第47話 弱すぎる盗賊たち

★★★(アイア)



 矢の風切り音を聞き取った。


 瞬間的に「来た」と判断し。

 その矢が何を狙っているのかを、瞬時に読み取る。


 ……まず、逃亡を防ぐために馬を排除。


 普通なら、御者を最初に始末するところだろうけど、今回の場合は御者を殺すと、略奪品がひとつ減るからね。

 賢明な判断だよ。


 ……女として評価してくれてドーモ。全く嬉しくないけどね。


 と、空中で矢をキャッチして考えた。

 御者台から飛び出して、馬の頭を狙っていた矢をキャッチ。

 馬に死なれると、色々困る。


 キャッチして、前回り受け身を決めて、着地。


 くるり、と身体を回転させて片膝立ちの姿勢で着地すると、茂みからゾロゾロ、ゾロゾロ。

 出てくる出てくる。


 スケベそうな笑みを浮かべた、汚い格好の盗賊ども。

 私たちを値踏みしている視線が気持ち悪くてたまらない。


「へへ……」


「見ろよ。2人ともかなりの上玉だ。……片方背が高すぎるが、まあ、それも売りになるかもしれん」


 ……勝手に商品価値について皮算用しないで欲しい。

 って言っても通じないか。


 しかし……


 全身鎧を着て、こうも身軽に動ける私を見て、よく皮算用できるね?

 何か変だ、この女おかしいとか思わないのかな?


 全身鎧で、飛び出して前回り受け身だよ?

 男でもこんなことできるやつ、居ないよね?

 おかしいと思わないの?


 ……あ、外套着てるから見えて無いのか。こいつら。


 こいつはどうもすみませんでした。


 すっくと立って。


 ……さーて、どうしよう?


 いきなり、私はちょっと考える。


 馬の命を守ること優先で、愛用のヒヒイロカネ製両手持ち戦斧「ビクティ2せい」を荷馬車に置きっぱなしなんだよね……


 取りに戻ること、許してくれるかな……?


 無理か……? さすがに……?

 しかし、そうなってくると……


 素手でこいつらとやりあわないといけなくなるんで。

 必然、急所を攻撃して、戦闘不能に追い込むやり方を選ばざるを得なくなるけど……


 相手、武器持ちだから、こっちも殺す気でいかないとマズイ。


 ……アジトを探りたいのもあるし、無用に死人を増やすのは気分良いものでもないから、あまり歓迎すべきことじゃ無いよね。

 ホント、どうしよう……?


 別に焦ってはいなかったけど、ちょっと悩んだ。

 困ったなぁ……


 そしたら、だ。


 盗賊たちがどよめいた。

 何事……?


 そう、一瞬思った。


 ……どうも、私の後ろが問題のようで。


 確認するとよそ見になるから良くないけど、しないわけにもいかないよね……

 気をつけて、振り返る……?


 その決断を選択肢に入れようとしたけど。


 ……しなくても良くなった。


 スーッと、滑るような速度で、宙に浮いたクミさんがやって来たからだ。

 私の頭越しに。


 ……周囲に浮かべた複数の鉄の棒と共に。



★★★(クミ)



「雷の精霊よ。私に鉄を操る力をお与えください」


「雷の精霊よ。私に空を舞う力を」


 口の中で、ぼそぼそと呪文を唱えた。

 雷の精霊魔法の「操鉄の術」と「飛翔の術」だ。

 1日に計3回使える、私の魔法コンボ。


 唱えて魔法を発動させると同時に、ダミー大荷物の袋の封を解いた。

 袋の中から出てくるのは、鉄の棒だ。


 このコンボを人間相手に有効活用するために、ついでに用意しておいたんだよね。


 さーて、ぶっ叩くぞー☆


 ふわり……と7メートルくらい宙に浮きつつ、私は鉄の棒も複数宙に浮かべた。


 この鉄棒で、盗賊どもをメッタ打ち。

 多人数を相手にするときの私の対抗手段。


 手や足を骨折すれば、戦いどころじゃなくなるよねぇ……?


 安心して。殺すのは避けるから。

 ……あくまで避けるだけだけどね。


「こいつ、魔法でも使えるのか!?」


「ちきしょう! こいつは危な過ぎて売り物にならねぇ!」


「背の高い女の方だけ殺すな!」


 ……勝手なことを言ってくれちゃって。

 あなたたちに売られなきゃいけない筋合い、無いから。


 ……よし。ぶっ叩こう!


 ヒュッ!


 矢が飛んでくる。


 ……そんなの、当然想定済み。


 むしろ、そのために飛翔の術を使ったんだから。


 宙に浮くことで、矢が飛んでくる方向を、地上からのみに絞れるからね。

 そうすることによって……


 私は、地上に向かって指を差す。


 ぎんっ!


 足元。そこに出現する氷の盾。

 氷結防壁。


 地上から飛来してきた矢を全てはじき返した。


 射線を絞れれば、防御も楽になるからね。


 そして同時に。


 びゅん!


「ギャア!」


「痛え!」


 鉄の棒で、鎧でガードされてないところを狙ってぶっ叩く。

 さすがに全部命中ってわけでもないけど、棒を持つ人不在で。

 磁力で操られた鉄の棒が複数、殴ろうとすっ飛んでくるわけで。

 連中、回避で手一杯だ。

 棒を掴んで止めようとした奴もいたけど、そういうのはすかさず別の棒でつま先だとか顎だとか、脇とかノーガードなところを狙って叩いてあげた。


「ちきしょう! やめろ!」


 棒を掴めば、動きが停止したところを他の棒で殴られる。

 その厄介さに、連中の1人がそんな声をあげた。


 やめろって。


 そこは


 つま先、アゴ、ワキやめろ!


 でしょうが!

 棒で殴られるときの基本でしょ!?


 全く、この世界の盗賊ときたら……


 そうこうしているうちに。


 ドカッ、と盗賊の1人が吹っ飛ぶ。


 ……そこに居たのは。


 両手で、刃の部分が自分の上半身ほどもあるバカでかい両刃の戦斧を構えたアイアさん。

 特に何の表情も浮かべないで、仕事に徹してる感じの顔で、斧を軽々と構えている。


 さっき吹っ飛ばされた盗賊は、その斧の頭で平手打ちのようにぶん殴られて吹っ飛んだのだった。

 ……あの斧、一体何キロあるんだろ?


 あの大きさだと、50キロは余裕である気がするんだけど……。


 今叩かれたやつ、生きてるのかな?


 まぁ、刃の部分で真っ当に斬られたら、鎧着てても確実に死にそうな気がするし。

 それよりはマシなんじゃないの?



★★★(アイア)



 クミさんが動いてくれたおかげで、問題なく荷馬車の方へ愛用のビクティ2せいを取りに行くことが出来た。


 宙に浮いたクミさんが、地上の盗賊たちを鉄の棒で叩いている。

 クミさん、魔法も使えたのか。


 さすがは、オータムさんの助手だ。


 複数の鉄の棒を器用に操って、盗賊のつま先、顎、脇を叩いている。

 上手い。


 つま先を殴ることにより、意識を下に集中させ、すかさず顎を一撃。

 怯んだところに、脇をぶん殴る。


 手慣れてるよ。

 私はクミさんの仕事に舌を巻いてしまった。

 きっと、相当訓練を積んだんだろうね。


 オータムさんは「サポートしてあげてね」って言ってたけど。

 彼女、そんなものは要らないのかもしれない。


 それぐらい、見事な仕事だった。


 ……私も負けてられないな!


 ズシン、ズシンって足音になってしまう。

 ビクティ2せいを持ってるときは。


 だって、私の体重が鎧の重さと合わせて3倍超になるからね。


 おかげさんで、男と戦っても体重差で吹っ飛ばされることもなくなるんだけど、足音がドラゴンか象みたいになるのは正直引っ掛かるものが無いわけでもない。


 ……体重の重さを気にしてしまうのは、私らしく無いんだろうか?

 でも、気になるものは気になるんだよね……っと。


 ブンッ!!


 ドガシャ!


「はるばっ!?」


 私が連中に近づいて、斧の腹で横殴りに盗賊の1人をぶっ叩くと。

 そいつは水濡れ雑巾をぶん投げたようにすっ飛んで、岩に当たって停止した。

 ピクリとも動かない。


 まあ、殺す気は別に無いんだけど。

 無事に済ます配慮も別にして無いしなぁ。


 まあ、頑張って。


「……さぁ、次は誰が吹っ飛びたい?」


 そう、微笑みながら言ってあげると。

 盗賊たちの顔色が、真っ青に変化した。



★★★(クミ)



 アイアさんが本格参戦した後は、決着はすぐだった。

 連中、勝ち目が無いと分かるや否や、投降したのだった。


 で「殺さないでくれ」と泣いて謝って来た。


 ……まあ、連中がこれまで何をやってきたかは知らないけど。

 私は別に裁く立場に無いわけだし。


 仕事だけ完遂できればそれはそれで。


 連中を縛り上げて道端に座らせて、隣で腕を組んで見下ろしているアイアさんを見る。

 アイアさんは、とても厳しい表情を浮かべていた。


「……どうします?」


 アイアさんを見上げながら、そう聞く。


「……こいつらだけのはずないから、アジトの方も片付けなきゃ」


 アイアさんの意見。

 それは、もっともかもしれない。


 こんな10人ばかりの盗賊団退治が、それほど大掛かりになるとも思えないし。

 報酬額、結構多かったからね。

 一般的なノライヌ退治より高かった。

 

 だから、馬車を借りるって選択肢も取れたんだ。

 元が取れるから。


 それは、こいつらからの被害がどれほどのものかを物語っているはず。


 それなのに。 


 少数精鋭の、練度が高いやつらって感じもしなかったから。

 とてもこいつらで盗賊団は全員である。


 そうは思えない。そこは同意だった。


「アジトに案内しなさい」


 そう、アイアさんは有無を言わせぬ強い口調で言うんだけど。


 私としては


 ……吐かせるために、もしくは案内させるため、拷問なんかをしなきゃいけないのかな?


 それが気になって、ちょっと嫌な気分になる。

 私、別にサドガ島に隔離されるような性癖持ってないし。

 仕方ないこととはいえ、痛めつけるために暴力を振るうのはちょっと抵抗が……


 でも、そんなこと言ってられないよね……


 どうしよう……?


 さっきの鉄の棒で、延々「つま先、顎、脇」を殴り続けようか……?


 そう、思案していたら。


「案内します!」


「是非、案内させてください!!」


 ……連中。

 全く躊躇なくそう言って来たんだよね。

 笑みすら浮かべながら。


 そのときは「躊躇なく仲間を売るとか。なんて卑しい連中なんだろう」って思ったけど。


 ……もうちょっと、考えるべきだったかもしれないなー。

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