08.道外れの洞窟
「タビお兄ちゃん、ここから北に洞窟があるよ」
「洞窟?」
このあたりで一番高い木に登ってあたりを見回していたルルがそう言ったのは、村を出てから6日ほど経った日の昼下がり、昼食を終えたあとの周辺警戒の時のことだった。普段は報告がないのが普通なので、ルルが報告をしたことにタビは驚いていた。
すぐに位置を確認する。洞窟までは2時間も歩けば到着するだろう。今のペースならあと1~2日も東に向かえばサイヒの街には着くだろう。食料はあと2週間分は優にある。そこまで急ぐ必要はない。
ただ、今から行くと戦闘が暗くなり始めるころになりそうだ。それはあまりよろしくない。
「洞窟は……魔物の棲み処か迷宮……だろうな……」
「はい、草木で見えにくくなっていたので前者かもしれません」
「魔物の棲み処か……。東西連絡路から近い位置ならそれほど強い魔物じゃないし盗賊かな」
ERにおいて、盗賊はれっきとした魔物だ。そもそも”神”の教えに殉じていれば誰も飢えることがないERの世界では、住民が富を目当てとした盗賊になることはありえない。
この世界で人々を襲うのは(そして大抵の場合護衛や騎士に追い払われることになるのは)、黒い肌に白線の刺青を引いた盗賊という魔物種族だ。全体的に小柄ですばしっこく、短剣の扱いに長ける。多くは洞窟や廃墟などを拠点にして群れていて、敵を見つけると唸り声を上げながら短剣を突っ込んでくる。称号だと【短剣術】Lv1くらいの腕前のはずだ。
「うーん、ひとまず相手がどれくらいいるか確かめてみようか。ルル、お願いしていい?」
「はい、わかりました」
隠密行動はルルの方が向いている。ルルの方が体形がかなり小さいのもあるかもしれないけれど、【隠密】や【登攀】の上がり方がいいのだ。
偵察はルルに任せて、その間にテトは陣地を作る。東西連絡路を挟んで南側、窪んでいた場所を掘って大きくする。今晩は盗賊のいるだろう洞窟から遠くない場所に陣取る必要がある以上、目立たないようにしたかった。速やかにテントを設営する。
そのあとは一応音を立てないように気をつけながら、周辺の索敵。途中で森林ウルフを見つけたので見つからないうちに投石で仕留めておく。解体もきれいにできたので、今夜は森林ウルフのステーキに決める。
ルルはタビが一通り準備を終えてからほどなくして戻ってきた。
「……出かけていなければ、大体5匹くらいですね」
「明日の朝一で行って、数が変わっていなければ投石で数を減らせば行けそうだね」
明日の作戦を練りながら、早めの夕食を摂る。調理はルルに任せている。普段は持ち回りでいいんだけど、流石に戦闘を前にしては【調理】の高いルルにやってもらう方が信頼できる。
今晩のメニューは森林ウルフの岩塩ステーキ、白磁蜂の巣の素揚げと丸パンの3品だ。白磁蜂の巣はタビが探索している間に確保した。名前の通り白磁の花の蜜を集める蜂が作った巣で、蜜を集めた働き蜂たちが一晩で作るらしい。蜜と果実をペーストしてできる巣は油で揚げると綺麗に形を保った砂糖菓子のように食べられる。
「こっちに来てから本格的な甘いものを初めて食べた気がする」
「……わたしも、久しぶりです」
食事をして簡単に体を清めてから二人は寝袋に入って眠りについた。明日の朝は早いので。
翌朝、タビは洞窟の入り口が見える木の上に潜んでいた。まだ日も登らない時間で、木々の間に見えるのは洞窟の入り口で見張りをする盗賊たちの刺青くらいだ。
「数は……増えていないみたいです」
今は移動してここにいないルルはそう言った。見張りは2体、洞窟の中に3体。できるだけ声を立てられずに制圧したい。なのでこちらの姿を見られる前に【投擲】で倒すことにした。
タビは洞窟の正面、ルルは右手から大きめの石を投げつける。盗賊たちは【回避】も持っていないしゆっくり狙うことができるので、急所に当てて倒すのもなんとかなる……とタビは計算した。
上手くいかなくても、その時はルルが支援しつつ白兵戦でどうにかなるだろう、と。
(まぁ盗賊って別ゲーだとゴブリンみたいなものだしな……)
基本的にVRゲームでプレイヤーが「人」と認識するエネミーは存在しない。類人猿以上に人間に近い存在をVRゲームで殺すのはいかがなものか、そういう言説が湧いたからだ。
タビは当時の表現規制派と反対派のやり取りまでは知らないが、結果として性描写などと同様に正しい判断の出来ない子供からは遠ざけておきましょうということで18歳未満禁止のゲーム以外でそのような描写を見ることはなくなった。従来のゲームに比べてVRゲームのリアリティがそれだけ高かったと言える。
そんなわけで全年齢対象のVRゲームであるERも当然、「人と認識出来うるもの」を殺すことはできない。
多くのゲームでは旅人や村を襲う盗賊のような敵には、総じて寒色系の肌を持ち、小柄ですばしっこく、悪知恵が働く小物――ゴブリンを使うようになった。多くのVRゲームで初心者が初期に依頼を受けるクエストと言えば「ゴブリンを討伐せよ」というのは語り草になっていた。
(この世界ではあんまり会いたくない魔物なんだよね……)
タビはまだ会ったことのないこの世界のゴブリンに思いを馳せる。ゲームとしてのERでは、ゴブリンの多くは魔王城周辺の斥候部隊・軽戦士部隊を務めていた。シナリオとしては最後の方にあたり、強力な上位種に率いられているためか耐久もそこそこ高く、何より統率がとれているので大変厄介だった。
(……とと、そろそろルルも配置につくかな)
タビは考え事で緩んだ頭を切り替えると、盗賊たちが見張りをしている洞窟の入り口を見た。まだ夜は明けていない。盗賊たちも夜襲の警戒が済んで眠気を訴えているように見える。
タビは予兆を見逃さないように盗賊たちをじっと見る。戦闘の狼煙はルルが上げることになっていた。
そうして彼らを観察すること数分。
ビュッ。
風を切る音が聞こえるとともに、タビは手に持った石を投げつけた。
直後「ガヒュッ」と空気のもれるような音を残して、右手に佇んでいた盗賊が吹っ飛んでいく。数mも吹っ飛んだ盗賊は、その左目が潰れていた。即死だろう。
ルルの投石にわずかに遅れてタビの投石も盗賊の喉に突き刺さる。こちらは喉を貫通した。即死ではないが、声を出すことはできない。速やかに近づいたルルがとどめを刺す。
タビはルルが盗賊の後始末をしている間に洞窟の中に入る。さほど広くないくぼみのような洞窟だ。目の前でいびきをかいている盗賊たちが起きる様子もない。
タビは手に持った短剣で速やかに彼らの喉を掻っ切った。
「それにしてもあっさりだったな」
「はい、怪我もなくて何よりでした」
タビとルルはお互いが倒した盗賊をストレージに収納すると、休憩の支度をする。盗賊は皮も骨も丈夫ではないので素材にならない。解体することなくギルドに持ち込めば処分してくれるので、そのまま持って行くのだ。
「【解体】は上げたいけど……」
「あはは……。おいしくないですからね……」
盗賊の討伐ができたので、サイヒの村では少なからぬ収入が得られる。盗賊はどこに現れるかがわかりにくく、討伐報酬が高めに設定されていることを聞いていたタビは、街に行ったら何をしようかと考える。
「街に着いたら宿とギルドと教会を探して……、あとは何をしようか。魔導書と地図は早めに探したいんだけど」
「……わたしも、そのあたりが優先だと思います。魔導書は金策しながらでもいいと思いますけど」
ルルは写経を思い出したのか少しげんなりしながら言う。ちなみに先日1冊目の写経が終わったので、それぞれ1種類ずつ使える魔法が増えている。
「うーん……、近場の様子を確認しないと何とも。採集依頼を受けてる空洞鉄鉱のありそうな場所とか近くにあるといいんだけど……」
「あ、それなんですけど……」
ルルはストレージから小さな石を取り出す。
「これって何の石でしょう。さっき奥の方にいくつか転がってたんで取ってきたんですけど……」
「んー?」
ルルから借りて見るとその石はタビの親指と人差し指で丸を作った程度の大きさで白く、金属質な割には軽く、確かに「空洞鉄鉱」のような特徴は兼ね備えている。
いるのだが……。
「わ、わからない……」
「……すみません」
タビとルルの片方でも【鑑定】の魔法を使えればすぐに分かったのだが、【ステータス念写】程ではなくとも入手難易度の高い魔法だ。少なくとも王都やそれに準じる街まで行かなければ入手できないだろう。
「とりあえず……集められるだけ集めておこうか。ギルドの人に聞いて、だめなら捨てちゃえばいいし」
「はい、わかりました」
二人は休息を挟みながら昼ごろまで謎の石の採集を続け、ご飯を食べてから来た道を戻った。東西連絡路に着いたところで野営の準備をして、少し早めに就寝した。
不寝番を起きながらではあったが、そもそも今日は朝が早かったのでゆっくりと寝れた。
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