11 元社畜と深夜の手作り野菜炒め

「――はっ、お前に僕が満足する料理を作れるって言うのか?」


「手料理、楽しみにしてるね、だってさ」


「い、い、言っていない! そんなこと、言ってないからな! おい、笑うな!」


 言い合い――というよりは、薬師さんを一方的にギルド長がからかっているだけだが、にぎやかな二人を見て、わたしは少し早まったかな……なんて思いながら、キャベツをざくざくと切っていった。




 深夜二時。それは草木も眠る丑三つ時で、同時に、年中無休のギルド併設食堂が閉店する時間でもあった。


「ま、間に合わなかったー!」


 閉店、とかかれている(らしい)札が入口の横に立てかけられているのを見て、わたしは頭を抱えた。

 冒険者に朝も夜もない。依頼を受けたタイミングや、討伐する魔物の種類次第では、深夜に戦うこともあれば、日中にさくっと終わるようなものもある。

 だから、それに合わせてギルド併設の食堂も深夜だったり早朝だったり、普通の飲食店ではやっていないような時間でも店が開いているのだが――そんな食堂でも、深夜二時から四時までの二時間は閉店しているのだ。


 今日の依頼は夜にしか咲かない花の採集。結構な量が必要だったし、その花自体も珍しい部類なので、日が落ちてからずっと探していて、時間はかかってしまったけれど、ようやく零時くらいに終わらせることができていたのに。

 場所も、このギルドからそこまで遠い場所でもないので、徒歩で行ける距離だった。四十分くらいかかったけど。

 ギルドに着いたのは深夜一時前。まだこの時点で食堂は開いていたのだ。


 さくっと依頼の完了手続きを受付ですませられれば、間に合ったのに……!

 結構な量が必要、ということは、数を数えるのにも時間がそこそこかかるということで。加えて、普段は討伐依頼ばかり受付している職員に当たったらしく、採集依頼の勝手があまり分かっていないようで、とにかく手続きに時間がかかった。

 結局、食堂に間に合うだろうな、と思っていたわたしの目論見は見事に外れ、閉店時間まで依頼完了手続きが終わらず、食いっぱぐれたのである。


「お、お腹空いた……」


 きゅう、ぐるる、と切なくお腹が鳴る。適度に休憩は取っていたけれど、依頼をこなしている間は何も食べていない。

 わたしはお腹をさすりながら、自分の行動を後悔していた。先に食堂に行けばよかったのだ。ギルドの受付は正真正銘二十四時間営業なのだから。


 しかし、ただ後悔して突っ立っていてもしょうがない。

 今わたしが取れる選択肢は三つ。


 まず、このまま二時間後に食堂が開店するのを待つ。

 ……いや、無理。こんな空腹状態で二時間も待つとか絶対嫌だ。というか、そもそもさっさとご飯を食べて寝たい。


 となると、次に考えられるのは、外に出て何か食べに行く、という案。

 でも、この時間に開いているお店って言ったらなあ……。ドワーフ御用達の飲み屋か、綺麗なお姉さんと楽しくおしゃべりしながら食事をするお店しかない。


 前者はお酒メインの店で、食事も酒のつまみしかない。ないよりはマシなのだが、お腹に溜まるようなものはメニューに存在しない。お酒がメインなわけだし。流石のわたしでも、これだけお腹が空いている状態で、この国ではドワーフ専用と言っても過言ではない度数高めのお酒を飲む勇気はない。絶対に悪酔いするし、重めの二日酔いがやってくる。


 後者はいわゆるこの国でのキャバクラなので、馬鹿みたいにお金がかかる。この国はお酒に弱い人が多いから、提供されるお酒の度数は低いし、どちらかといえばご飯もののメニューも豊富なので、ドワーフ御用達の飲み屋よりはお腹が満たされるのは確実だが、下手したら一か月分の食費どころか生活費までもが一食に消える。それは選択肢としてあってないようなものだ。後、女一人では非常に入りにくいお店でもあるので、それも行かない――行けない理由の一つになる。


 あとは諦めて寝る、っていうのもあるけど……。こんな状況じゃ、お腹が空きすぎて眠ることもままならない。

 閉店してしまった食堂の前で一人考え込んでいると、足音が聞こえてきた。思わずそちらを見てしまうと――なんと、薬師さんがそこにいた。ギルドで見かけることは滅多にないのに、こんな夜中に遭遇するなんてもっと珍しい。


「――チッ」


 わたしの方を見るなり、薬師さんは舌打ちをした。エッ、わたしと会ったからじゃないよね? わたしの後ろにある、食堂が閉店しているのに気が付いたから舌打ちしたんだよね? ね?

 流石に出会ってそうそう舌打ちされるとわたしでも傷つくんだけど!? と思っていると、新たに人影が。


「何やってるんだ、お前ら?」


 ギルド長である。こんな時間まで仕事なのか、お疲れ様です……。半年くらいまでは終電を逃す時間まで残業するのが当たり前になっていたわたしにとっては、同情を禁じ得ない。

 わたしは今日、夜に依頼をこなすことが分かっていたから昼間に睡眠を取ってこの時間までの仕事から、長時間労働ではない。でも、わたしが寝る前にギルド併設の食堂に訪れたときにもギルド長を見かけたので、昼間寝ていたわたしと違って、彼はずっと仕事をしていたんだろう。


「あー、わたしはギルド併設の食堂でご飯を食べたかったんですけど、間に合わなくて……」


 ちら、と薬師さんを見ると、「……オレも似たようなもん」とむすっとした表情のまま答えた。


「なるほどなあ」


 がしがし、と乱暴に頭をかきながら、ギルド長は相槌をうつ。……それ、縛っている髪がぐちゃぐちゃになると思うんだけど……。疲れ切ったギルド長の様子からして、多分、そこまで頭が回っていないのだと思う。


「……じゃあ、食堂使うか?」


「えっ?」


 ギルド長の思ってもみない言葉に、わたしは自分でも笑いたくなるくらい間抜けな声を上げた。


「おれいるしいいだろ。というか、そもそも、おれも使いに来たところだしな」 


 ギルド長もまた、食事もせずに仕事をしていて、ようやく一区切りついたから何か食べにきたらしい。もっとも、彼は食堂が閉まっている前提で来たらしいけど。お疲れ様です……。

 ギルド併設の食堂の管理の最高責任者もギルド長だろうから、確かに彼がいいって言えばいいんだろうけど、ちょっとなんだか、悪いことをしている気分になる。


「片付けだけはちゃんとしてくれよ」


 そう言って当たり前のように閉店、と書かれた食堂の入口から中へ入っていく。

 わたしはちらっと薬師さんを再度見る。彼は迷わずギルド長の後をついていった。薬師さんも行くならいいのかな……。


 わたしも恐る恐る中に入っていく。普段開いている時間帯にしか入ったことがないので、妙に緊張する。すっかり片付けられた店内は、いつも賑やかなのが嘘のように静まり返っていた。

 厨房の方には初めて入ったが、どこも似たようなものなのか、学生時代にバイトしていたファミレスや、漫画やドラマで出てくるような、一般的な厨房だった。広さだけは一般的じゃないけど。設備は普通。


 ここまで来たなら遠慮することもないか。後片付けすればいいらしいし、何を作ろう。

 そんなことを考えながら、業務用の冷蔵庫の中に並ぶ食材を見ていると、視界の端にギルド長がハムを適当に切ってそのまま食べているのが映って、思わず二度見した。


「そ、そのまま食べるんですか……?」


「おれは料理ができない」


 当たり前のように言うギルド長。料理ができないって、切って焼くことすらできないってこと……? ハムそのまま食べるってことはそういうことだよね……?

 想定外の光景を見て固まってしまったわたしに、「冒険者なんてそんなもんだぞ」と、握っていたナイフでギルド長はどこかを差す。

 その切っ先の先に視線を移すと、野菜をそのまま直で食べている薬師さんがいた。おいおいマジか。マジなのか。


「冒険者の食生活なんて、店で食うか保存食そのまま食うかのどっちかだぞ」


 ギルド長の言葉に、一瞬納得しかける。いや、まあ、そう……そうなのか? わたしだって、普段自炊しないで食堂で食べてるし……。

 冒険者は生活リズムが不規則な上に、依頼で二、三日宿や自宅に戻らない、なんてことも当たり前。食材を少しずつ使って節約自炊、なんてことは非常に難しい。一回分だけ買ってきて自炊、だと、流石に外食の方がお金かからないし。特に、ギルド併設の食堂の安さを考えたら、ちまちま自炊するのが馬鹿らしくなる。


 ……い、いや、でも、限度ってものがあるでしょ。折角美食の国なんだから、ご飯を適当にすませてしまうのはもったいない。というか、美食の国に生まれておきながら食材の直食いに抵抗がないって……冒険者業、恐るべし。


「……わたし、何か作りましょうか」


 気が付けばそんなことを言っていた。余計なお世話かもしれないが、ハムや野菜をそのまま切ったりちぎったりして食べている人間の隣で、ちゃんとした食事を作って食べる勇気がないのだ。流石のわたしも、そこまで神経は図太くない。


「へえ、あんた料理できるのか」


 意外、とでも言いたげな表情のギルド長。


「まあ……そこそこ。店を出せるレベルではないですけど、少なくともハムや野菜を直で食べるよりはマシな物作れます」


 一応、社畜時代は自炊をしていた。休日にまとめて作って、帰ってきたらそのまま食べられるようにしていたのだ。まあ、時には作り置きする休日自体がなかったり、食べることすらできないほど疲れて帰ってきて、玄関で眠ってそのまま出社、みたいなことを続けた日には冷蔵庫の中で静かに腐ったり、そんな日々もあったが。


「じゃあおれの分も頼む。薬のはどうする?」


 薬の、と呼ばれた薬師さんは、何も答えない。いらないならハッキリいらないって言う人だし、無言の肯定ってやつだろう。


「今から凝ったもの作るのも流石に面倒ですし……野菜炒めにでもしますか」


 わたしは冷蔵庫の中身を見ながら言う。野菜だけだと気持ち物足りないので、そこは適当に肉を突っ込んで補完。あまりものっぽいご飯もあるし、使っちゃお。


 この世界の食材は、元の世界と似ているけれど別物な食材が六割、名前も物も一緒なのが二割、全く別物で見たこともないおそらくこの世界特有の食材が二割で構成されている。動植物もそんな感じ。

 それによって、元の世界よりも料理に幅が出ているのだが、流石に全く別物で何にどう使うのか分からない食材を扱う勇気はない。


 わたしは見覚えのある野菜や、食べたことがあってどんな味なのか分かる野菜を適当にピックアップしていく。深夜だけど空腹の男二人いるし、結構量作っても大丈夫でしょ。ついでに汁ものも欲しいな。




 と、作り始めたところで、妙にからんでくる薬師さんとそれをからかうギルド長、となったわけだ。

 薬師さんもギルド長も、一人でいるところを見ることの方が多いから、こうしてわたし以外の誰かと会話しているところを見るのは何だか不思議な気分。


 薬師さんはなんだか周りの人から避けられてるっぽいんだよね。邪険にされているところを見るたびに、気難しい性格直せばいいのにな、と思ってしまうけれど、それこそ余計なお世話だろう。


 ギルド長の方は、仕事の会話は流石に見かけるけど、それ以外だと、なんだか恐れ多くて話しかけられない、って言う態度の人が多い。少年が、ギルド長は凄い冒険者だった、って言っていたし、憧れている人が多い結果、みんな揃って簡単に話しかけられない人になっているんだろう。


 わたしからしたら、どちらもピンとこないけど。薬師さんは気難しい性格ではあるけれど、根が悪い人じゃないから話しかけるのに抵抗はないし、ギルド長の凄さをいまいち理解できないわたしからしたら、彼は気さくに話しかけやすい人でしかない。


 わたしはそんな二人を他所に、ちゃっちゃと作業を進める。早く食べたいのだ。


 一杯食べるでしょ、と野菜を多めに切ったが、フライパン一つでは炒めにくいくらいの山盛りになってしまった。ま、まあ、野菜炒めだから。火が通れば多少はかさも減るでしょ。


 並行して、卵スープも作る。適当にだしを取って、卵を入れて味付けをするだけ。深夜の料理にレシピ性を求めてはいけないし、料理のジャンルの統一性はもっと求めてはいけない、というのがわたしの持論。おいしいもので腹が満たされればいいのだ。


 卵スープができあがったら、野菜炒め作りに戻る。

 わたし的には、結構火がしっかり通った野菜炒めが好きなのだが、世間一般的にはシャキシャキ感が残っている方が好まれるらしいし、食堂で出るのはいつも歯ごたえがしっかりしている野菜炒めなので、今日は早めに味付けに入る。


 この国では塩もコショウも意外と高級品ではない。いや、コショウに関しては、『本物』は結構高いらしいのだが、代替品として似たようなものが出回っているので、味付けが塩コショウなのは普通だ。冒険者ギルド併設の食堂も、コストの観点からコショウもどきを使っているらしいが、わたしからしたら、スーパーの塩コショウとそんなに変わりがないから、何が違うのか分からない。……もしかしたら、本物のコショウはわたしが思っているものと違うのかも?


 これもやっぱりいい感じに、かつ、適当に味付けをして完成だ。

 ご飯と野菜炒めと卵スープ。冷蔵庫はあっても電子レンジがないからご飯が冷たいままだけれど、うん、結構いい夜食じゃない?

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