07.しあわせバスルーム

 何とか無事に謁見を終えて、私はエンジェラ様に聖女宿舎の中を案内してもらっている。ここにはあと二人聖女がいるって話だったけれど、仕事で出てるのか見かけなかった。

 しかし、さすがお城の中の施設だ。ほぼ掘っ立て小屋なコトント村の実家と違って、基本はしっかりした木造建築。壁紙もきれいに貼られてるし、床は厚手の絨毯だし。

 更に。


「こちらが大浴場ですわ。夕食が十八の刻に始まりますが、そこから真夜中までお好きなときに入れますのよ」

「はあ……」


 どーんと石造りのでっかい洗い場付きお風呂、お湯が出るところはライオンじゃなくてドラゴン。撥水加工……はさすがにないか、もともと水を弾くらしい木で造られた更衣室。風呂上がりの牛乳はないけれど水飲み場はちゃんとある大浴場が、ここには存在した。

 毎日お風呂に入るのが当たり前だった前世でも、こんな豪華な風呂には入ったことがないぞ。というか、まさか毎日入れるとか言いますか?


「あの、お好きなときとおっしゃいますけれど……一週間にどれくらい入れるんですか?」

「毎日ですわ」

「えっ」


 マジか。文字通り湯水の如く使えるのか風呂を? やった、すごいな聖女。こんな生活ができるのか、これで満足しとけよ『のはける』キャルン。

 コトント村だと井戸から汲み上げるか、少し離れた川から汲んでくるかだったもの。普段はタオルつーか手ぬぐい濡らして身体拭くだけだったから……いやあ、田舎と都会じゃ違うよねえ、特にこういう世界だと。


「クランブレストの王都は、大きなブレスト川のそばに造られた都ですの。街の中には泉も湧いておりますからそもそも水は豊富ですし、わたくしども聖女は特に身体と心を清めよ、と古くより伝わっているのですよ」

「そういうことですか。分かりました、ありがとうございます」


 エンジェラ様の説明に、マジで水がたっぷりあるんだと納得する。けど、聖女って個人が持つ素質と言うか能力と言うか、だよね。別に綺麗にしなくても……ま、あちこち行くみたいだし、汚いよりは綺麗な方がいいか。そういうことにしとこう。


「ああ、入浴の際はメイドに声をかけてあげてくださいね。お部屋で留守番をしていただくのですが、彼女たちにとってはちょっとした休憩時間なんですよ」

「分かりました。なるほど」


 おお、そうか。メイドさんたちも、休憩時間要るもんなあ。じゃあ、部屋にちょっとした手紙とかお菓子とか置いといてあげるといいのかしら。

 ちなみに、コトント村まで来てくれてここまで同行してくれたメイドさんがそのまま私付きになる……のはまあいいか。今頃、私の部屋で荷物の整理してくれてるはずである。後でお礼言ったほうがいいのかな? この辺、使用人との付き合い方がよくわからないのでこれから勉強だ。


「食事は基本的には、この先にある食堂でとることが多いですわね。朝は七の刻、昼は十二の刻、夕は十八の刻に準備が整うことになっておりますの」

「食堂……ですか」


 きっと豪華なレストランぽい食堂なんだろうなあ、浴場があれだったし。ビュッフェかな、定食かな。どっちでも美味しそうだからいいや、うん。


「お疲れですか、キャルン様」

「え? ええ、まあ」


 おっと、エンジェラ様に顔覗き込まれた。外から見たら、疲れてるように見えたんだろうなあ。いかんいかん、私の後ろ盾になってくれる人にあんまり面倒かけるもんじゃない……けどまあ、一応言い訳はしておきますか。


「王家の方々にこれだけいっぺんに会うなんて、コトント村じゃ絶対になかったことですもん」

「謁見の間に陛下と王妃殿下がお揃いになることは多々あるようですが、そこに王太子殿下までおいでになることはあまりないと伺っております」

「おまけに、エンジェラ様までご一緒でしたから。皆さんお綺麗すぎて、緊張し過ぎちゃいました」

「あら」


 ちょっと茶化すようにそう言うと、エンジェラ様はほんわかと笑ってくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る