6章 3人目の異能使い
第38話 もうひとりのムジードさん
冒険者になってからの私の生活は、そんなに大きな変化は無かった。
仕事が無いときは、お屋敷で稽古をし。
合間にセイレスさんに家事を習い。
日が暮れたら家に帰って、夕食を作るのを手伝い。
家族一緒にご飯を食べて、今日あったことを談笑。
そして夜になったらサトルさんの部屋に行って、サトルさんと一緒に勉強してから一緒に就寝。
たまにお布団の中で夫婦でにゃんにゃんして、また次の日お屋敷に出向く。
前は昼から出勤だったから、午前中は家事を出来たけど。
最近は朝ごはんの仕度くらいしか出来てない。
まあ、私も働いて家にお金入れてるけど、だからといって家事をしなくていいってわけじゃないわけで。
前の世界だったら「分担」が重要なところだったけど、何をもって「分担」出来てるか? ってのが難しいところだよね。
考えるのが面倒なので、休みの日は家の掃除をほぼ全部引き受けるようにしてるんだけど、私は甘いのかな?
いや、正確に言うとお爺さんが手伝ってくれてるから、ほぼ全部、っていうのは正確な言い方じゃ無いんだけど……
あまり考えたくないことだけど、お爺さんもいつまでもいらっしゃるわけじゃないからね……。
今から、居なくなった後のことは考えて生活スタイルを組まないとさ……。
あ、それと。
将来的にサトルさんの赤ちゃんを身籠ったときのことも考えておかないと。
そのときになって「ご飯誰が作るの?」なんてことは困るよね。
サトルさん、ご飯作れるのかなぁ?
お義父さんはどうなんだろう?
……お義父さんは出来そうな気がする。
愛妻家だったみたいだし。お義母さんは病弱だったんだよね?
出来そう。
イメージだけど。
……ああ、でも。
夫婦の問題を、親世代に投げるって何か変だよね。
やっぱサトルさんがメインで動くのが筋なのでは?
……今夜、サトルさんにそのあたりの考えを聞いておこうかなぁ?
詰めとかないと。
もし「俺、料理したことない」って言われたら。
そのときは勉強に「料理」を加えるだけ。
他の男の人だったら文句言いそうだけど、サトルさんだったら多分素直に勉強してくれると思うんだけど。
私だけ何で、なんて反感買う言い方しなければ。
真面目に「赤ちゃん出来た時の事を今から考えましょう」って言えば真剣に受け止めてくれるはず。
こういうの、大事だよね。
受け入れてもらえやすい言い方考えるのって。
あんなに誠実で私の事を愛してくれる男の人と結婚できたんだし。
大事にしていかないとね。
維持管理、気を抜けないよ。
サトルさんに愛されなくなるなんて、もう絶望だから。
これが当たり前だと思わない限り、そんなことは訪れないと。
思うんだけど。
……これもまた、私、甘いのかな?
「もしもしクミちゃん」
そんなある日。
お屋敷のお庭で。
杖の型を散々やった後、セイレスさんから借りた鎖鎌の分銅を使って「操鉄の術」のイメージトレーニングをしていたら。(無論体操着姿。何故か最近寝間着もこれになりつつある……)
私の雇い主の黒装束の黒髪美女……オータムさんが話しかけて来た。
「なんでしょうかオータムさん」
手拭いで汗を拭いて、私は自分の雇い主に返事する。
オータムさん、これからまた仕事ですか?
……この間のノライヌロード討伐の仕事は大成功。
最後のノライヌロードを仕留めたのはオータムさんだったけど、ほぼ一人であの軍勢を全滅に追い込めたところを評価してもらえて。
結構、特別ボーナスを貰えてしまった。
嬉しかったから、家に帰るときに「たいがーや」で、羊羹の「おもいで」をどっさり買っておみやげにした。
おもいで、美味しかったなぁ……。
1人で食べても美味しくないけど、家族で食べれば美味しさ倍増だよ……!
浮かれちゃいけないの分かってるんだけどさ。
また、お仕事なのかな……?
頑張れば特別ボーナスが貰えて、また家族を喜ばせられる……!
……うん。
こういう考え方、危険だとは自覚してるよ。
だって私の今の仕事、切った張ったの冒険者だもんね。
失敗したら死ぬかもしれない仕事なんだし。
こういう考え方は危険だよ。
……でも、ちょっと考えちゃうんだよね。
甘いね。私。
「この間の仕事は見事だったわね」
「ありがとうございます」
雇い主からのお褒めの言葉。
素直に笑顔で受け止める。
良好な雇用関係で居たいから。
このあたりのリアクションは気をつけるべきだよね。
何気にオータムさん、もうひとりの私対策的にも大切な人だしね。
異能と魔法を交えた戦闘スタイルで、オータムさん以外に相談できる人、ちょっと居ないし。
「またお仕事ですか?」
ニコニコとしつつ、先を促す様に聞いた。
すると。
「ん、ちょっと違うかな」
腕を組んで、ちょっと考え込むようにしてオータムさん。
見た感じ「どう言ったものかな?」って感じだった。
「……どういう?」
「今日の予定は?」
気になったので、私がオータムさんの用件を聞こうとすると。
いきなりそれに被せるように、オータムさん。
「えーと……」
雇い主の質問だし。
答えないわけにはいかないし。
「今日は稽古で夕方まで」
……合間にセイレスさんに縫物を習う予定ですけど。
これはちょっと言えないか。
家事習得は業務内容じゃ無いから。
あくまで「休憩時間」に、ちょいちょい気分転換的にやってる、ってことだし。
「なら、予定変更はきくわね」
ちょうどよかった、って感じ。
こっちとしては本音は「え、縫物習えないんですか?」だったけど。
それはさすがに言えない。
……セイレスさんに謝罪だー。
自分から「縫物を教えてください」って言っといて。
謝りに行く時間、あるかしら?
「というと?」
多分どっかに出るんだろうな。
しかも、今すぐ。
お仕事の話なら、日程聞いて後日、なんだけど。
予想は出来てたけど、先に言うと感じ悪いしね。
私はオータムさんの言葉を待った。
「ちょっと顔合わせをね、しておきたいのよ」
そう言うオータムさん。
……なんだか、ちょっと、厄介そうな顔をしていた。
とりあえず、仕事着に着替えてくれるかしら?
あなたを冒険者として連れていきたいところがあるのよ。
オータムさんがそう言うので。
仕事着の「素材が冒険者仕様のブレザー」に袖を通し、その上から革鎧を着用。
ヒヒイロカネの杖と、サトルさんに研いでもらったナイフ6本を装備して。
準備完了。
「用意できました!」
眼鏡の位置を直しつつ、オータムさんにそう伝える。
「じゃあ、ついてきて」
「はい!」
……そうしてお屋敷を出て……
スタートの街の、ちょっと荒っぽい区画に入っていく。
犯罪者ばかり、とまではいかないけど。
あまり安定した仕事についてないだろうな、って人が目立つ区画。
日がな一日、昼間から酒飲んでそうだな、とか。
路上で生活してるんじゃないか? とか。
そんな感じの人が目立つ区画。
……オータムさん、どこに行こうとしてるのかな?
オータムさんのことは信用しているので、破滅的なところじゃないのは確信しているけど。
「ここよ」
そして連れてこられた場所は。
『ぼうけんしゃのみせ』『まかいからのいざない』
……そんな看板が掛かってる店。
冒険者の店/魔界からの誘い……?
見た感じはただの酒場。
奥にカウンターがあって、白髪のおじさんがグラスを磨いてた。
ウエイトレスのポニテの女の子が、アンミラ系のカワイイ衣装で給仕してる。
店内に島みたいに存在する、丸テーブルについているお客さんの間をくるくる飛び回っている。
……ちなみに、おっぱいが零れそうなくらい大きかった。
胸元も開いてる感じの衣装。むう。
客層は男性が多くて、皆武装をしていた。
でも、見た感じ、アウトローって感じじゃなく。
荒っぽそうではあるけど、邪悪な無法者って感じじゃない。
「おはようございます」
オータムさんはそう言って入店。
もう、お昼過ぎてるのに。
……業界用語なの!?
「お、黒衣の魔女」
「オータムさんだ。美しい……」
「憧れるよ……今日は何の御用なんだ?」
お酒を飲んだり、食事してる人たち……がオータムさんに注目し、口々にそういう賛辞、羨望、興味……を向ける。
まあ、オータムさんは衣装もバシッと決まってるし、歩き方も凛としててカッコイイけど。
多分、それだけじゃないよね……。
この人たち、残らずオータムさんを知ってるみたいだし。
……というかさ。
看板見たら、さすがに分かるよ。
ここ、冒険者の仕事斡旋所みたいなお店なのか。
話には聞いてたけど、初めて来たよ。
前の仕事では、オータムさんが仕事を取ってきて、そのままコンテニュの街に直行で、仕事の報告もオータムさんだったし。
……今後は私も顔を通して、仕事を受けて、仕事の達成の報告をしろってことなのかな?
助手って位置づけなんだし。
「ご主人。景気はどう?」
カウンターに行って、コインを1枚マスターっぽいおじさんに投げるオータムさん。
「オータムさん。毎度ご贔屓どうも」
コインを受け取ったおじさんは、ワイングラスを取り出して、黄金色の白ワインを注いで出してきた。
オータムさんはそれを受け取り、ぐいっと一気飲みして。(ちなみに、その所作も綺麗だった)
「……アイアは来てる?」
口を拭ってそう一言。
「そこの奥のテーブルですよ」
おじさんが、奥の薄暗いスペースを指差した。
「アリガト」
ワイングラスをおじさんに向けて押し出して返却し、オータムさんは歩き出す。
慌ててついていく私。
……入店後いきなり白ワインを注文して、一気飲み。
様になっててカッコイイなぁ……。
ちょっと惚れ惚れしてしまう。
この店のご主人も、オータムさんは別格扱いみたいだったし。
そりゃ、この店の他の冒険者の羨望を集めるわけだよ……。
私、そんな人の助手なのかぁ……。
……ちょっと、自分に酔いそうになってしまう。
それに気づいたので、私は自分のほっぺたを両手で叩いて着付けした。
いけないいけない。
すごいのはオータムさんであって、私じゃ無いんだから。
勘違いしちゃ、いけないよ。
ずんずん歩くオータムさんについていく。
おじさんが言った奥のテーブル……
そこに、人影がひとつ。
席について、紅茶を飲んでる。
見えてくると、ちょっと驚いた。
……姿がね。
ちょっと変というか、意外だったというか。
いや、装備かな? それは。
若い女の人だった。
私と同じか、ちょっと上くらい。
黒髪ロングで、前髪の一部だけ、赤い色。
背はかなり高い。180センチあるかも?
男性並み。
目付きキツイ。
何か、威嚇してるというか。怒ってるみたいに見える。
美人なのに。
で。
装備が異常というか……
鎧がさ、全身鎧なんだよ。
どうみても。
騎士の鎧の代名詞の、フルプレートじゃないとは思うんだけど。
結構惜しみなく、金属使われてて。
全身をガード。顔は丸出しだけど、多分兜も持ってるよね。きっと。
ここまで着といて、兜無しはちょっと変だと思うし。
色は赤で、多分ヒヒイロカネ製。
ヒヒイロカネ、鉄よりは軽いけどさぁ……。
全身鎧を作ったら、それなりの重量のハズでは?
よく、それで動けるよね……。女の人なんでしょ?
そして一番異常なのは、武器。
テーブルの下に無造作に置いてるんだけど。
アホみたいに大きい斧だった。
サイズと柄の長さ的に、両手斧としか思えない。
色はやっぱり、赤い。
ヒヒイロカネで作られているくさい。
……えーと……
それ、本当に振るえるの?
とても、信じられないんだけど……?
「待たせてゴメンね」
そんな常識はずれの格好をした女性に。
オータムさんは親しげに声を掛けた。
すると。
「オータムさん。全然待ってませんから!」
その女性、目つきの怖さがスッと消えて。
こっちに笑顔を向けて来た。
……あ。
笑顔はいいかも。
無邪気、って感じがする。
で、見てたら。
「……そちらの方が、オータムさんの助手ですか?」
私に気づいたその女性に、気づかれた。
探るような視線。
「ええ、そうよ」
にこやかな雰囲気のままで、オータムさん。
そのままオータムさんは私たち2人の間に仲介するように立ち。
「紹介するわ」
私を手で示して。
「この子が、先日私が弟子兼助手として雇った、クミ・ヤマモトさん」
「よ、よろしくお願いします!」
いきなり紹介されたので、慌てて頭を下げた。
「よろしく」
スッ、と手を差し出してくる全身鎧の女性。
私は礼儀という言葉に突き動かされ、慌ててその手を握る。
「で、クミちゃん。こちらは……」
握手している私に、オータムさんは続ける。
私の時と同じように、手で示しつつ
「こちら、アイアさん。アイア・ムジードさん」
「アイア・ムジードです。よろしくお願いしますね」
紹介されて女性……アイア・ムジードさんはペコリと頭を下げた。
アイア……ムジード。
……
………
ムジード!?
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