06.名もなき村の暮らし

 翌日、朝一番でタビとルルは冒険者ギルドに顔を出した。討伐依頼と採集依頼の結果報告と報酬の受け取り、それからルルの冒険者章の作成のためだ。


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 ルル/従者 ギルドランクE

 依頼結果  討伐1/4 採集1/3 護衛0/0 その他0/0

 戦闘技術  なし

 主要討伐数 なし

 生産技術  【清掃】Lv2 【運搬】Lv1 【調理】Lv1

 踏破迷宮  なし

 その他   【従者】Lv1


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 報告前に討伐したので、骸骨ウサギの討伐と幽霊草の採集はルルにも結果が入っている。タビのギルド章も同様だ。これが増えたからと言って大きな利益はないのだが。

 ルルの持っているその他称号【従者】は主従が互いの称号の恩恵を受けられるというものだ。効果はゲームの時と同じなら【従者】Lv%。他の称号のレベルに応じて上昇するので、ルルが称号Lvを上げるのはタビのこの世界での暮らしやすさに直結する。


 今朝ギルドに来る前にタビが解体した骸骨ウサギは、耳だけになってギルドに納品された。【解体】のLvが低いため査定額は下がったが、いずれLvが上がれば元が取れるのでそのあたりを気にする必要はない。

 クエストクリア報酬を含めてぎりぎり魔導書を買える程度の金銭ができたので、<基本魔法・水の書>を購入してタビはルルのアイテムストレージに入れた。魔法の使い手は多いほどいい。ついでに解体用ナイフを2本、武器用ナイフを3本購入して簡単に戦闘のレクチャーをする。

 ルルは戦闘経験がないので、ひとまずは森林ウルフや蜜舐めヤギ1体を足止めできればいい。的の大きな胴体を狙って攻撃し、走って逃げているだけでもタビが楽になるだろう。


 この世界に来て3日目は、ルルと冒険に出るための準備で暮れていった。






 4日目は朝から村を出る。林道外れの泉に白磁の花を摘みに行くつもりだ。白磁の花があるあたりは花畑になっているらしいので、蜜舐めヤギの討伐もできるかもしれない。

 二人はたっぷりの朝食(今日の朝食はベーコンエッグトーストの他に、焼きイカと白髪ネギの和え物、長老鶏の脚とカブのスープだった。ルルはネギが苦手らしい)を摂ってから出かけることにする。


「それじゃあ行こうか」

「はい」


 タビの言葉に準備万端のルルはそう答える。ルルの恰好は昨日商店で買った動きやすい服になっている。シャツとデニムパンツ、スニーカーの姿はやや野暮ったいようにもみえるが、これから行く先が森の中であれば手足を守る装備は必須だろう。腰にはベルトを巻いて、やや肉厚のナイフが刺さっている。

 タビもまた来た時から着ているシャツとズボン姿なので、どこからどう見ても森の中で作業する二人にしか見えない。タビも剣を佩いていて、現代風のファッションに中世風の剣という違和感を除けば冒険者らしい冒険者に見えるだろう。


 二人は足音を立てないように気をつけながら(今後のために【隠密】の称号を入手したかった)、村の南の森を進み、時折現れる森林ウルフを倒していく。森の中で方角を見失わないため、時折交代で木に登っては方角を確認する……と言うのは建前で、歩いた部分だけとはいえ自動マッピングされるタビは【登攀】の称号を手に入れようとしていた。

 やや遠回りをしつつ、二人は昼前には林道外れの泉にたどり着いた。


「うわぁ……」

「これはまたいい景色だな……」


 思わず前のめりに景色を眺めるルルを横目に、この世界の冒険が初めてでないタビも思わず吐息を漏らす。


 泉自体はそれほど大きくなく、25mプール半分ほどの大きさでしかないが、泉にたたえられた水はガラスのように透き通っていて、かすかに魚が泳ぐ気配がしている。

 泉の西側には白磁の花の白い花畑が広がっていて、時折花が風にあおられてからん、からんと澄んだ音を立てている。白磁の花の合間を縫うように紅水晶の花が咲いていて、陽の光を目いっぱいに吸い込んではきらきらと赤く輝いている。

 壮観なのはタビたちがやってきた東よりから見る景色で、白と赤の花々が泉の水面に反射して、視界いっぱいに紅白のあでやかさが広がっていた。風が吹くたびに水面がかすかに揺れて、万華鏡のように景色が移り変わる。

 花々がぶつかる高い音が追いかけてくるのはその後だ。タビにはそれが視界一面を覆う風鈴のようにも思える。

 最後に白磁の花の爽やかで甘い香りがやってくる。蜜舐めヤギが好物としているだけあって遠くからでもわかる特徴的な香りだが、咲き誇る白磁の花の数に比して不快な強さではない。


 ルルはさっそく駆け出して、花畑へとおそるおそる飛び込んでいく。花を割ってしまわないように気をつけながら歩き、途中で白磁の花の採集が必要なことに気づいて、ルルが寝転がれるだけのスペースを選んで摘み取った。

 タビもルルが寝ころんだ近くの白磁の花を摘み取ってストレージに入れ、横になる。投げ出した手がルルのてのひらに触れた。ルルは驚いたように手をどかす。


「大丈夫だよ」


 タビがそう声をかけると、ルルの手が探るようにタビの手を覆って、てのひらの中に落ち着いた。


(暖かいけど、力をこめたら壊れてしまいそうだ)


 タビは柔らかく手を握る。繋がれた手は花々に覆い隠されて、どこか二人だけの秘密のようだ。


 改めて周りを見れば、横たわって見る花畑は先ほど見た花畑とは違った印象がある。花々に隠れた茎は青々として立ち並び、タビにどうやって立っているのかと考えさせた。ひんやりと肌の上に垂れる白磁の花は優しく肌を撫で、紅水晶の花は尖った花びらで衣服をつつく。

 二人はしばし寝ころんで花々の歌を満喫した。


 日が完全に昇って暖かくなってきたころ、タビとルルはゆっくり起きだした。

 あたりの花々を摘んでスペースを作り、シートを広げる。ストレージからパンと干し肉を取り出し、干し肉を火魔法で軽く炙ってパンに挟んで食べる。保存用に濃い目の塩で味付けされた肉と薄味のパンをうまいこと調整しながら2つほど食べたところで満腹になる。


「うーん、出なかったな……蜜舐めヤギ……」

「わたしたちがいたからでしょうか」

「そうかもなぁ……。今度来るときは木の上に登って隠れて探してみようか」


 結局夕暮れまで現れなかった蜜舐めヤギの代わりに、タビとルルの手にあるのは清泉アユだ。泉に住んでいた魚で、手づかみで何尾か捕まえて塩焼きにしておいた。食べたいときにストレージから出せば熱々のまま食べられるのは大変便利だ。


 タビとルルは暗くならないうちに身支度を整え、来た時同様音を立てないこと、木に登って方角を見失わないことに気をつけて村に帰った。途中、木に登ったタビが見つけた森林ウルフをこっそり近づいたルルが倒して【奇襲】の称号を手に入れたときは、二人で一緒に喜んだ。

 村に戻った二人は持ち帰った白磁の花と森林ウルフを報告して帰宅して寝た。







 さらに2日の間、タビとルルは村の西側で森林ウルフの狩りをした。個体数の少ないグループにタビが先制攻撃して、逃げようとしたところを隠れたルルが倒すという作戦で、【隠密】や【索敵】を上げながら森の中を駆けずり回った。一度だけ30匹近い森林ウルフの群れに囲まれたときはリスポーンやむなしと考えたタビだったが、比較的行動がわかりやすい森林ウルフ相手に【回避】を上げられることに気づいてからは積極的に回避盾の役割をこなしていた。

 大変だったのは戦闘が終わった後で、基本的には戦うたびに森林ウルフを解体していたのだが群ればかりはどうにもならず、結局解体しないままギルドに持ち込むことになった。資金に余裕があれば未解体のまま持っておくのに、とタビは悔しそうにした。


 翌日は再び林道外れの泉にやってきて、今度は樹上から観察して何体かの蜜舐めヤギを討伐した。

 蜜舐めヤギは主に紅水晶の花の蜜を好んで食べるヤギで、長く生きれば生きるほど紅水晶のように毛が赤く変わっていく。紅水晶のような赤い蜜舐めヤギはかなりの長寿で、このあたりで手に入る武器では到底倒せないのだという。

 幸い二人が出くわしたのは体毛がほぼ真っ白な蜜舐めヤギだけで、二人で石を投げて昏倒させ、動けなくなったヤギにとどめを刺していくという身も蓋もない戦術で勝ちを収めた。

 こちらは数が少なかったのでその場で解体し、特に若くても赤い巻き角は綺麗に剥がすことができたので高く売り払えた。


「結構溜まったけど、魔導書をもう一冊買ったらカツカツかな……? ルル、もう一泊してから出ようか」

「……? うん」


 タビはそう決めるとルジェにもう1泊ぶんの宿賃を払って宿泊した。


「もうちょっといてくれたら嬉しかったんだけどなー」

「これ以上いたら別れが辛くなるからな」


 ルジェの嘆きをタビは「いつかは来ることだ」と一蹴した。ルジェは寂しそうに「それもそうね」と頷いたが、すぐに立ち上がると夜食を作り始める。その日の晩のシチューはあたたかく、これまでこの宿で食べてきた食事の中で一番の出来だった。






 タビがこの世界に来てから8日目、いつものように狩りに出かける前に、タビは村の商店に寄る。


「いらっしゃい。頼まれていたもの、届いてるぞ」

「よかった、間に合ったようで」


 店主が取り出したのは<基本魔法・風の書>だ。1週間前に<基本魔法・火の書>を購入したとき、タビが店主に頼んで取り寄せてもらったものだった。

 ゲーム時代のERではここから旅をする場合、3種類目の魔法があるとないとでは快適さがぐっと変わってくる。その前に取り寄せることができて助かった。


「っつうことはやっぱりこの村から出てっちまうんだな……。寂しくなるぜ」

「まあな。つっても俺はアンタとあまり話をしてない気がするが?」

「噂にはなってるからな。こんな世界で暮らしてると娯楽がいくらあっても足りないからなぁ」


 からからと笑う店主を後目に、タビはこの<基本魔法・風の書>をどう使うかを考える。

 もともと頼んだ時は3種類の魔導書を全部自分で使うつもりだった。しかし今となっては当初の計画にはない従者ルルが存在する。

 どうしようかなと考える時間はさほど長くない。風魔法は攻撃から移動補助までなんでもできる。そういう魔法はルルに渡して早めにレベルを上げてもらった方がいい。


「ま、何にせよ助かったよ。ありがとう。また明日の朝冒険用の機材を買いに来るから」

「おう、こちらこそ! じゃあおススメ準備しとくぜ!」


 タビは店を出て<基本魔法・風の書>をルルに渡すと、少し相談してから名もなき廃墓に向かった。


「よし、じゃあ村を出る前に掃除しちゃおうか」

「はい、ありがとうございます」


 タビとルルは時折現れる骸骨ウサギを魔法で倒しながら、墓地の掃除をした。ルルが習得した風魔法でほこりや土を飛ばし、水魔法で墓石を洗っていく。


「タビお兄ちゃん、ありがとうございました」

「いや、俺は何もしてないから」


 丸一日かけて墓掃除をしたルルは寂しそうに(そして少し疲れたように)笑った。多分、喜んでもらえたのだとタビは思う。

 タビは人の考えを推し量るのが苦手だった。20代の大半を論文とERに捧げたのだからある意味では当然だし、10代までは社会にたいして感じた不快感から人付き合いをほとんどしなかった。

 もう少しそういうことを学んでもよかったのかなと、この時タビは初めて思った。まさかERの世界に来て1週間で自分の考えが変わるとは思っていなかったタビは、さらに驚く。

 何にせよ、ERでのタビの暮らしはまだ始まったばかりだ。のんびりとやっていけばいい。ここには彼を脅かすものは存在しないのだから。






 タビとルルは翌朝、ギルドでギルド章の更新と、商店でキャンプ用品の調達をしてから村を発った。

 村にいたのは8日ほどだが、やけに長くいたような気がしたし、何人もの村人に見送られてルルは少し泣いていた。


――――――――――


 タビ/放浪の民 ギルドランクD

 依頼結果  討伐3/4 採集2/3 護衛0/0 その他0/0

 戦闘技術  【剣術】Lv2 【火魔法】Lv3 他8種

 主要討伐数 【駆狼ウルフ】Lv3 【骸骨スケルトン】Lv3Lv3 他1種

 生産技術  【解体】Lv2 【採集】Lv1 他3種

 踏破迷宮  なし

 その他   なし


 ルル/従者 ギルドランクE

 依頼結果  討伐3/4 採集2/3 護衛0/0 その他0/0

 戦闘技術  【水魔法】Lv3 【投擲】Lv2 他7種

 主要討伐数 【駆狼ウルフ】Lv2 【野羊ゴート】Lv1 他1種

 生産技術  【清掃】Lv3 【運搬】Lv1 他2種

 踏破迷宮  なし

 その他   【従者】Lv1


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