第41話 ……はれれ?

「ちょ、どうしたんですか!?」


 私も席を立ち、アイアさんに駆け寄った。

 アイアさん、目を吊り上がらせて、そのテーブルの3人の男たちを睨みつけている。

 牛って、突然何なの!?


「な、何の事だよ!?」


 男たちの1人、見るからに遊んでそうな男が動揺している。

 うん。こっちも話が見えないんだけど。


「とぼけんな!」


 アイアさん大音量。

 店を追い出されそうな勢いだ。


「ちょ、アイアさん抑えて!」


「……いや、あの女は無いでしょ」


 私がアイアさんの肩に手を掛けて押しとどめ、落ち着かせようとしたときだった。

 アイアさんが突如そんなことを言ったんだ。


 えっと……?


「確かにツラいいし、チチデカいし、身体も締まってて最高だけど、身長がさ……男並みっていうか、以上じゃん?俺より高いし」


 ふるふる震えながら。


「バッカ、分かってねぇな。自分よりデカイから興奮するんだろうが」 


 声が低い気がする。

 怒りを必死で抑えているのが感じ取れる声音。

 それは。


「……1回やってみ? 牛とやってるみたいな感じがして、征服感でスゲー興奮するぜ? なんだかスゲー事してるみたいな気になって」


 そこまで言い切って、底冷えする声でアイアさん。


「……って、言ったよね? 聞こえてんだけど?」


 ああ……こいつら、そんなゲッスい会話してたのか。

 それ、聞こえちゃったんだね。


 アイアさんの異能「身体能力異常強化」だから。

 耳も良いのか……多分、視力なんかも良いんだろうな。

 オータムさんはそこまで触れなかったけど、異能の内容からしてその可能性についても予想しておくべきだったかも。


 ……と、言われた連中の顔色見て、アイアさんが本当の事を言ってるのが確信できたので、そう思った。

 アイアさん、怒りのあまりか、半笑いになってるのがすごくコワい。


「何ひとの事見て、品評してんだよ? 私、別にお前らに選ばれるために生きてるわけじゃ無いんだけど?」


 ああ?と凄みかねない感じの声音。

 まぁ、そりゃ怒るよね。


 勝手に女として駄目出しされて、そこにつけて「いやいや捨てたもんじゃない。別の味わいがある」だなんて話で盛り上がられたら。

 女の事を一段低く見てて、玩具かなんかと思ってる感、アリアリだし。

 私も同じことされたら多分怒ると思う。


「……別にアンタに聞かせようと思ったわけじゃ……」


「でも、聞こえたわけで」


 下を向いて言い訳する男に、被せるようにそう言ってやった。


「……じゃあ、例えばですね」


 続ける。


「あなたがトイレに立ってる間に、誰かがあなたの事を男としていかにありえないかで盛り上がってて」


 眼鏡に手をあてて、冷静な声で。


「それ、帰ってくるときに聞こえちゃったら、あなた、謝罪して欲しいとか思わないんですか?」


 どうなの? と例え話を突き付けてあげた。


 言われると、う……という感じで押し黙る。


 だよね。

 ここで「思わない」「知るか」なんて言ったらまあ、人として最低というか。

 まぁ、その場合は「怒る価値も無い人たちですよ」っていう言葉が言えるんで、問題無いんだけど。


「とりあえず、ケジメです。私の友人に謝ってもらえますか?」


「わ、分かった……」


 その男、仲間たちと顔を見合わせて


「すまんかったです。まさか聞こえると思わず、最低な会話をしてしまいました」


 席を立って、深々と頭を下げて来た。

 意外に素直で助かるね。


 実のところ、相手が暴れだすのも考慮してたし。

 上々の反応じゃないかな?


 アイアさん、腕を組んでそれを見ていたけど。


「……クミさん、戻りましょう」


 そこで「手打ち」って思ったのか。

 アイアさんは怒りを納めて元のテーブルに戻っていった。




「さっきはありがとう。ごめんね」


 テーブルに戻ってしばらくして。

 アイアさんがそうお礼を言ってくれた。


「そんな。当然ですよ。怒って当然」


「いや、私、あのときぶん殴ってやろうかと思ってたから」


 ハハと笑ってアイアさん。

 ……危ないところだったんだね。

 素手で岩を砕ける人が、人を殴るって……。


 相手、死にかねないじゃん。


「アイアさんの能力的に、それは殺人事件になりかねないですね」


「だよね。危なかった」


 私が笑って事実を指摘すると、アイアさんは困ったように笑い返してくれた。

 ……切っ掛けはあれだけど。

 私たちふたりの雰囲気、イイ感じ。


 だからかな。


 ちょっと、油断しちゃったんだ。


「大変そうですよね。ちょっと力入れると人を殺しちゃうかもしれないって」


 別に、他意は無かったんだよね。

 普通にそう思ったからそう言ったんだけど。


「男性ではよくそういう過失で人を殺しちゃう事例、聞きますけどねぇ」


 言ってから気づいた。

 ヤバッ。


 それ、間接的に「アイアさんは分類的に男性ですね。女性じゃ無いですね」って言ってるのと一緒でしょ!?


 血の気が引いたよ。

 女なのに、女の分類に入れられないって普通腹立つはず。

 それがアイアさんの拗らせにどう働きかけるか……?


 色々悪い想像をし、何とかフォローできないかを必死で模索。


 そして。


「……まあ、だから何だって話ですけど」


 そこから続けた言葉がまずかった。

 無理矢理笑顔作って、続けた。


「人間の価値ってそこには無いはずですし。私でも私が良いって選んでくれる人が居ましたし」


 身体能力が人間外。身長が男より高い。

 そんなことでアイアさんが女性として無価値である、人間としては誰にも求められないって言われるのは間違ってます。

 私だって、一般的な男性からするとあまり選ばれない女だと自覚はあるけど、サトルさんはそんな私が逆に良いって言ってくれた。

 別に選ばれにくい条件持っててもいいじゃない。誰かひとり、自分にとって最高のひとりに「それがいい」って言ってもらえるなら。

 そう、伝えたかったんだけど。


 ……それ自体がNGワード満載な事に、言ってから気づいてしまったのだった。




「えっと」


 沈黙がしばらくあって。


 ポツリ、と向かい合って座っているアイアさんが言って来た。


「選んでくれるって……恋人か何か?」


 ……どうしよう。

 悩んだよ。


 時間としては大したこと無いんだけど。

 でもさ。


「……はい。結婚してるんで。私」


 こうなったら仕方ないから。

 白状した。


 だって、ここで誤魔化したら、なんだかサトルさんを侮辱することになるんじゃないかと思ったんだ。

 何で隠さなきゃいけないの?

 サトルさんと結婚していることを。

 そっちの方がどう考えてもおかしいじゃん。


 だから、私は言うことにした。

 ひょっとしたらアイアさんが不機嫌になって詰ってくるかもしれないと予想しながら。


 そしたら。


「……そっか」


 そう、一言、ポツリと返答して。

 アイアさんは黙りこむ。


 ……はれ?


 何を言われるんだろう? 私、正気を保てるかな?

 そう思って身構えていたのに。


 アイアさん、何にも言わない。


 ……あれれ?


 どうしたんです? 私の事を罵倒したり蔑んだりしてこないんですか?


 そう、聞いてみたかったけど、藪蛇になりそうなのでとても言えない。

 それにまあ、そんな質問、すっごく失礼だし。

 あなた頭おかしいんでしょ? って言ってるのと一緒だからね。


「えっと」


 でも。

 会話が途切れてしまうことがなんだか耐えられず


「アイアさんが主張することは一応事前に知っていたので、話すつもりは無かったんですけど、ついうっかり」


 謝罪では無いけど、言い訳じみたことを私は言った。


「気にしないでいただけますと助かります」


 そう言うと、アイアさんが言葉を継いできた。


「……ああ、私に気を遣ったってこと?」


「そうとっていただいても構いません」


 そこまで言い切ると。


「……そっか」


 また、アイアさんはそう言って。


 ガタ、と席を立った。


「ありがとう。今日は楽しかったよ」


 ……ああ。

 アイアさん、笑顔だったけど、顔だけだった。

 多分、本気で笑ってない。


 そりゃ、そうだよね。

 今日は、なんて言い方するにはまだ早い時刻だもの。

 本当なら日が暮れるまで今日は一緒に遊ぶはずだったのに。


「また後日。今度ともよろしく」


 頭を下げて、カフェを出て行く。

 自分の分のお金を置いて。


 ……どうしよう。

 悪いことしちゃった、って気分が半端ない。


 でも……


 誤魔化すの、どうしても嫌だったんだよね……。

 だって、サトルさんと結婚していること、隠さなきゃいけないようなことでは絶対に無いんだから。


 ひとり、席に残される私。


 罵り合いにならなくて良かったけどさ……。

 ホント、どうしよう……?




「スミマセン。失敗してしまいました」


 予定より遥かに早くお屋敷に帰って、私はオータムさんに頭を下げた。(今日は後で結果報告を聞くためにご在宅だったんだよね)


「……失敗したって……ひょっとして喧嘩してしまったの?」


 私の報告を受けて、オータムさんはさすがにちょっと焦っていた。

 そりゃま、自分が紹介した女の子といきなり喧嘩したとなれば、オータムさんの顔が潰れるし。

 マズイよね。

 そうなるよね。当然。


 だから私はまずそこは否定しておいた。


「いえ、そういうわけでは無いのですが……」


 そして事情を説明。

 ついうっかり、既婚者であることを言ってしまい、誤魔化すの嫌だったので正直に告白したら、昼ちょっと過ぎなのに女子デートを終了することになった、って。


「……そうなんだ」


 オータムさん、腕を組んでじっくり聞いてくれた。


「……私、どうすればいいと思いますか?」


 本気で困ったし、これ以上何かすると余計に拗れる。

 そういう予感があったんで、私は縋るように仕事の雇い主に意見を求めた。


 すると。


「何もしなくていいと思うわよ」


 私を正面から見つめて。

 オータムさんのそういうコメント。


「……いいんですか?」


「確かに、うっかりNGワードに繋がることを言ってしまったのはミスかもしれないけど、そこから先は別に間違いじゃ無いと思うし」


 意外な返答が返ってきたので、私は聞き返す。

 そしてさらに返ってきた答えが、そういうものだった。


「アナタ、自分の真実を告白しても、自分の正しさは主張しなかったわけだし。……自分が間違っているとも言ってないけど」


 腕を組んだまま、私の目を見つめながらそう言ってくれる。


「その場合一番彼女が腹立つのは「私が正しいのにわざわざ合わせてやったんだ。文句言うな」「そんな考え方は間違ってるから捨てろ」でしょ。アナタ、それは言ってないわけよね?」


「……ええ。まあ」


 私が言ったのは「結婚してます」「あなたの主張を知ってたから気を遣いました」

 これのみ。


 でもアイアさんの主張はおかしいと思います。

 その考え方を捨ててください。


 そういう、彼女を否定するようなこと、そんなことは一言も言ってない。


「で、その上であの子、不機嫌になったりしないで、そのまま逃げるようにデート打ち切って立ち去ったわけよね」


 うーん、と顔に指をあてる思案顔で言いながら、オータムさんはこれは希望的予測だけど、と続ける。


「悪くないんじゃないの? 結果的に」


 え? そうなんですか?


 そう言うと


「多分だけど、あなたの事を気に入ったから、あの子はそのとき何も言うことができなかったのよ」


 自分の主義主張で、関係を拒否するのは惜しい相手だ。

 そう、思ったんじゃないかしら?


「だからまあ、あの子今頃家で、あなたみたいに悩んでると思うけどね。これからどうしよう?って」


 ……そうなのかなぁ?

 私はオータムさんの言葉を、そのまま受け入れて良いモノかどうか少し悩んだ。


「今、ボールはあの子にあるんじゃないの? あなたはそれを待つ立場よ」


 オータムさんのそんな言葉。

 ……そうなんですかぁ?


 とはいえ。

 違うと思います! って言うとしても。

 じゃあ、どうするの? ってことが言えないからなぁ……。


 仰る通りに、待つしかないのかな?

 困った……。

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