01.思い出したらドツボ

 さて。

 教会でひっくり返った私は、自宅の自分のベッドで目が覚めた。そばについててくれたお母さん曰く、聖女の素質があるということでびっくりして目を回してしまったんだろう、とのことだった。まあ、そういうことにしておこう。

 お父さんは教会で何やら手続きがあるとのことで、帰ってくるのは遅くなるらしい。……私が聖女だからなんだろうなあ。

 ともかく、私が目を覚ましたのでほっと安心したお母さんが「晩ご飯作ってくるわね」と退室した後、私は私の頭の中を整理することにした。


「名前はキャルン、年齢十五歳、住んでるのはコトント村。お父さんはクランド、お母さんはミーナ」


 よしよし、ちゃんと覚えてるし忘れてない。……ただ問題は、これ以外にもう一つ何か思い出したってことだ。


「……名前は菅原樹奈、年齢二十三歳、……住んでたのはどこだっけ」


 うむ、まああんまり思い出してもややこしくなりそうなのでこのくらいにしておこう。

 ともかく、私はキャルンとして生まれる前の前世というのがあって……つまり異世界転生というやつを、やったわけだ。

 なお前世が終了したきっかけだけど、入って間もない会社に出勤する途中で交通事故に巻き込まれた……んだと思う。なんとなくその記憶はあるから。

 ま、それはそれとして、だ。


「聖女ってのが転生特典チートだったりすると良かったんだけど、違うよね。これ」


 前世終了から現世開始の間に神様だか何だか、の存在に会った記憶はまるっとないのでその可能性は却下。水晶玉を見ていたときに見えた映像が、この世界がどういう世界だかという答えなんだろうな。


「……詰んだ、やっべえ……『のはける』のキャルンか、私……」


 そうして思い出した『今の私』の設定に、私は頭を抱えこんだ。


 『のはける』、正式タイトルは『真の聖女は魔帝の寵愛を受ける』。ネット上で連載されそこそこ人気を博した、ついでに一応アニメ化もした小説のタイトルである。

 聖女として見いだされた主人公の貴族令嬢が、婚約者である王太子に婚約破棄される。当の王太子は平民上がりの少女を溺愛し、彼女を真の聖女としてまつりあげる。

 少女がいじめられた、殺されかけたなどと嘘をついたこともあり国外追放された主人公は、別の国を治めてる魔帝に拾われ以下省略。元の国はまあ、ご愁傷さまなことになるというざまぁ系小説である。

 ……一応恋愛ジャンルだよね、この展開。主人公と魔帝のいちゃこらがたくさん描写されてたし。


「うはー……アニメ版準拠か、この感じだと」


 で、当の『いじめられたと嘘ついて主人公を国外追放した上で王太子とくっついた少女』がこの私、キャルンなのだ。

 ふわふわのピンク髪に少し幼い可愛らしい容貌、その魅力と聖女として認められた魔力をもって婚約者のいる第一王子と深い仲になり、その王子の取り巻きたちで逆ハーレムを形成し、そうして没落……というかざまぁされる羽目になる平民出身の少女。

 鏡でじっくり自分の顔を見てみると、小説版の挿絵よりもアニメ版のデザインの方に近い。ピンクの髪が分かりやすくピンクなんだもんなー……小説版だともうちょっと柔らかい色だったんだけど、現実として見てみると派手な色よね、これ。

 ウェブ連載版書籍版アニメ版、後コミカライズもあったっけ。そのどれの感想を見てもキャルンはいろんなところが酷いヒロイン、略してヒドインと言われていた。私は何でまた、そんなヒドインに転生したのか、くそう。


「この先どうするか、だなあ」


 まあ、キャルンとしてもう十五年生きてるわけで、これはどうしようもない。あと、聖女の素質があると認められた時点で『のはける』主人公及び王太子と顔を合わせるのはほぼ確定、である。

 この世界では十五歳の誕生日、正確に言うと誕生月の一日目に教会で素質認定の儀式がある。清められた水晶玉に手をかざすことで、各自がそれぞれの素質を認識するというものだね。周りの人にも、水晶玉が何色に光るかで素質の種類がだいたい分かるらしい。

 虹色に光るのが、その時手をかざしている者が聖女の素質を持っているという証だ。古代からの血筋がどーの、という設定で貴族の子女に出ることが多いけれど、平民にも出てくることがまれにある。その一人がこの私、キャルンなのよね。

 聖なる女と書いて聖女、にできることは神に願いを届けることと怪我や病気を治すこと、毒を消すこと……ゲームでいう僧侶とかそっち系である。さすがに死者蘇生はできなかった……と思うんだけど。

 ちなみに男だと聖者っていうらしいけど、ただでさえ希少価値な聖女よりももっともっと少ないとか。『のはける』の設定だとこの時代には一人いたかな、ってくらい。


「いやもう、神官様とかお母さんあたり、絶対村中に言いふらしてるわ……」


 私ことキャルンが、スーパーレアクラスと言っていい聖女の素質持ちだと判明した。その場にいた神官様とお父さんお母さん、絶対隣近所に言いふらしてる。間違いねえ。

 このコトント村はクランブレスト王国の外れ、セデッカ伯爵領の隅っこにある。こんなところで聖女の素質を持つ娘が現れるなんて……えーと、どれくらいぶりだっけ。『のはける』に書いてあったかな、まあいいや。

 ともかくとにかく珍しい話なのだ。神官様なんかはきっと、自分の信心が深いおかげなんてぶっこいてることだろうなあ。一般村民から見れば色ボケ銭ボケしてないだけマシ、ってレベルだけどさ。


「……いやほんと、この先どうするよ……」


 そんなことされてたら、村からは逃げられない。村人みんなで寄ってたかって、私に一人前の聖女になってもらおうと全力でかかってくるはずだ。純粋な好意で。

 うっかりしたら、この小娘のせいでこの村どころかこの国が潰される、なんてことになるとも知らずに。


「…………せ、せめてざまぁされないようにがんばろう……」


 だから私は、そう決意するしかなかった。頼むぞ、シナリオの強制力なんてないことを祈るからね!

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