回の依頼でラフィンが倒れたと聞いた時には単身で地下道に乗り込み、愛と射撃のみであのスライムの群れを駆逐した。
「うへぇ…今回は倒れたから時間かかりそう…。」
真横に座り尻尾と耳をもふもふしながらいかにラフィンが大事な存在か演説をしつつ蕩けそうな笑顔のディービー教官に呆れつつ、ラフィンは何とか彼女を説得して練技を学ぼうと必死になるのだった。
※※※
組合に魔術ギルドの場所を聞いたマーレーは怪しげな天幕が吊り下がった場所に到着した。見るからに怪しいその建物に気圧されつつ中に入ると、七色に輝く魔術刻印が床に配備されており、踏んだ瞬間に神々しく輝き始めた。
やがて目を覆いたくなる様な光が放たれ、暫くするとゆっくりと落ち着いていく。再び七色に輝き始めた魔術刻印から出たマーレーは、周囲を見渡しても変化がない事から一旦天幕から出る事にした。
「…?!ここは…?!」
『よく来たね。魔術ギルドへようこそ。』
外に出た途端マーレーは目を見開いた。先程までいたエルリアの街並みとは全く違った街並みがずらりと並んでおり、ローブに身を包んだ人々が行き来していた。
"初めましての方はこちらはどうぞ"
丁寧に書かれた看板をあてにとりあえず街中を進む。やがてマーレーがたどり着いたのは立派に聳え立つ白い城だった。
城内へと至る橋には沢山の参列者?が並んでいたのでその最後尾に並ぶ。ゆっくりと先へ進む人々の後を追いながら周りを見渡すと、至る所で魔術が展開されていたり、召喚獣らしきゴーレムが建物を建設していたりと興味を惹くものばかりだった。
暫く並ぶ事約30分。漸く城門を潜ったマーレーが目にしたのは広場の真ん中にぽつんと供えられた水晶と、その水晶に触れている小さな女の子。そしてその女の子に深々とお辞儀をしている参列者?達だった。
「ええい…相変わらず多いのぅ…貴様は土!!次っ!…火!はい次!…貴様はあれか、ろくでなしのダー坊の子か。調べるまでも無く木!」
額に汗をかきながら気怠そうに次々と捌いていく女の子…というかもはや幼女は前に並ぶ参列者をどんどん捌いていきマーレーの盤になったらぴたりとその動きを止めた。
「…ほぅ?貴様はあれか。エルリアの大森林から来ておるのぉ。人里に出たのはルクリア以来か。中々良い素質を持っとるのぉ。」
「あ、ありがとうございます?」
「だがのぅ。これはちと穿った適性がでたのぅ。元来エルフは木と地の二属性が出るのじゃが。貴様は木と金、そして闇が適性と出ておる。純血のエルフが何故ドワーフ共の適性である金と魔族の適性である闇を抱えておる?いや何、教えぬ事はないのじゃが…俄然興味が沸いてきたのぅ。」
顎に指を当てながら悩む幼女。言っている事の大半は理解出来ないが普段なら出ない結果が出ているらしい。目の前で『水晶が忙しさで壊れたかの?』と言いながら斜め45度でチョップしている辺り余程想定外らしい。
「あの、何か不具合でも?」
「いや何。貴様の結果が余りにも愉快でのぅ…うむ。決めた。俺が直々教えるかのぅ。ついてくるが良い」
足が届かない程の高さがあった椅子から飛び降りると『今日は終いじゃ。また後日来ると良い』と言い残しマーレーの手を引いて城内の更に奥へと連れて行く。見た目にそぐわず争う事が出来ない程力強く引かれた手に誘導されつつ案内されると、階上にあった扉の前で立ち止まり幼女がこちらを向く。
「そう言えば貴様の名前を聞いてなかったのぅ。名を名乗れ。」
「あ、はい。マーレーと申します。」
「ふむ。良い名じゃ。俺はディシア=サラディアス。ここサラディア王国の建国に貢献した魔女で七曜全てを扱えるのじゃ。齢は3000と幾つか。貴様の里の長が赤子の時から知っておる。冒険者Lvとやらは…20。現世における最強の1人は俺じゃのう。」
無表情ながら割と衝撃的な事実を述べた幼女…ディシアは反応を見るわけでも無くそのまま扉を開け放つ。その扉の先には広大な草原が広がっていた。
「擬似的な空間じゃから気にせず魔術を放てば良い。何、貴様が覚えれるレベルの魔術だけで無く魔法とまで呼ばれたものまで見せるつもりじゃから気を確かに持つと良い。俺の魔術はちと刺激的じゃからのぅ。」
相変わらず死んだ魚の様な目をしながら述べたディシアは精神を集中させると空に手を翳した。その直上では巨大な隕石が彗星を描きながら落下してくるのが見える。
「しっかり踏ん張っておれ。引っこ抜かれて飛んで行っても俺は助けんからのぅ。」
その日マーレーは過去一番死を覚悟した。
※※※
三人がそれぞれのギルドで技能の習得に励んでいる間、キリはラフィンの代わりに酒樽の飛沫でバイトをしていた。彼女自身お金に困っている訳ではないが、パーティとして活用できる資金を増やす分には幾らあっても問題ない為、ディノに頼み込んだらしい。
「…とは言っても私もあんたの生活力は知ってるから何させたもんかねぇ。」
「あ、あはは…面目ないです…。」
溜め息を吐いているディノはこれまで打ち立てたキリ伝説を思い出す。無一文で現れた彼女を雇い始めたある日。愛想良く人気だったキリに仕事を教える為に厨房に立たせて簡単なレシピから教えていくと、何一つ手を加えてない筈の料理が何故か暗黒物質になった。仕方ないので皿洗いをさせてみたらその日のうちに皿が20枚消失した。割れた訳でも無く。ベッドメイキングをやらせてみたらシーツが全て逆になっていた。掃除をやらせてみたら監修している間は綺麗になっていたのだが、暫く目を離すと元より汚い状態になっていた。という経緯があって現在彼女は店前で看板娘になってもらっている。見た目は天使のハーフという事も有り、微笑んでいるだけでかなりの人気がある。宿の経営の補助の為に行なっている昼間のランチタイムの食堂解放は、彼女のお陰もあってかなり賑わっていた。
「というかディノさんこんなところで休んでて大丈夫なのですか?」
「ん?今日は非番だからねぇ。旦那達には悪いけど一切働くつもりないよ。」
ディノという女性は公私のオンオフがきっちりしているらしく、休みの日はしっかり怠惰をするのが信条だとか。思わず苦笑してしまう。そんな姿もまた道行く人にはありがたいのか、こうしている間にも客足は途絶える事無く遂には行列ができてしまっていた。
「…しかしあんたの人気凄いねぇ。希少種族のハーフで顔立ちが整っているとは言えここまで集まるかい。」
「あはは…自分でも驚きです。」
「…本当、何もしなければ良い子なんだけどねぇ。」
遠くを見つめて溜め息を吐くディノを横目にニコニコと微笑むキリであった。
翌日。
練技習得の為今日もギルドへ向かった三人を見送ったキリはホラリス神殿は向かう。特に予定がある訳ではないが、神殿に顔を毎朝出している彼女をお年寄り達は孫の様に可愛がっており、お祈りとは別に毎日来て欲しいと言われている。
「おはようございます。皆様。」
「おお、キリちゃん。こっちへいらっしゃい。」
到着するや否や神殿中庭でお茶をしていた老人会に呼ばれる。日向ぼっこしながら雑談を交わしているお年寄り達に混ざりキリも座る。正に平和そのものの光景に神殿で働く神官もほっこりしていた。
「最近キリちゃんが倒れたって聞いて儂達心配してたんじゃ。もう大丈夫かい?」
「ええ。お陰様で元気ですよ。あの件は自業自得でしたし…。」
「そうは言ってもあんたは女の子なんだから…ね?」
「あはは…女の子…って歳でもないかと。」
「何言ってるんだい。私らみたいにしわくちゃにならなきゃいつまで経っても女の子を名乗って良いんだよ?あんたは可愛いんだから顔を特に傷つけちゃいけないよ?」
思わぬ女の子扱いに苦笑するキリ。まさか血涙を流しながら目の前の敵を睨みつけていたなんて知ったらご老人達は残りの寿命を削って昇天してしまうかもしれない。
「それでも私にはやらなきゃいけない事があるんです。その為に私は身を削ってでも行動しなければならない。ホラリス様にそう誓いましたので…。」
「そうまでして叶えたい望みってのはなんだい?」
心配そうに見つめるお爺さん。その問いには困った様子で微笑みながら首を横に振った。
「いえ、皆さんを巻き込みたくないので言えません…。それに、女の子には秘密にしたい事の一つや二つ、あるものですよ?」
はにかみながら女の子扱いされている事を逆手に取ったキリは朝の巡礼があるからとその場を離れた。
神殿内にある教会へ向かうと丁度聖歌隊が朝の部で合唱している時間だった。透き通った声色を響かせた聖歌に心を奪われつつ、お祈りを始める。心を洗われる様な清々しい気分に見舞われながらお祈りを終えた頃には聖歌隊も合唱を終えており、絶え間ない拍手が教会の中で響いていた。
その後、自動的に演奏を始めたパイプオルガンの音色を聴きつつゆったりとした時間を教会内で過ごしていると神父でありホラリス信仰のエルリア支部長が声をかけてきた。
「教徒キリよ。いつも朝から巡礼誠に殊勝な心がけだ。」
「…ありがとうございます。」
深々と頭を下げて礼をする。神父と一介の教徒のやり取りは意外と多い為周囲の人々も2人に傾注する事無く席を離れていくのを確認しながら。
「……さて。教徒キリよ。最近は大きな問題も無く日々が過ごせている。これも単にホラリス神の矜持が広がりつつある事が考えられよう。豊穣と繁栄は人々の心を豊かにし、余裕が生まれる。余裕とは即ち隣人を許す許容。それだけで素晴らしいものだと言えよう。」
「…私もそう思います。」
「しかし時に人は余裕故に過ちを犯す。過ぎたる余裕は傲慢となり、傲慢は他者の余裕を奪い去る。時に戦争とは、衰退してるが故に起こる事ではなく繁栄しているからこそ起こり得ると。…故に。」
「…その先はお謹みを。神父様の言葉は尤もではありますが、ホラリス信仰が今望んでいる事は正に傲慢。一教徒としては見過ごせません。」
顔を上げたキリの表情が鋭くなる。だが、神父は神父で目を細めながらキリを見下し、言葉を続ける。
「その程度の力で一介の教徒が意向に逆らうとは。私との力量の差を知らぬ訳ではあるまい。この場で直々に異端審問かけても良いのだぞ?」
「…それはそれは。お抱えの教徒を用いて必死に法にも近い奇跡を放たれれば私でも耐える事はできないでしょう。ですのでここは真っ直ぐ帰路に着かせていただきます。」
「っ…帰れると思うな女郎が。」
柱の影から現れた聖騎士が入り口を塞ぐ。同時に目の前の神父が指を鳴らすとキリの周囲には20は超えるだろう聖騎士とホラリス教徒が現れる。
「気の短い人間ですこと。こんな事をホラリス神が望んでる訳がありませんのに。それでは。お暇させていただきますね。」
溜め息を吐いたキリは逆に神父を見下す様に睨みつけると指を鳴らす。するとその姿はみるみる内に薄まっていき、やがて霧の如く霧散していった。直ぐ様虚像を摑まされたと理解した神父は短い舌打ちの後踵を返し、自室へと戻っていった。
※※※
技能習得開始から3日。一様に疲労した姿を見せる三人を見て苦笑するキリ。机に伏している彼らの為にディノが入れた(最重要)お茶を運び机に置いていく。
「それでどうでしたか?習得できました?」
「筋肉。」
「へ?」
「にゃんこ。」
「え、えっ?」
「我が矜持を知りたいか。ならば良い。しかし忘れるな。深淵を覗く時、深淵もまた貴女を覗いているという事を。」
「ま、マーレーさん?!?!」
死んだ目で一斉にキリを見つめた三人に恐怖を覚えつつも少し落ち着いた彼らが無事新たに技能を会得した事を聞いてほっと胸を撫で下ろす。
「キリの方はどうだ?一昨日ディノさんの手伝いしてたんだろ?」
「ええ。と言っても不器用さは変わらないので…呼び込みしてました。」
「聞いたよ〜。商業区の飲食店通りからクレーム来る位大盛況したんだってね〜。」
どうやらあの日飲食店通りのお昼の掻き入れ時の売り上げが著しく低下しており、理由を調べた所この宿が独占していると噂になっていた。
「ある経営者は『呼び込みに希少な天使の子使うとか反則やん…チートやそんなん…』と言ってたらしいよ。チートってなんだろ。」
「さぁ…私にはわかりません。」
苦笑しながらお茶を啜るキリ。そんな彼女達の傍で漸く元に戻ったマーレーがらしくもなく目に闘志を宿していた。
「…それより皆さん。折角新たな技術を得たなですから…依頼、行きません?」
「お、おう…マーレーさんが凄い乗り気だ。」
「最近思うけどマーレーさんって所々少年みたいになるよね〜。」
「ふふっ…まぁ、けどいつまでもここで自堕落な生活をしている訳にはいきませんから。私は賛成ですよ。」
レジスが驚き、ラフィンはニマニマと笑い、キリが微笑む。三者三様の反応を示しつつ全員が同意した所でタイミング良くディノが現れた。
「ま、そんなあんたらに丁度良い依頼があってね。馬車で二日程行ったところにある"コリンダの村"まで護衛任務だ。報酬は1人銀貨5枚+テント等の必要品を人数分支給する形となる。それでどうだい?」
ディノの提示した条件に別段問題を感じなかった四人はそのまま受諾する。その返事を聞いたディノはにっこりと笑い、ついてくる様に言う。そのまま席を立った一同はディノの後ろについてエントランスのカウンター奥の部屋、要人隔離や依頼を受ける際に使う応接室に入る。
「さ、あんたの護衛が決まったよ。この子達だ。レジス、この方が今回の護衛依頼主。コリンダ村村長の長女、ルクシア=セレス嬢だ。」
ディノの紹介に合わせ立ち上がり、ゆっくりとお辞儀をした女性。一見穏やかな彼女だが、四人は思わず息を呑む。何故ならー
ルクシアの服は沢山の返り血が付着しており、その表情は恍惚としたものだったから。
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