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「えっ、透くん?」


 びっくりして思わず声が出てしまう。今日は店が休みだから透くんも当然休日のはずだし、何かあったんだろうか。

 そんなことを考えていると、走りよってきた彼に、強く抱きしめられた


「――よかった」


 絞り出すような、掠れた声。耳元でささやかれるものだから、なんだかくすぐったくてぞわそわしてしまう。

 それでも、心配してくれていることは明らかだし、彼を引きはがすことはできなかった。


「ごめんなさいね、貴女とひぃちゃんが見つからないものだから、店のほうに様子を見に行ったのよ。もしかしたら、貴女の方は先に帰っているのかと思って。それに、もし帰っていたらひぃちゃんを知らないか聞きたかったのよ」


 透くんに抱きしめられ、混乱しているわたしに、湖黒が説明してくれる。

 姫鶴に声をかけて、わたしは先に帰り、姫鶴だけが迷子になっている、という可能性を考えたらしい。


 確かに、わたしだけ目的が違うから、先に帰るのも考えられることだ。流石に、湖黒と一緒に来たのだから、彼に声をかけるけど、それはわたしが勝手にそう思っているだけ。

 たまたま姫鶴と一緒になって、そのまま声をかけて帰ることはそこまで不自然じゃない。姫鶴と湖黒は友人関係にあるわけだし。


 紫司馬がわたしの店の場所を知っていて、ここからそう遠くはないから、湖黒が一度店の方に行ったらしい。で、近くに住んでいた透くんが店の前で中の様子をうかがっている湖黒にたまたま気が付いて、定休日を知らせようと湖黒に声をかけて。

 そこで、わたしと姫鶴がいなくなったことを伝えたそうだ。


 なるほど、だから透くんは、心当たりがないのに、わたしがいなくなったから帰っていないか、なんて聞かれて慌てて来てくれたということか。

 抜け道を使って奥に行っていたわたしだし、その上、一度大怪我をしていて普段は一人で採集へ一人でいくことを止められているから、採集に夢中になって遭難者が出る奥へ入り込んで迷子になっているかもしれない、と彼は思ったんだろう。普段、危険な場所へ行きたがっている人間が、自由に行けるようになったら、わたしだって何かやらかしたかも、と一番に考える。


「心配かけてごめんね。あと、来てくれてありがとう。ちゃんといるよ」


 いい歳して迷子、と認めてしまうのは恥ずかしいし、紛い香を使われたのだからどうしようもないのだが、こんなにも強く抱きしめられて、心配したのだと全身で表現されると、言い訳をすることがはばかられた。


「怪我もないし、もう帰るよ。……早く帰って、クマクの種油を作らなきゃ」


 ね、とあえて普段通りのテンションで、クマクの種が一杯詰まったかごを透くんに見せる。わたしがいつも通りを装っているのに気が付いたのか、息を整えた透くんは、「今日くらいちゃんと休んでください」と、彼もまた、普段のようにバッサリ切り捨てるのだった。

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