04

 ジェゼベルドを『男』の枠組みから外そう。


 そう決めてからわたしは積極的に彼へ話しかけるように努力した。

 といっても、わたしの男への嫌悪感が急になくなるわけじゃない。見かけるたびにジェゼベルドよりも先に挨拶して、極力彼を避けていたのをやめて、最低限の会話はするように努めているだけである。そこまでしても、アリヴィドとの会話量よりは少ない。


 そんな少しばかりの会話しかない中でも、毎日ジェゼベルドは嬉しそうに笑う。わたしの気が彼に向くだけで、ジェゼベルドは「幸せだ!」と言わんばかりの笑みでわたしを見るのだ。


「――そ、そんなわけなんだけど、どうしてだと、思う……?」


 わたしは第四夫のルトゥールへと相談していた。今日は休みで、今家にいるのは彼だけだから、というのもあるが、わたしは大抵、自力で解決したい、もしくはするべきだと思う悩みや問題を相談するときは、ルトゥールへ相談するようにしている。


 グレイはわたし並みか、それ以上に口数が少なくて会話が進まないし、無表情でいることが多い彼に相談を持ちかける勇気がない。グレイみたいな美形の無表情の攻撃力の高さといったらない。


 夫の中で一番話しかけやすいのはアリヴィドだが、同時にわたしに一番甘いのも彼だ。だから、自力でどうにかしたいときは、アリヴィドに相談するのはあんまり得策じゃない。わたしの自立をうながすような回答をしておきながら、あっさり裏で手を回したり、「あとでオレがなんとかしておくよ」と話を終わらせたりしてしまう。

 わたしに男嫌いを治した方がいいと言っていながら、ジェゼベルドへの『仲良くする』のハードルがどんどん下がっていくあたり、べたべたに甘い。

 人を駄目にする甘さだと思う、あれは。甘えておいて何言っているんだ、って感じだけど。


 そして第三夫のレノはとにかく楽天家で、どうにかなる、大丈夫、としか言わない。背中を押して欲しいときにはすごくありがたいが、解決策や具体的な答えを求めているときは適切じゃない。

 というわけで、わたしはルトゥールに声をかけたのだ。


「ううん……。私にはレノがいるから分かるが、彼の君を見る目は、恋をしている男のものだと思うのだよ。どうして惚れているのかまでは分からないがね」


「こ、恋?」


 まさかの答えに、声が裏返ってしまった。

 恋? ジェゼベルドが? わたしに?

 そんな馬鹿な、と言い返したい半面、どこか、「確かに」と納得してしまうわたしがいた。

 あれだけの笑顔だ。わたしに甘いアリヴィドとは違う、それでもあえて『甘い』と表現したくなる笑顔と視線。確かに、それは『恋』と呼べば、しっくりくるものだ。


 ――でも、どうして?


「……わたし、彼に何もしてない」


 むしろ、避けている方だと思う。好かれるようなことは何もしていない。それどころか、彼のあの笑みは、比較的、最初からあんな感じだった。お見合いのときのみ、その笑みを隠していた風にさえ思える。

 最初からあんな感じだったよ、というわたしに、ルトゥールはあっけらかんと、「では、一目惚れなのでは?」と言った。


「ひとめぼれ……」


「私は世界で一番レノが可愛いと思っているが、まあ、君も顔の造形が悪いほうじゃないからな。別にあり得ない話じゃないと思うが」


 褒められているんだろうか。褒められている……んだよね?


「まあ、どうしても気になると言うなら本人に聞けばいいのではないかね?」


「えっ……なんて? なんて聞くの?」


 どうして貴方はわたしが好きなの? って聞くの? すごく自信家の発言じゃない? 自意識過剰って思われたらどうしよう。

 彼の視線が恋による甘さ、というのは納得出来る話だけど、本人から直接「好きです」と言われたわけじゃない。まだ、確定じゃないのだ。


 どうして好きか、なんて聞けるわけがない。


「ル、ルトゥールは、レノをどうして好きになったの? どの辺が好き?」


 参考までに聞いてみる。わたしのこと、どうして好きなの? とジェゼベルドに聞くよりはハードルが低い。わたしのことじゃないし。


「私か? そうだな……レノが私のことを好きだったから、かな」


「な、なにそれ……」


 そんなことで好きになるなんてあるの?


「レノは同性で、私の教え子だからね。普通に考えて望み薄、相手にしたらまずいとしか思わない。でも、その関係性を乗り越えようと必死に愛を伝えてくる姿にときめいた、と言えばいいのかな」


 ルトゥールは教師だ。そしてレノは、ルトゥールの教え子のうちの一人。

 ルトゥールが教師になって数年、というところで受け持ったクラスで出会ったらしいので、九歳しか離れていない。――いや、九歳も、か。


 成人して社会人となった今じゃ九歳差なんてそこまで騒ぎ立てるようなことでもないだろうが、当時はその差が非常に高いハードルだっただろう。多分、この関係を『問題』として騒ぎ立てれば、ルトゥールは教師という職を失い、レノは学校を辞める羽目になったと思う。


「意外と嬉しくなってしまうものなのだよ、まっすぐに、好きだ、って言われるのはね」


 そんなものなのだろうか? 

 でも、確かに、レノはよくルトゥールに好きだと声をかけているし、そう言われたルトゥールは、まんざらでもない――どころか、非常に嬉しそうにほほ笑んでいる。その光景をよく見かけるのを考えると、その言葉は嘘じゃないんだろう。


 とはいえ、わたしはジェゼベルドに好意を伝え続けているわけじゃないので、全然参考にはならなかったな、と思っていると――。


「……おや」


 リビングの扉が開かれ、ジェゼベルドが顔を見せた。えっ、もう帰ってきたの?

 時計を見れば、確かに帰宅してもおかしくないような時間帯だった。すっかり話し込んでしまったようだ。元々、朝一番で相談を持ちかけたわけじゃない、というのもあるが。

 ふと、ジェゼベルドの表情が曇っていることに気が付く。


 ――いつもは笑顔なのに。


 その違和感にビクビクしていると、正面に座っていたルトゥールが立ち上がる。


「さて、それじゃあそろそろ私は失礼するよ。レノを迎えに行ってくる」


「えっ」


 このジェゼベルドと二人きりにするの? アリヴィドとグレイは今日デートで、夕飯はいらない、と言われている。ということは、まだ帰ってこないはず。

 そろそろレノの仕事が終わる時間、と言いたいところだが、彼の職場は残業が多い職場だ。だからこそ、ルトゥールが休みの日は、彼が迎えに行って、無理やり仕事を切り上げさせていることが多い。

 無理やり切り上げさせたところで、引継ぎや後処理等あるので、ルトゥールが迎えに行って、すぐ一緒に帰って来るわけじゃない。


 ということで、結構な時間、ジェゼベルドと二人きりになってしまうと思うのだが……。


「私はアリヴィドのようにに甘くはないぞ」


 耳元でルトゥールがささやく。


「これ以上、夫が増えて、私とレノの関係を知ってしまうかもしれない人間ができるのは好ましくない――いや、やめてほしい」


 脅すような声音じゃない、切実な声だった。ジェゼベルドは、ここに来てから、アリヴィドとグレイ、ルトゥールとレノの関係をちらほらと察しているのかいないのか、分からない態度を取っているが、彼らについて、特に何も聞いてこない。

 でも、もし、わたしがこのまま男嫌いを直せず、国から六人目の夫を迎えるよう命令されて、それがジェゼベルドのような、『何も言わない』人とは限らない。

 むしろ、確立から言えば、夫たちを非難する人間が来る確立の方が高い。


「君には恩があるからね。あまり無理を言うつもりはないが、でも、甘えてもらうのも困るのだよ」


 そう言って、ルトゥールはリビングを出ていく。リビングを出ていく際に、ジェゼベルドにも何か耳打ちをしていたが、わたしの位置からは聞こえなかった。

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