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 透くんも、彼女に見覚えがあるのか、挨拶をしていた。透くん、記憶力が良くて、特に、人の顔は一発で確実に覚えるらしい。なんともうらやましい特技。店でもその特技は大活躍だ。

 わたしもお客さんの顔はなるべく覚えるようにしているけれど、流石に一発で覚えられる人には叶わない。


「姫鶴のところは――小金焼、なんですよね?」


 ノボリには間違いなく小金焼、と書かれている。でも、あんまり甘い匂いはしない。作っているところを見てみても、あんこも入れてないみたい。生地には何か混ざっているようだ。


「私のところはシルビオンの小金焼とタジロンの小金焼よ」


 姫鶴は自慢そうに言う。

 シルビオンもタジロンも、万道具に使われる草だ。ということは……!


「貴女が雪ぎ香の簡易的なものを作っているときに、そのままでも効果がある素材のこと教えてくれたでしょ?」


 そう言えば、二人して迷子になったとき、あれこれ素材について教えた記憶がある。こういうの、授業でも習うと思うんだけど……。座学だけで紹介されるのと、実際に目の前で、実物で説明されるのとでは頭に入ってくるのに違いがあるのかな?

 ゲームはともかく、実際の黎明学園に通ったことがあるわけじゃないわたしは、教育カリキュラムがどうなっているのか知らないから、なんとも言えないんだけど。


「それでね、料理でも万道具と同じように、高い効果が得られないか、っていう研究で作り出したものなの。ほら、万道具にする前の素材でも、処理の仕方次第で効果って変わってくるじゃない」


「天才か?」


 思わず素が出てしまう。その発想、わたしにはなかったし、実際、ゲーム内でもそんな描写は存在しない。

 調理という方法で効果を得られるなら、もっと万道具の製作が幅広くなると思う。作り方が増える、というのも、それだけで興味深いけれど、もしかしたら新しい万道具が増えるかもしれない。


「ま、料理にすると個人差が強くて、一定の成果は得られないからまだまだ研究が必要なんだけどね。普通にご飯としてもおいしいから食べてみて!」


「ぜひ! あ、でも、わたしシルビオン、食べれないんですよね……」


 シルビオンは、かなり味の癖が強い。味はパクチーに似ている。わたしは全く食べられない。ちなみにタジロンはしいたけっぽい味がする。食感は葉っぱなので少し不思議な気分を味わえる。

 万道具に使用する素材はそのまま食べれるものが意外と多い。毒性がなくて、食べることが可能、ってだけで、味が美味しい、っていうのはまた別の話だけど。


「……食べたことあるの?」


 わたしがシルビオンを食べられない、というと、姫鶴は驚いたような表情をした。


「まあ、そうですね。毒性がないものは、一通り。どんな味がするのかって、好奇心に負けて」


 最初は、『素材』という認識しかなかったから、食べる、なんて考えたこともなかったけれど、前世のきゅうりにそっくりな素材を見つけたとき、「食べられるのでは……?」と思わず食べてしまったのだ。流石に毒性の有無は調べてからだったけれど。

 そうしたら、そのきゅうりもどき、パイナップルみたいな味がしたのだ。あまりにも不思議で、一瞬でわたしの興味は素材の味と、その効果を調べることになった。一時、わたしのブームだったくらい。


 途中からわたしが素材を食べていることに気が付いた祖父から、これだけは食べるな、と言われたやつと、毒性があってそもそも危険なもの、あとは貴重で高価なもの以外は結構な種類を食べて味を確認したと思う。すべての素材を食べつくした、とはとても言えないけれど。

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