05.現実に見るヒロイン

 慌てて、スカートの裾を掴みつつ頭を下げる。ちゃんとした礼儀なんて分からないから、これだと失礼に当たるだろうか?


「せ、セデッカ伯爵家の養女となりました、キャルンです。どうぞ、よろしくお願いします……王太子殿下、レフリード様」

「フランティスでいいよ、セデッカ嬢。君は聖女なんだろう?」

「わたくしも、ぜひエンジェラとお呼びくださいませ。同じ聖女ですもの」

「あ、で、ではフランティス殿下、エンジェラ様、よろしくお願いします。キャルンと呼んでください、名字には慣れてなくて」


 念のためにエンジェラ……様は名字で呼んでみたけど、名前呼びでもいいみたいだ。もっとも、王子様と公爵令嬢なので本人の許可が出ないと無礼、って可能性もあるからなあ。許可が出たからよし。


「殿下、エンジェラ様。お二人揃ってのお出迎えは珍しいですね」


 あ、ラハルトさんもエンジェラ様のこと名前で呼んでる。まあ前からお勤めなんだろうし、とうの昔に許可は得てるんだろうなあ。案外、密偵ってこと知られてたりしてね、はははまさか。

 ていうか、ラハルトさんが密偵ってこと、エンジェラ様はともかくフランティス殿下にバレてたら『のはける』の展開はあり得ないよなあ。キャルンの逆ハー要員装って情報集めて、エンジェラ様を帝国に逃したわけだし。


「いや、ちょっと前に父上から呼び出しがあってさ」

「平民の方から聖女様がお出ましになられたということで、国王陛下よりわたくしにそのお方のお力になってもらいたい、と頼まれました」


 なんてこと考えていたら、ラハルトさんへの答えとして二人からこんな発言が出てきた。えーとつまり、私の力になってくれるってことで迎えに来てくれたの?

 いやマジか、二人ともいい人っぽくね? 『のはける』だとエンジェラ様はいい人だったけど、フランティス殿下はざまぁくらうだけあってどっか間抜けというか考え足りないと言うか、そういうキャラだったんだけどなあ。


「聖女に限らないけど、貴族たちが君をどう扱うかがちょっと不安でね。僕も、エンジェラと一緒に君の力になりたいなって思って」

「お、恐れ多いお言葉、ありがとうございます……」


 あー……何か、殿下今うんざりした顔になった。

 なるほど、どういう人か分かったわ。そもそもフランティス殿下、こういう階級社会にうんざりしてる部分があったんだ。それでキャルンに惹かれて、ってことかあ。

 いやまあ、実際のところは今のセリフが本心かどうか分からないけどさ。私が平民出身だから、気にしないようにって言ってくれてるのかもしれないし。それはそれで、私に気を使ってくれてるってことなのでいい人なんだな、とは思えるけれど。


「それより、父上に話を通してくれ。頼んだよ、ラハルト」

「はっ。では、失礼いたします」


 おっと。

 フランティス殿下の指示を受けて、ラハルトさんがこの場を離れた。ああうん、このあとは私も説明受けてるから知ってる。

 王都にやってきた聖女の素質を持つ者は、まず国王陛下に謁見する。新しい聖女の誰それですよろしくお願いします、って顔見せね。これからお城の一角に住んで修行するんだから、お城の主にご挨拶するのは当然のことだもの。

 で、宿舎に入って荷物片付けたらある程度はお城の中を案内してもらえるみたい。そう言えば『のはける』キャルン、その案内をフランティス殿下にしてもらったのがきっかけで急接近したとか何とかだったっけ。……ま、まあエンジェラ様もおられるし、大丈夫でしょう。うん。


「……緊張してる?」

「え」


 その殿下に声をかけられて、私は自分が緊張してることに気がついた。うん、顔がしっかりこわばってるもんなあ。

 とにかく、頑張って返事しないと。少なくとも今の私は、都会に出てきたばっかりの田舎娘だぞ。相手王子様とその婚約者だぞ、頑張れ私。


「え、えっと、はい。国王陛下に謁見、するんですよね、私……」

「フラン殿下。わたくしども貴族でも、陛下の御前では緊張するんです。キャルン様は、初めて陛下とお会いするのですよね?」

「国王陛下なんて、絵姿で見たことあるだけです……」

「ああ、そりゃ緊張するか。ごめんね、でも一応そういう決まりだから」


 ふにゃ、と笑ってくれたフランティス殿下の笑顔はあーいかん、これ『のはける』キャルンなら間違いなく狙うに決まってるわ。いや、おかげさんでそこまで行かなかったけど。イケメンは見て愛でるものだ、うん。

 小説とかアニメとかで知ってるキャラだけど、この世界のこの国では間違いなく一番偉い人なんだから、そりゃ緊張するし。写真なんてない世界だけど、村長さんの家に絵姿つーか肖像画が一枚あってそれを見たことがあるだけなんだよね。しかも若い頃の。

 ……フランティス殿下、お母さんてか王妃殿下似なのかな。絵の国王陛下、もっとがっしりした感じだったし。


「殿下、聖女様方。陛下が謁見の間にてキャルン様とお会いになるそうです」


 ラハルトさんが、小走りで戻ってきた。え、これから速攻で会うのか、うわあ。


「殿下とエンジェラ様もご一緒に、とのことです」

「そうなのか? だってさエンジェラ、キャルン」

「まあ。お気を楽になさってくださいな、キャルン様。わたくしたちがついておりますわ」

「あ、あ、ありがとうございます……お手数、おかけします……」


 よ、よかった。一人で突き出されたら緊張しすぎて、何言うか自分でも分からなくなりそうだった。

 あー、頑張ろう。私は田舎娘、いきなり王都に出てきた田舎娘のキャルンだからな。うん、前世なんてなかった。


「……」


 というか『のはける』キャルン! めっちゃ恩義のあるというかこれからお世話になる相手をよくもまあ、婚約破棄だの追放だのなんつー事態に追い込んだりしたな……そりゃ王国滅ぼされるわ! 馬鹿だろお前、いや今私だけど!

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