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 不幸中の幸いだったのは、ゲーム内の万道具に関しての知識が、この世界でも通用するところだろうか。徹夜になってしまったけれど、工房らしい場所でいくつか素材をくすねて、万道具を作ることができた。くすねた、といっても、わたしの店みたいだから、問題ないんだろうけど……。

 ミニゲームでしかできなかったことが、こうして現実でもできるようになると、わくわくする。


 ……とはいえ、店を開くのはちょっと怖いんだよな。

 店を物色したときに気が付いたけれど、『黎明のアルケミスト』のゲーム内のように、店を閉めている期間が存在しないのだ。だから、店を開かないと不自然だとは思うんだけど、常連さんとかなにも分からないし、仕事内容もいまいち分からない。


 見様見真似で店を開けるわけにもいかないし、そもそも見る手本すらない。断片的な情報だけで店を開けてしまうのは危険すぎる……。透、という従業員がどんな人なのか分からないし。性別すら見当がつかない。男だとは思うけど、二次元だったらギリ、格好いい系の女性でも通用する名前だと思う。こう、女子高の王子様、みたいな、ああいうタイプの女性。


「……情報が欲しい」


 何も情報がない状態では不安でしかない。

 昨日、軽く話した男を探すべきか。あの様子では到底協力してもらえるように思えないけれど、でも、わたしの事情を知っているのはおそらく彼だけなのだ。

 もし、彼がわたしに何かして、前世の記憶を取り戻させたのか、それともわたしの意識ないし魂を植え付けたのかしたのなら、責任もって最低限の状況説明だけはしてほしい。

 誰か、以前のわたしの知り合いに会ったら面倒だけれど、探しに行くのなら外に行かないと……。


 誰にも会いませんように、と思いながら開けた玄関の先には、わたしの願いもむなしく、一人の女性と男性が立っていた。丁度、呼び鈴を鳴らそうとしていたところらしい。

 急に玄関が開いたことに驚いたのだろう、目を丸くしていたが、すぐにパッと表情が明るくなる。


「――万結!」


 表情が明るくなった彼女は、わたしに抱き着いてきた。やべえ、これ絶対にわたしと知り合いの人だ。


「ありがとう、万結。貴女のおかげよ!」


 ぎゅうぎゅうとわたしを抱きしめる彼女。ぐす、と鼻を啜る音が、すぐ耳元で聞こえる。泣いているらしい。


「あ、あの……」


 わたしが困惑した声を上げると、女性はわたしを抱きしめるのをやめ、体を放すも、ぎゅっとわたしの手を強く握った。


 涙目で、それでもほほ笑みながらこちらを見る、その顔。

 ――……あれ、なんか見覚えがある。


 この人、『黎明のアルケミスト』のライバルヒロイン、悪役令嬢、そんな感じの関係性の――『姫鶴』じゃない?

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