96
不幸中の幸いだったのは、ゲーム内の万道具に関しての知識が、この世界でも通用するところだろうか。徹夜になってしまったけれど、工房らしい場所でいくつか素材をくすねて、万道具を作ることができた。くすねた、といっても、わたしの店みたいだから、問題ないんだろうけど……。
ミニゲームでしかできなかったことが、こうして現実でもできるようになると、わくわくする。
……とはいえ、店を開くのはちょっと怖いんだよな。
店を物色したときに気が付いたけれど、『黎明のアルケミスト』のゲーム内のように、店を閉めている期間が存在しないのだ。だから、店を開かないと不自然だとは思うんだけど、常連さんとかなにも分からないし、仕事内容もいまいち分からない。
見様見真似で店を開けるわけにもいかないし、そもそも見る手本すらない。断片的な情報だけで店を開けてしまうのは危険すぎる……。透、という従業員がどんな人なのか分からないし。性別すら見当がつかない。男だとは思うけど、二次元だったらギリ、格好いい系の女性でも通用する名前だと思う。こう、女子高の王子様、みたいな、ああいうタイプの女性。
「……情報が欲しい」
何も情報がない状態では不安でしかない。
昨日、軽く話した男を探すべきか。あの様子では到底協力してもらえるように思えないけれど、でも、わたしの事情を知っているのはおそらく彼だけなのだ。
もし、彼がわたしに何かして、前世の記憶を取り戻させたのか、それともわたしの意識ないし魂を植え付けたのかしたのなら、責任もって最低限の状況説明だけはしてほしい。
誰か、以前のわたしの知り合いに会ったら面倒だけれど、探しに行くのなら外に行かないと……。
誰にも会いませんように、と思いながら開けた玄関の先には、わたしの願いもむなしく、一人の女性と男性が立っていた。丁度、呼び鈴を鳴らそうとしていたところらしい。
急に玄関が開いたことに驚いたのだろう、目を丸くしていたが、すぐにパッと表情が明るくなる。
「――万結!」
表情が明るくなった彼女は、わたしに抱き着いてきた。やべえ、これ絶対にわたしと知り合いの人だ。
「ありがとう、万結。貴女のおかげよ!」
ぎゅうぎゅうとわたしを抱きしめる彼女。ぐす、と鼻を啜る音が、すぐ耳元で聞こえる。泣いているらしい。
「あ、あの……」
わたしが困惑した声を上げると、女性はわたしを抱きしめるのをやめ、体を放すも、ぎゅっとわたしの手を強く握った。
涙目で、それでもほほ笑みながらこちらを見る、その顔。
――……あれ、なんか見覚えがある。
この人、『黎明のアルケミスト』のライバルヒロイン、悪役令嬢、そんな感じの関係性の――『姫鶴』じゃない?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます