9章 ゴール王国のひみつ

第87話 謎な依頼。そして綱渡りな私

「王都ゴールに手紙を届けてくださらんか」


 依頼主はガンダさん。


 オータムさん経由で貰った依頼だった。

 庭でいつも通り稽古していると、セイレスさんがやってきて


「クミ様。オータム様がお呼びです」


 って言われた。

 雇い主の要望だし、当然すぐに食堂に出向くと。

 いつも通り、テーブルの椅子のひとつを引いて、腰掛けてる黒づくめの美女・オータムさん。


 足を組み、腕を組んで待ち受けていた。

 そのスタイル、とっても様になってる。

 長い黒髪も艶やかで、身体のラインもすごく綺麗だし。


「クミちゃん、悪いわね。稽古の予定を狂わせて」


「いえ。雇われてる身ですから」


 オータムさんの気遣いに、恐縮する。

 稽古着のブルマー体操着のまんまで、オータムさんの前で気を付けの姿勢。

 

 着替えようかどうか迷ったけど、呼び出しされてるのに待たせたら怒られるし。

 このままで出て来た。


「実は、クミちゃんを指名で依頼が来ててね。アイアさんも一緒よ」


 で、言われたことがそれだった。


 ……最近、アイアさんと仕事すること、ホント多いなぁ……。

 ま、別に嫌じゃ無いんだけどね。


 アイアさんは求道者で、他人の価値観も大事に出来る人だし。

 その辺が分かった時、オータムさんには抗議をしておいた。


 オータムさん、誤解してたからね。

 アイアさんが独身至上主義者で、既婚者や恋人持ち、婚活している女を敵視してるって。


 普通はこういう事、他人に説明して分かってもらおうとしても拗れるだけだからしない方が良いと思うんだけど。

 オータムさんは聡明な人だから、ちゃんと説明したら分かってもらえると思ったから、私はした。


 言われてオータムさん、バツの悪い顔をして


「……うーん……まぁ、反省するわ。面倒だから踏み込むのやめようと思ってたのは正しいしね」


 って言ってくれて。


 嬉しかった。


 と、話を戻して……


「どんな依頼ですか?」


 当然、そこを確認。

 まぁ、どんな依頼だろうと、アイアさんが一緒なら大丈夫でしょ。

 最近じゃ息もピッタリ合うようになって、バディで通る感じになってきてるし。


「ん、それは依頼主に聞いて欲しいわ。どうも、情報出したくないらしくて」


 ……えっと。


「それ、大丈夫な依頼なんですか?」


 私は聞き返した。


 依頼の内容を言わない。

 普通「それ、大丈夫?」って思われるよね?


 そんな依頼を。どうしてオータムさんは受けて来たのか……?


「大丈夫よ」


 言われて納得した。


「だって、依頼主はオロチの神官のガンダ・ムジードさんだし」


 だって。


 あ、さいですか……。




 で。

 いつもの緑色のブレザー風戦闘服を着た上に、革鎧を着こんで、指示通りに依頼主のガンダさんの貧乏長屋に出向いた。

 先にアイアさんが来てたので、家に入ると手招きされた。


「クミさん、はやく!」


 居間に上がってるアイアさんが、座布団に座りながら呼んできた。

 今日のアイアさんはいつもの鎧は着ておらず、普段着の男装姿。

 私は手早く靴を脱ぎ、隣の座布団に座った。


「お邪魔します。ご用件は?」


 ガンダさんの前に座って、そう一言。


 すると。


 王都へのお使いを頼まれてしまった。

 手紙をね、王都ゴールのオロチ神殿に届けて欲しいらしく。


 何で自分で行かないのかと思ったけど。


「事情があるんでござる」


 って。


 まぁ、誠実なガンダさんがそう言うんだから、きっと本当に事情があるんだろう。

 教えてくれなかったけど。


 で、手紙を渡されて。


「期限は特に設けないでござるが、なるべく早くお願いするでござる」


 だって。

 そして、こうも言われた。


「オロチの神殿に着いたら、司祭長をされているダイソー・ウジョウ殿にこの手紙を渡す様に頼む際、こう言うでござる」


 メシアの瞳案件だ、と。


 ……メシアの瞳?


 何それ?

 聞いたことが無い。


 隣のアイアさんを見たけど、アイアさんも知らないみたい。


「なんですかそれ?」


 聞くと。


「……説明できんでござる。言葉だけを丸暗記してくだされ」


 ……むむむ?


 危険な香り。


 これはひょっとして……


「他言無用な言葉ですか?」


「いかにも。さすがクミ殿。察しが良いでござるな」


 んー。

 これは大変な仕事ですよ?


 ……色々確かめたいことはあるけど……

 これは大丈夫かな?


「何でそんな重大な仕事を私たちに?」


「他言無用、というところと関係あるでござる。どう関係あるかは言えんのでござるが」


 でも、とガンダさんは続ける。


「ダイソー司祭長に面会できれば、教えていただけるかもしれんでござる」


 ……ほっとんど分からない返答。

 推理はできるけどねー。


 つまりだ。


 私たちにできるだけ情報を与えたくないから、何も言えない。

 それぐらい秘密にしたい事柄。それがメシアの瞳。

 ここからの想像だけど……


 私たち、そのメシアの瞳っていう事にどっかですでに関わってて、それをそれとして認識して無いだけとか?

 でも、関わってるのは間違いないから、私たちはすでに謂わば「汚染されてる」状態だから。

 汚染人数を増やさないために、汚染された人間の中で、今回の依頼を果たせそうな人をチョイスしたら私たちだった?


 あくまで想像。

 正しい保証は無い。


 確かめることもできない。


 うーん、これは……考えるのをやめた方が良いかもなぁ……。


 名指しで依頼が来て、依頼者がガンダさんである以上、受けないと多分色々多方面で困ることになる依頼だと思うので、断るのはありえないけど。


「分かりました。お受けします」


 私はそう答えて、それ以上は聞かなかった。




「サトルさん、お義父さん、お爺さん。実は、仕事で明後日からしばらく王都に行くことになりまして。期間は10日くらいになると思うんですけど」


 夕食の席で、私は食事の準備を整えながら家族にそれを連絡した。

 大切な事だからね、


 焼き魚と、みそ汁と、漬物と。

 白ご飯をよそって、家族分のお膳を出しながら。


「お、王都?」


 一番に反応したのはお爺さん。


「若い時に、修行のために少しだけ滞在したことがあるの」


「僕は行ったこと無いなぁ。一度、こいつの母親を連れて行こうと思ったことあったんだが、体調悪化があって諦めたことが……」


 おふたり、思い出を語ってくれた。

 特に不満の様子は無い。


 でも。


「申し訳ありません。ご迷惑をお掛けします」


 働き手が家を空けるから、その分家の労働力が低下する。

 そこは申し訳ない。


 頭を下げる私。


 一応、おふたりとも「いつまで冒険者をやるつもりなんだ?」って言わないけど。

 内心、思われてるかもしれない。


 うう……


 正直、後ろめたさがある。

 辛い……


 でも、私としては冒険者を続けない選択肢が今のところ、無いんだよね。

 安全保障的に。


 何故って……


 トミの問題があるから。


 もうひとりの私……前の世界での私、道本徳美という女の子の記憶を引き継ぎ、元々私が2つ持っていた異能の片方を引き継いだ女の子。

 異能使いにして、究極混沌神官・自由王フリーダの直属の部下……らしい。


 前に、遭遇してしまったときに、そのあたりを教えられた。

 そして、彼女は私に怒りを持っていた。


 でも彼女


 勝手に新しい家族とよろしくやってろ。


 私にこう言った。

 私をどうこうするのは、彼女の正義に反するらしい。


 だったら、冒険者を辞めてもいいのでは?

 元々、冒険者に再就職したのは、戦える力を身に着けるためだよね?


 うん。

 それはそうなんだけどね……


 でもさ、トミの言う「勝手にやってろ」はただの口約束みたいなもんだから。

 一方的に「あれは嘘よ」って言っても、トミには何のペナルティも無いんだよね。


 だから、ここで私が冒険者を辞めてしまうと、相手の気が変わったときに何の対応も出来ない、無防備の状態になってしまう。

 それはダメだから……。


 トミの問題が完全決着しない限り、私は冒険者を辞めることは出来ないんだ。


 ……で。


 今になって、さらにいっこ問題が出てきちゃった。

 ちら、と私は自分の隣に座ってる男の人……私の夫のサトルさんを見た。


 私、今、この人の子供を授かろうとしてるから。

 妊娠中の問題が気になってる。


 まぁ、前から営みはしてたし。

 うっすらとは考えてたんだけどね。


 でもこの間からその想いが強くなってしまって。

 どうしてもサトルさんの子供を産みたいって。


 そして、より、その問題を正面から考えるようになってしまった。


 ……妊娠中を好機とみて、トミが襲ってきたらどうしよう?

 そうなったら、私どうすれば……?


 私だって女だから、妊娠中の女を襲うなんて相手が敵でも抵抗あるつもりではあるけど……

 前の世界での記憶に引っ張られ、混沌神官の手下になってしまったあの私もそうである保証は無いわけだし。


 思い込みで対策打たないのは危険すぎる。


 で。


 私が今考えているのは、オータムさんやアイアさんに「こいつは失いたくない」って思ってもらおう、ってことで。

 で、妊娠中で一番大事なときを守ってもらえるようになろう、と。

 そのためにも、仕事は全力で頑張るようにしようと思ってるんだけど……


 私は、自分のお腹をそっと撫でた。


 ここに入るサトルさんの子供。

 その子が女の子だったら、ちょっとまた問題あるなぁ……。


 いやね、別に女の子が嬉しくない、ってわけじゃないんだけど。


 冷静に考えると、男の子を産んどかないとまずいな、って。


 何が?


 ……いやあ。


 この家って、代々研ぎ師をしてるわけですよ。

 サトルさんだって、子供の時から職人のイロハを教育されて。

 寺子屋出た後は本格的に厳しく指導されて、今があるに違いないんだよね。


 誰に?


 そりゃ、お義父さんに。


 ……とすると……。


 子供に男の子が居ないと、サトルさん、自分の娘にそういう指導をしなきゃいけなくなるわけで……。


 ……出来るの?

 そこが、はなはだ疑問だった。


 サトルさん、私がよほどとんでもないことをしない限り、詰ったり厳しく言ったりしないんだよね。

 そんな人に、女の子の、しかも我が子相手に、厳しい指導が出来るかなぁ?


 ……私は、無理、と踏んでいる。

 だから、男の子を産んどかないとマズイ。


 男の子を産めなかった場合は、婿養子に来てもらうことになるけど……

 その場合は、この家の工房に入門してきた、将来有望な若手職人さんかな?

 その人と、半ば強制的に娘に結婚してもらうことになるわけで……


 うーん、それちょっと、可哀想でしょ。

 上流階級の家でも無いのに。


 だから、一番丸く収まるのが「私が男の子を産む」ことなんだよねぇ。


 でも、こればっかりは運だと思うし。

 産んでも産んでも女の子、って場合、考えられる。


 そうすると……


 妊娠中は当然仕事できないから、オータムさんとしては戦力ダウン。

 産休あけて復帰しても、すぐさま次の子を妊娠。


 次から次へとサトルさんの子供を産み続けていたら、そのうち、こんな事を言われるかも。


「クミちゃん。ゴメン。限度があるわ。戦力にならない人をいつまでも助手に置いておけない。解雇で」


 ……血の気が引くけど、ありえると思ってる。

 そうなると、最悪無防備な状態で放り出されて、トミの前にまな板の上の鯉状態になってしまうことも……。

 それは困る。絶対に困る。


 とすると。


 早期にトミとの決着をつけて、冒険者を辞めるか、それともなるべく少ないお産で、サトルさんの息子を産むか。

 どっちかだよねぇ……


 うん。私。


 結構綱渡り。

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