第45話 危ない仕事
★★★(クミ)
「クミちゃん、依頼もらって来たわ。盗賊退治に行ってくれる?」
……来た。
私はそう思った。
オータムさんに庭で稽古中に声を掛けられ、その場で仕事の予定を伝えられたのだ。
今度、盗賊退治に行って来て欲しいって。
ちょっと離れた街道で、盗賊団が暴れ回ってる場所があって、商人ギルドが街道の安全のために盗賊退治の依頼を冒険者の店に出したんだそうで。
それを、オータムさんが「ちょうどいい」と思って拾ってきたようだ。
人間と戦って、勝利できるようになるために。
……対人戦。
無いわけじゃない。
1回、本物の混沌神官と対峙しているし、さらに言えば、まだ異能に目覚める前。
犯罪者に騙されて売り飛ばされそうになったとき、無我夢中だったけど、立ち向かった。
(そのときに異能に目覚めたんだけどね)
でも、こんな風に、最初から戦うこと前提で立ち向かうのは初めてだった。
「盗賊……」
「言いたいことは分かるわ。でもね。これは避けられない事のはずよ」
オータムさんは、諭すようにそう言ってくれる。
分かる。
だって、私が冒険者を志す羽目になったのは、もうひとりの私の存在が原因だから。
いざ、もうひとりの私が私に襲い掛かってきたとき。
悲鳴をあげて逃げ回るか、戦える人の後ろに隠れるしかない。
そんな自分で居るのはまずい。
生殺与奪の権を、もうひとりの私に握られた状況で甘んじるわけには。
それがあったから、私は冒険者になった。
だったら。
魔物相手だけでなく、邪悪な人間を相手に立ち向かって、勝利をもぎ取れる自分でいなきゃ。
当然の帰結でしょ。
だから、これは避けられない選択。
そこは分かるし、納得できるけど……
「スミマセン。ひょっとして1人で行けと仰いますか?」
「そんなわけないわ」
……良かった。
人間相手に戦うのに慣れてない私が、思わぬ反撃を受けて返り討ちに遭う。
ありえる展開だし、それを避けるためにも1人で出撃は避けたかったから。
そしたら。
「アイアが一緒よ」
……神様。
実は、あれからアイアさんと接触できてない。
オータムさんは「向こうはきっとあなたと関わりたいと思ってるはず」って言うけど。
何も接触できてないんじゃ、不安になるわけで。
ひょっとしたら「あんな良い子が結婚してるなんて! きっと洗脳されてるんだ! 離婚を説得してあげないと!」なんて思ってるかもしれないわけだし。
もし、そんなことをしつこく言われたら、私、多分暴れだすと思う……。
私、サトルさんと結婚したことは全く後悔して無いし、馬鹿にされる筋合いも無い。
もしそのことについて何か言う人がいれば、喧嘩を覚悟してくださいと言ってやるくらいは、怒っちゃう。
……無論、殴り合いこみで。
そうならないで欲しいなと思うんだけど、分からないよね……。
前の世界でも、ああいうタイプの主張をする人、自分の主張が真理だと思い込んでる人、多かったから。
アイアさんがそうであるとは限らないけど、もしそうだったら嫌だ……。
そうこうしているうちに。
その日がやってきた。
冒険者の店で、道具を一式揃えて、アイアさんを待つ。
保存食よし。
ランタンよし。
火口箱よし。
毛布よし。
テントよし……。
「こんにちは」
私がテーブルで荷物の確認をしていると、アイアさんがやってきた。
あの日からしばらくぶりの再会のアイアさんは、鎧フル装備。
兜を小脇に抱えて、でっかい戦斧を肩に担いだ格好で。
うーん。頼もしい……。
すごく頼りになりそう。
大きいし。シャンとしてるし。
見た目だけでも、ドラゴンだって相手に出来そうなくらい。
姿は本当に頼もしいんだけどなぁ……。
「……アイアさん。今回はよろしくお願いします」
私は頭を下げた。
とてつもない不安を感じながら。
★★★(アイア)
来ちゃった。この日が。
……この子、嫌いじゃ無いというか、むしろ印象良いんだけど……。
喧嘩になる予感が、どうしても、する。
最初に出会ったときと同じ格好。
緑色の服の上に、革の鎧の装備。
武器として持ってるヒヒイロカネの杖。
そして背負っているでっかい背負い袋。
丸眼鏡、今日も良く似合ってる。
嫌な感じなんて、全くしない。
だけど、拭えないんだ……。
不安が。
こんな子と喧嘩したくないなぁ……
私の味方をしてくれて、男たちに謝罪させてくれたし。
あそこで好きになってしまったのに。
……念のため。
友人として、だよ?
そんな子に
「アイアさんの考え方、どうかと思います。拗らせてないで、素直になるべきです」
なんて、説教されたらどうしよう。
絶対に平行線だし、この子、頭は良いハズだから、多分色々言ってくるだろうなぁ……。
そうなった場合、私はどうなってしまうのか。
そのときの自分の反応が予測できない。
発狂して暴れるのか、穏やかに去るのか。
……説得される、ってのは絶対にありえないけど。
もしそうなったら、それは私じゃない。
「こちらこそ。よろしくお願いします」
クミさんが頭を下げてきたので。
私は、自分も頭を下げた。
「実は、盗賊退治の依頼を片付けるのは初めてで」
「聞いてる」
並んで、街を出る手続きの順番待ちをしているとき。
クミさんは私にそう告白し、話を切り出してくれた。
「至らないことがあったら容赦なくご指摘をお願いしますね」
「……例えば何を予想してる?」
聞いてみた。
彼女が考える「至らない事」って?
そしたらわりとすぐに答えが返って来た。
「……まともに攻撃できなくて、窮地に陥っちゃう」
「ああ、それなら大丈夫。クミさんが自分の感覚でやればいいよ」
無理しなくていいから。
……言外に「盗賊の完全抹殺に拘らなくていい」って言った。
かくいう私も、魔物相手なら抹殺第一で動くけど。
人間相手だったら、一応「斧を鈍器として使用するやり方」でぶっ叩き、戦意を喪失させる方向で動くようにはしてる。
むやみやたらに人間を殺すのは、私も気分悪いし。
ほとんどの奴らはそれで震え上がって、この場で殺されるよりはマシだと投降するんだけど。
……中には「諦めない」もしくは「この女、人を殺せないのでは?」と判断し、逆手に取ろうとするやつがいて。
そういうのは、仕方ないから「殺る」ことにしていた。
……誇ることじゃ無いけどね。
こういう仕事を選んだ時点で、それについては覚悟してるよ。さすがに。
はじめて盗賊を始末したときは、気分悪くて悪い夢を見た。
今はそんなこと無くなったけど、それでも嬉しいことじゃ無い。
「クミさんの武器は杖でしょ? ……連中の手足の骨を折ってやる! それぐらいならまだ優しい方だよね!? ……くらいの感覚でやればいいから」
言外に「必要なら私がするから」と言っておいてあげる。
オータムさんから話を持ってこられたとき「クミちゃん、対人戦はじめてなのね。魔物相手なら薙ぎ払う感覚で戦えるくらい強くなってるけど、人相手の戦いの経験が無いの」って言われて。
サポートしてあげてね、と目で言われた。
……やらないわけにはいかないってもんだ。神様に頼まれたんだし。
「分かりました!」
答えるクミさんは本当に可愛くて。
こんな子が、私に対して嫌なことを言ってくるなんて。
そんなの、ただの妄想では?
……そう思えてくるような気がした。
でも、それが私の油断を招いたのかもしれない。
今思うと、そんな気がした。
★★★(クミ)
アイアさんは、既婚者の私にとても気さくに接してくれた。
私に敵意を持ってる感じは全然しない。
アイアさんが、独身主義者で、結婚を愚かな選択だと思ってるって話。
それ、何かの誤解なんじゃ?
そう思えるくらいに。
列に並びながら会話した。
「問題の街道って、歩いてどのくらいの場所にあるんですか?」
「だいたい3日かな」
「結構遠いですね」
「だから一応、荷馬車を借りてる」
「おお」
1日ちょっとくらいで着くよ。
と、アイアさん。
頼もしい。
あ、でも……
「馬の制御、やったことないんですけど……」
「あ、それは私が出来るから」
……頼もしい!
手綱取ってるアイアさんが、御者台で荷馬車を動かしてる。
荷台に乗る私。
自分たちの荷物と……ダミーの大荷物……まるで輸送の依頼を受けて、大荷物を持って動いてるみたいに。
……問題の盗賊団とどう遭遇するか?
それに関しては「問題無いかな」って言われた……
「女2人で、大荷物運んでたら、ダボハゼみたいに食いついてくるよ」
……この世界、ダボハゼいるんだ……
いやいやいや。そういうことじゃなく。
なるほど。
確かに、カモネギで「襲ってください」って感じだよね。
敵は向こうからやってくるのか。
……奇襲に関して気をつけておけばいいのかな?
「まあ、奇襲もヌルイと思うよ?」
なんとはなしな感じでアイアさんは言う。
結構エグイ理由を続けて。
「私たち自身も『商品価値ある』しね」
……なるほど。
殺したり、怪我をさせると商品価値下がるから。
できれば、無傷で、殺さず捕まえたい。
そう思うってことか。
で。
アイアさんは、鎧の上から外套を着て、全身鎧をなるべく隠し、顔を丸出し。
顔を見えるようにして、女だって分かるようにして。
私も、杖をすぐ取れる位置には置いておくけど、なるべく外から見えづらくなるように工夫した。
そして1日目終了。
明日の昼頃には、危ないエリアに到達できる。
私たちは野営の準備をした。
「こういう状況だと、食べられるもののレベルが下がって嫌ですよね」
「まぁね」
買い込んできた枯飯……炊いた後、乾燥させたご飯粒……をお湯に浸して戻し、干し肉をおかずに夕食。
この世界、高レベルなインスタントは無いもんね……
「アイアさんは自炊はされてます?」
「してない」
もっぱら外食だから。
家で料理はしないかな。
お湯で戻したご飯をかっこみながら、アイアさん。
……ガンダさんは自炊してたけど、アイアさんはしてないのか。
ちょっと、意外だった。
叔父さんがそうなんだから、アイアさんもてっきり自炊派とばかり……
「自炊した方が食べられるものの幅が広がって良いんですけどね」
それに、やってたらそれなりに楽しいし。
そう思ったから、何気なく言った。
★★★(アイア)
私は自炊に嫌悪感があった。
どうしても「女の生き方」ってものと結びつく気がしたから。
それに。
食べ物屋があるんだから、別に自炊する必要無いし。
住んでる家も、朝ごはんつきの宿だし。
ますます必要ない。
そう思っていた。
そしたら、クミさんに自炊の良さを語られた。
自由に食べられるのは楽しいことだ、って。
……話は分からなくも無かったけど。
どうしても、引っかかるものがあった。
「外食だと、まあ自分で作るよりは美味しい場合多いんですけど、そこは固定商品ですし。内容は決まってるわけで」
料理について語るクミさんは、とても楽しそうだった。
……彼女は、家ではご飯係なんだろうか?
それを何の疑問も無くやってるのかな……?
止せ、止めなさい。
私の中で何かが警告を発したけど。
「……クミさんは家でもっぱらご飯係なの?」
……自分が抑えられず、そう、聞いてしまった。
「ん~」
すると、ちょっと考えて。
「今は、同居してる夫の祖父が手伝ってくれてるんで、そうは言いきれないですけど」
将来的にはそうなるかもしれないですね。
ああ、でも。
夫にも覚えてもらう予定では居ます。子供出来たら妊娠中は作れないときあるかもしれないから。
そう、答えた。
気を悪くしている風には見えなかった。
良かった……。
それに、ちょっと意外だった。
クミさんの家、男衆も家事をするのか……
結婚していながら冒険者をしてても、身体的にあまり疲れているように見えないクミさん。
理由はそういうところにあったんだろうか?
……私の身体から、身構える気持ちが引いていく。
この子は、他の女の子とは違うのかもしれない。
私を否定しないで居てくれるかも……
そう思った。
けれど……
それが、いけなかった。
油断を、招いたんだ……。
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